災いの痕跡(7)
時間はさらに半日が経った夕刻、リアたちは塔の六階に到達していた。
すでに天井の灯りが役立ちそうなくらいに、暗くなり始めている。
扉の間隔は相変わらずの定間隔で続いていて、もう開けることすらしていない。
三人は、ただただ不穏な空気に煽られて、ひたすらに歩を進めていた。
ここまでの道のりは、「不吉」の一語に尽きるだろう。
あの後も狼の肉片が、四階に一ヶ所……五階に二ヶ所……と、山積みにされていたのだ。
リアの頭の中でも危険が迫っていると、理由のない警鐘が鳴らされていた。
このままだと、本当にイーヴォルの影を踏みかねない。
そろそろユーンにも、ブラドゥとの話を説明する必要があるかもしれない……と思い始めた頃、久しぶりに大きな間隔を開けて扉が現れた。
「リアさん、あそこ……また大部屋みたいです」
「これで二つ目だな。また書庫なら無視してもいいんだが……どうする?」
しかしレシーリアには、その言葉が届いていない様子だった。
血の気が引いたのか、顔面蒼白となっている。
「……レシーリア?」
心配になり肩に手を置くと、はっとしてこちらに顔を向ける。
彼女にしては珍しい反応だ。
冷や汗すらかいている。
「リア……ユーン……よく聞いて。多分ね、この扉の向こうに、またアレがあるわ」
「ここに? なぜ分かる?」
レシーリアは答える代わりに、ユーンがこれまで記したマップを床に広げる。
「いい? これまでの死骸の位置を、六階のマップに写すわよ?」
そう言って、それぞれの階層にあった死骸の印を、六階のマップに描き写していく。
そして五ヶ所の印を全て写し終えると、それらを線で結び始めた。
「最後に……もし、この部屋に死骸があれば……」
そこで、やっとリアも理解した。
「生贄を使った六芒星魔法陣か。それも、この規模の大きさは尋常じゃないな」
「なぜ、わざわざ違う階層に生贄を配置したのかはわからないけど……断言するわ。これは、絶対に良からぬものよ」
ただの六芒星ならともかく、生贄を配置した六芒星は魔に属する者、あるいはその神との交信や召喚を目的とすることが多い。
どちらにしろ、百害あって一利なしの存在だ。
「あぁ……これは、いよいよかもしれないな。開けられるか?」
レシーリアが頷き、扉を調べようとに手を当てる……が、扉はそのまま、すぅっと半分ほど開いてしまった。
強張った表情のまま、助けを求めるかのようにリアの方に顔を向ける。
「俺が先に」
そこまで言って入れ替わると、刀に手をかけて扉を右の肩で押し開いていく。
ゆっくりと広がる視界に、息を呑む。
中は三階の書庫と違って何もない、がらんとした部屋だ。
そして……
「レシーリア、半分当りだ」
「半分?」
言葉の意味がよくわからず、リアの背中に手を当てて、顔だけを出し部屋の中を覗き見る。
そこにはレシーリアの予想通り、狼の死骸があった。
予想外だったのは、血まみれの男が倒れていたことだ。
薄暗い大部屋の中で、三人は息をのんだ。
悪い予想が当たったのだ。
目の前にはレシーリアの予想通り、狼の肉片がある。
それは何者かが、六芒星の魔法陣を作ろうとしていることを裏付けしていた。
そして、何よりも目を引くものがある。
この都市でも一際異質な存在……血まみれの男だ。
男は、狼の肉片のすぐそばで昏倒していた。
ただならぬ状況に、緊張感だけが高まっていく。
リアが刀を抜いたまま男に近寄り、首筋に触れる。
レシーリアも並ぶように隣に片膝をつき、用心深くダガーを構える。
「生きてるな……この血も狼のものだ」
それを聞いて、レシーリアも男の体を調べ始める。
「……どうですか?」
ユーンの言葉に、レシーリアが頷いて顔を向ける。
「外傷は見当たらないわ。ほっとけば、起きると思うけど……」
しかし起きたところで、だ。
この男の存在は、悩みの種となる予感がしていた。
「この人……どうやって、ここに来たんだろう」
ユーンの呟きは、そのまま恐怖心を生んでいく。
まさに、それだ。
まずこの都市に、どうやって入ったのか。
そして自分たちよりも先に、どうやってここまで辿り着いたのか。
なによりも、こんな不吉な場所で昏倒していた理由は何だ。
「まずは部屋を移そう。話を聞いてみたいが、安全も確保したい」
「とりあえず、縛り上げとけばいいわね?」
言いながら手慣れた動きでロープを取り出すと、後ろ手に縛り始める。
「今日はここまでだ。手前の部屋を拠点にしよう」
リアは不安そうなユーンの肩に手を置き、優しく微笑みかけた。




