災いの痕跡(2)
そろそろ、掲載ペースが落ちまする……
ハーミアが手早く、薬草を小袋に移していく。
リア組には治癒魔法の使い手がいない。
そうなると、薬草は多めに必要だ。
もともと精神力を温存するために買っておいた薬草なのだが、この薬草には治癒魔法のような即効性はない。
つまり致命傷となる傷には、まったく役に立たないのだ。
ハーミアとしては、その不安が拭えないところだが、それでも無いよりはマシだろうと考える。
それから、痛み止めと解熱草も必要だろう。
解毒薬はどんな毒かによって調合を変えなくてはいけないため、しっかりとした薬草学の知識が必要となる。
そうなると、これらは除外しておいたほうがいいだろう。
「渡すのは、先日ユーンに教えた物だけにしときます。調合する必要はないですから、教えた通りに……わかる範囲でだけ使用してください」
ユーンが薬草の入った小袋を覗き込みながら、熱心にこくこくと頷く。
その真剣な面持ちに、明らかな緊張の色が見えていた。
「大丈夫よ、ユーン。リアさんとレシーリアが、ついてるんですから。安心してください」
ユーンの不安を少しでも拭おうと表情をやわらげてみせるが、それは杞憂だったのかもしれない。
真っすぐに向けられる黒い瞳の奥底からは、力強い光が窺えた。
無人島の時とは別人のように思える。
「ありがとう、ハーミア。それより……私はもういいから、リアさんとお話を……」
ユーンの思いもよらない言葉に、ハーミアが驚いて目をしばたかせる。
「……えっ? いや………別に、私は……」
しかし、それに対しユーンが首を横に振った。
「ずっと話しそびれていることが、あるんでしょ? また別行動になるんだし…今のうちに話すべきですよ」
答えに戸惑っているとユーンがくすくすと笑った。
「バレバレですよ? きっと二人があまりにもどかしいから、レシーリアがああして焚きつけちゃうんです。まぁ……どちらかと言えばリアさんの方に、すこ~し問題がありそうですけど……でも、ああいう人にはストレートに言わないと伝わらないですよ、きっと」
ユーンが人差し指を立てて、くるくると円を描くように動かしながら、また小さく笑う。
「なんか楽しそうだな。もう薬を分けたのか」
荷物の仕分けを見て回っていたのだろう。
リアが二人の前で片膝をついて荷物を覗く。
「リー……」
つい反射的に馴染み深い名前で呼びかけてしまい、みるみるとハーミアの顔が朱に染まっていった。
しかしリアは、そんなハーミアの様子にまったく気づいていない。
ユーンはそんな二人を見ていて、ロイならきっと気づくのに……と精霊の舞う丘で見た愛する人のことを思い出し、思わず苦笑してしまう。
「はい、終わりましたよ。私は、食料の仕分けを手伝ってきますね」
ユーンが気を利かせるように立ち上がると、食料組の方へと小走りする。
リアがきょとんとした表情でユーンを見送っていると、不意にちょいちょいと袖口を引っ張られた。
「あの、リード……お話があります」
耳まで赤くしながらも、覚悟を決めてリアの目を真っ直ぐに見据える。
たしかに今を逃すと、またしばらく話す機会が遠のくだろう。
「え……あ、あぁ……なんだ?」
ハーミアの妙に決意を固めた目に、リアも何事かと身構える。
「私の……宿願についてです」
リアにわずかな戸惑いが見える。
なぜ今さらそれを……と、いったところなのだろう。
「それは人間になりたい、だろ?」
人間に……
そう、確かにハーミアは、人間になって幸せになりたいと願っていた。
自分がもともと人間だったら、あんなことには、ならなかった。だから、人間になれば幸せになれると思っていた。
しかし、それが自分の目を曇らせていた。
大きな間違いだった。
「たしかに、以前はそうでした。でもイセリアや、リファニーと出会って……あなたと再会して……色々考えも変わりました。人間になることが幸せになる……それは短絡的で間違っていたのではないかと……」
ついで、ザナの顔が脳裏によぎる。
あの海底都市で、ザナに指摘された通りだった。
ハーミアの宿願は、とどのつまりシェイプチェンジャーの否定だ。
それは自分自身を否定していることになる。
……そして何より、リードを否定し拒絶していることになる……
きっとリードは、それに気づいていたのだろう。
察するも何も……踏み込むも何も……もとより彼は、私のことを諦めていたのだ。
片腕を失ったあの時、エヴェに私を譲ったように……彼はそういう男なのだ。
だから船の上でも、一定の距離を保ったままでいた。
それでも……それなのに、守ろうとしてくれた……本当に昔から、何一つ変わっていない……優しくて報われない道ばかり進む……
「それは……宿願が達成されていないのに、変わったってことか? そんなことあるのか?」
「そうです。だって人間にならなくても、幸せになる方法……あるでしょ?」
私が獣化しようが、揺るがない世界があるじゃない……
あなたがいる場所に……あなたの隣に……
「だから今の私の宿願は、人間になることではないんです。私がプラティーン様に願った新しい宿願は……」
ぐいっとリアの袖を引っ張り、体ごと引き寄せる。
「私のせいで失った、あなたの腕を治すことです」
「……なっ!?」
リアが驚き、それは知りえないはずの情報だという顔をする。
ハーミアはそんなリアに、もう隠さないでいいんです……と微笑みかける。
そして誰よりも愛しい不器用な剣士の耳元に、唇を寄せて想いを告げた。
「鈍感にもほどがありますよ……私の心の真ん中にはリードが……もう、ずっと前からいるのに」
「いや、でも……」
「リード。私はプラティーンの神官です。自分が一番したいことを願い、その宿願を叶えるために信仰を深めます。私がいま一番に願うとしたら、あなたのことだけです。その腕は、何年かかっても必ず治します」
だから……その時は両手で私を抱きしめてくれますか?……と、心の中で付け加える。
リアは困惑した表情のまま、返せる言葉を見つけられないでいた。
それでもハーミアの頭に手を置くと、黙ってうなずく。
「リード。今は……今から起きる困難を乗り越えましょう。この話の続きは帰ったら、必ず……そうでしょ?」
それは船の上で、別れ際に言われた言葉だった。
でも、もう船の時とは違う。
ナインズの塔の時とも違う。
しっかりと……ゆっくりと育んできた確かな想いが、自然とハーミアを笑顔にさせていた。




