災いの痕跡(6)
北の塔、探索二日目。
狼の死骸を越えてしばらく進むと、二階へと続く階段が現れた。
二階も一階と変わらず居住区のようだった。念のためいくつかの扉を開いたが、中は見慣れた……と言うよりも変わり映えのない部屋ばかりだ。
それでも、罠もなければモンスターもいないため探索のスピードはかなり早いもので、一時間もすれば三階に到達していた。
「ん~、急いでいる身としては有難いんだけど」
同じ廊下に同じ扉、挙句にどれもこれも同じ部屋で、レシーリアが辟易とするのも仕方がないことだ。
「一応、適当にいくつか開けていくか?」
「待ってください、リアさん。あっち……扉の間隔が広いです」
ユーンが指さす方向を見ると、確かに今までよりも少し長い間隔をあけて扉が見える。
正確にマッピングをしていた証拠だ。
「あぁ、ほんと……」
返事を返すよりも早く、レシーリアがしなやかな動きで扉に向かい黙って調べ始める。
こういった時に見せる表情がいかにも楽しそうだ。
これぞ、まさに盗賊の醍醐味なのだろう。
「あら、鍵がかかってるじゃない……悪い子ね」
そして、さらに嬉しそうに笑みを浮かべる。
「あぁ……でも、罠はないのね………」
今度は少しがっかりしてみせる。
これで罠もあれば、いよいよお宝の臭いも濃くなるといったところだったのだろう。
それでも、どこか楽し気にピッキングツールを取り出し鍵穴に突っ込んでいく。
「ふふぅ~ん……いい子ね……おいで……おいでぇ……」
「レシーリア、楽しそう」
ユーンがリアの耳元に顔を近づけて、小声でつぶやく。
リアも苦笑し、それを見守った。
「ほぅら、きた」
レシーリアがピッキングツールを抜き、振り向いて頷いた。
そして「開けていいわよ」と、顎をくいっとさせる。
リアは肩をすくめながら扉に手を掛けると、慎重にノブをまわした。
扉は何の抵抗も示さずに開かれる。
中は同じようなつくりの広い部屋だ。
広さだけなら、これまでの部屋の四倍くらいはあるだろう。
そしてなによりも目を奪うのは、ところせましと分厚い本が積まれていることだろう。
それも乱雑にだ。
とても書庫として保存しようとした感じではない。
「これは……」
リアが何冊かの本をパラパラと捲る。
「う~ん……上位古代語よね、これ」
「……だな。ルーがいないと、わからないな」
古代王国の書物も売れば金になる。
中でも失われた月魔法が記された遺失魔法書などは、かなりの高額だ。
逆にすでに知られている内容だと飯代程度にしかならない事も多い。
「本はなぁ、当たり外れがあるし……鑑別できないんじゃ、ただの荷物になりかねないんだよな」
「そうね。適当にひとり二冊くらい持って行く?」
「そうしようか。邪魔になるようなら、途中で捨ててしまおう。ルーと合流できれば、何かわかるかもしれないしな」
ユーンも興味深そうに本の山を眺め始める。
しかしどれを選べばいいのか基準が作れず、首を傾げてしまう。
「なんでもいいんですか? 装飾が凝ってる方がいいとか、分厚い方がいいとか、なにかありますか?」
「……ないわね」
「ないな」
二人で顔を見合わせて答える。
こればかりは本当に法則性などなく、月魔術師や学者でないとわからないのだ。
「あ~そうだ、ユーン。言い忘れてたけど、開いただけで魔法が発動するような本もあるから気を付けてな。特にスクロールの類は、そういうの多いから」
それを聞いてユーンが少し嫌そうな表情を浮かべるが、それでも真剣に本を一冊ずつ見比べていく。
リアはとりあえず装飾の凝った本を二冊選ぶ。選び方はかなり適当のようだ。
レシーリアは黒っぽい薄めの本を二冊手に取り、カバンに突っ込んでいた。これは単純に軽そうだからだろう。
「私は……せっかくだし、この都市の色と同じこれで……」
そう言って、手に持った白く美しい本を二冊見せる。
「上下巻って感じね。魔法書ではなさそうだけど」
「そうなんですか?」
「なんとなくだが、魔法書やスクロールみたいなのは、一冊完結が多い気がするな」
「変えたほうがいいですか?」
しかしレシーリアが首を横に振る。
「こんな物は運よ。ここは三人で運試しといきましょ。鑑別した時に誰が一番高額だったかで、一杯賭けない?」
「いいぜ、ただし年代物の酒でならな」
ユーンも頷いて笑顔を見せた。
とりあえずの戦利品を得たことに、満足とはいかなくとも少しばかり心に余裕ができた感じがしていた。
これで気を楽にして最上階を目指せるというものだ。
「じゃあ張り切って探索再開と行きましょうか」
レシーリアの笑顔に、ユーンが元気に頷く。
再び廊下にもどり先に進む。
そこからは、またお馴染みの定間隔での扉だ。
いくつかの扉をあけながら進むが、やはり何もない。
いよいよ作業感が出始めたところで、レシーリアが歩を止める。
「この中にいきなり罠でもしかけられたら、たまったもんじゃないわね」
効果的な罠には、そういった油断をつくらせるものだ。
レシーリアもそれを感じたのだろう。
「それは、さすがに笑えないな。さっきみたいな扉以外はとばしていくか」
もはやこの扉にかまってられなく感じていた。
何より集中力が落ちる元だ。
「賛成よ。さっきみたいな、怪しいのだけに絞りましょ」
そこからまたしばらく歩を進めると、またレシーリアの足が止まる。
「またか」
リアも理由をすぐに理解した。
「どうしたんですか?」
レシーリアが一呼吸おいてため息混じりに答える。
「血の臭いよ……」
ダガーを抜くと姿勢を落とし、通路の先へと進む。
血の臭いのもとは、またも切り刻まれた狼の肉片の山だった。




