災いの痕跡(1)
美しい白亜の都市には、東西南北にそれぞれ巨大な門がある。
通常この都市に入るには、いずれかの門をくぐるしかない。
なぜならこの都市には、都市全体を囲うようにして巨大な城壁がそびえ立っているからだ。
城壁は、すべての侵入者を拒んでいる。
もし城壁を越えて侵入する手段があったとしても、空は青い竜が制圧している。
見つかれば最期、 炎の吐息で消し炭にされるだけだ。
何よりもこの都市は、宙に浮いている。
もはや中に入る手段は、皆無と言えよう。
そんな鉄壁の城郭都市に七人もの異物が現れた。
青い竜は驚きを隠せない。
いったいどこから……どのような手段を用いて侵入してきたのだ……
異物は東の門の前で発見された。
もちろん門は開かれていないし、都市も地上には降りていない。
「なぜ、ドラゴンがここに……」
槍を握る異物は、自分の存在に畏怖し動けないでいるようだ。
それならば……と、改めて彼らを注意深く観察してみる。
そして間もなく、彼らが現れた理由を理解した。
“そうか。人間……お前たちは、ラダーの戦士か”
青い竜は人間の言葉で、そう呟く。
「ラダー……? なんのことだ」
異物の中でただ一人、憶することなく武器を構えている片腕の戦士に目を向ける。
吹けば飛ぶような脆弱な存在でありながら、その闘志は賞賛に値する。
よく見れば、その首には黄金の毛並みをした動物が巻き付いていた。
“なるほど……ラダーの戦士、勇敢だな。だが、戦う相手は我ではない”
青い竜は、すべてを把握した。
いま起こっている不測の事態を解決するために、この者たちは選ばれたのだろう。
“まずは二つの塔に向かえ。南の塔には、白の獣神も向かっている。あの者は優しく強い。ともに行動をし最上階で待つ、翁に会うといい。北の塔は、私が翼を休めに戻ることもある。いずれまた、会うことになるだろう。あまり時間はない……急げよ、ラダーの戦士”
青い竜は一方的にそう告げると、一行の前で大きく翼を何度か羽ばたかせ、再び都市の上空へと舞い戻っていった。
「な……なんだったんだ?」
その時サイは、自分の手が震えていたことに初めて気づいた。
震えのせいで槍をしっかりと握れない。
あのまま戦闘になっていたらと考えると、今更ながら焦りを感じる。
「敵意は、ないってこと?」
カーリャが思い出したかのようにザイルに手をかけるが、すぐに無意味な行動だと気づく。
ハーミアとユーンは、すでにその場で座り込んでしまっていた。
「敵意があったら、とっくに死んでたな。しかし……突然の転移……ラダーの戦士。まいったな、まったく話が見えない」
「……で、どうすんのよ、リア」
腰に手を当てて空を睨むレシーリアに、リアは抜いた刀を肩にのせて遠くに見える二つの塔を見比べる。
「あまり考えている時間は、なさそうだ。おれ個人としては、二手に別れてでも急いだほうがいい気がする。俺たちは、あの竜に生かされた。その理由を知る必要があるだろう。どちらにしろ、中央のドームか二つの塔の、どれかに行くしかないしな」
「やっぱり別々なの~?」
ルーが不満気に言う。
竜を目の前にしたばかりなのに、人数を分けることが不安なのだろう。
「選択肢がない理由は、もうひとつある。ここからあの塔まで歩いて行けば、着くのは夜になるだろう。塔の探索も数日はかかる。どう考えても、二つの塔を探索する前に食料が尽きるだろう。二手に分かれて二つの塔を同時に探索、それから中央のドーム前で落ち合うのが理想だな」
「マスター……どうわけるんですか?」
そうだな、と考える。
見た目の違いとしては、北の塔は光を取り入れる窓がいくつもある。
一方、南の塔は窓が一つもなく、北の塔よりも高い。
「北の塔は……たしか、あの竜がいるんだっけな。あそこには……」
リアが一度、言葉を切る。
みながその言葉の先を、緊張した面持ちで待っていた。
「俺と……レシーリア。それから、ユーンの三人で行こう」
その意外な組み合わせに、誰一人言葉を発せられなかった。
熟練の冒険者であるリアとレシーリアは、当然分かれるものだと思っていたのだ。
やがてレシーリアが、頭に浮かんだ疑念を投げかける。
「てっきり私とリアは、別れるのかと思ってたわ。もしかして、キスの効果がありすぎたのかしら?」
「ば、馬鹿なことを言うなっ」
レシーリアが冗談よと、けらけら笑う。
リアの後ろには顔を真っ赤にしているカーリャと、興味のないふりをしているハーミアがいて、ひじょうに面白い。
当分これで楽しめそうだと、思わずほくそ笑んでしまう。
ルーとサイは、レシーリアの目論見に気づいているのか、呆れかえっているご様子だ。
「……ったく。もちろん最初に、俺とレシーリアは別動隊でって考えたよ。だけど、竜のいる塔に三人となるとな。俺とレシーリアなら、ある程度対処ができるだろう。そうなると前衛は揃ってるから、もう一人はユーンがいい。北の塔は南の塔に比べて高さも低いから、俺とレシーリアなら短い時間で探索できるはずだ」
レシーリアが顎に指をトントンと当てる。
なるほど……一応、理にはかなっている。
それでも、遺跡探索の経験がない組みができるのは心配だ。
「カーリャ達だけじゃ、危なくない?」
カーリャもさすがに抗議の声を上げることなく、素直に頷いていた。
「南の塔は窓がない。そうなると、カーリャのフラッシュが役立つはずだ。塔が高いぶん探索にも時間がかかるだろう。で、あれば神官は必要だ。それに竜の言葉通りなら、白の獣神って奴が共闘してくれるはずだ。そいつは事情を理解しているかもしれない。何より探索の目的が翁とやらとの面会で、明白なのもいい。カーリャ、サイ、ハーミア、ルーなら戦力的なバランスもいいしな。サイとルーがいれば、戦闘以外でも色々と対処できるだろう……どうかな?」
一同が顔を見合わせる。
そんな先のことまで考えていたのかと、感心してしまう。
「マスターと、レシーリアなしでの遺跡探索……」
カーリャとしては、不安を隠しきれない。
しかし同時に、どれだけこの二人に守られてきていたのかという事実に気づかされる。
これまでが、普通の冒険者ではありえない環境だったのだ。
それでもカーリャ側に戦力を集め、より危険の少なそうな探索をまわしてくれている。
何よりも、治癒魔法の使えるハーミアがいることは大きい。
だいたい“初めて”を恐れる冒険者なんて、笑いの種だろう。
これに応えなくて、どうするのだと自分に喝を入れる。
「マスター、やります!」
安心感をくれるリアの優しい笑顔に、カーリャが決意の眼で応える。
「正念場よ、リーダー。大事なのは死なない事、それに全力を注ぎなさい。罠の解除は端からあきらめるのよ。危ない、怪しいと思ったら、近づかないこと。それからユーン……ハーミアから、薬草のことを教わってたわよね。必要そうなものを、いくつかハーミアから分けてもらって。カーリャたちは、食料を多めに持って行きなさい。さぁ、荷物を分けなおすわよ」
レシーリアがパンパンと手を叩くと、一行は急いで荷物を分け始めた。




