王の咆哮(9)
「すごい……」
カーリャが思わず、息を呑む。
「でもこれ、どうやって入んのよ。ベルフリーでも無理じゃないの?」
「べるふりーってなに?」
聞きなれない言葉にカーリャが首をかしげて問うと、皆も同じだったのか頷いていた。
リアは流石に知っているらしく、レシーリアにそのまま説明を促すようにして見つめている。
「攻城櫓よ。城攻めの時に使う、車輪のついたでかい塔みたいなものね。あの高さだとベルフリーを使っても、都市の地面にすら届かないわ。それにあの城壁……宙に浮いている上に、あんな城壁があっちゃぁ〜お手上げよ。中級の月魔術師でも雇って、浮遊魔法を使ってもらう?」
しかし、それにはルーが首を捻る。
「浮遊魔法となると……月寄せだよね。でも、無理だよ〜。あの魔法、十メートルくらいしか飛べないもん」
レシーリアが苦虫を噛み潰したような顔を見せる。
どんなに手つかずの遺跡が見つけたところで、入れなければ意味がない。
「どうすんのよ、これ…」
自然とリアの方に視線が集まっていく。
歴戦の冒険者なら何か方法を思いつくのだろうかと、みなが考えているのだろう。
「まぁ、方法がないわけじゃないけど……」
話しながら、首にかけていた魔獣の笛を取り出す。
その瞬間、リアの考えを読み取れたハーミアが、みるみると顔色を変えていった。
「駄目っ!」
思わぬ大きな否定の声に、全員が驚いてハーミアの方を向く。
見れば顔面蒼白のハーミアが、真剣な面持ちでリアを見つめていた。
「駄目です……あの時みたいに、ロック鳥を呼び出すつもりでしょう? 命を削ってまで……何を考えてるんですか?」
いまいち把握できない仲間のために、ハーミアがかいつまんで魔獣の笛のことを説明をする。
説明を聞いた一行は、呆れて言葉も出なかった。
「いや……一応方法が、あるにはあるからさ」
「却下よ、却下。話しにもならないわ。誰が、あんたの寿命を移動手段に使うってのよ。あんた、根本的に間違えてるわよ」
今はレシーリアの痛烈な批判が、ハーミアには嬉しくもあった。
これで彼が少しでも考えを改めてくれればいいのだが、それには時間がかかりそうな気がしていた。
「と、とりあえず丘を降りよう。その先に小川があって、そこに人を待たせてある」
これは分が悪いと話をすすめるが、さらに訝しげな表情をレシーリアが見せる。
人を待たせて……と、また何か勝手に話をすすめているようだ。
“スパイクス”のメンツは、こんな奴ばかりなのだろうか。
「いや、ベースキャンプを確保しようと思って……レシーリアに話を聞かされた夜、すぐに知り合いに頼んで行かせたんだ」
みるみる目を細めていく仲間たちに対し、リアはよほど気まずいのか、答えも待たずに馬の腹を蹴っていった。
一行も仕方なく、それに続くことにする。
丘を下っていくと次第に都市の内部も見えなくなり、ついには巨大で平らな都市の底と、そびえ立つ城壁を見上げるようになっていった。
真下からだと、もはやアレが都市なのかもわからないだろう。
「あれだ」
いよいよツァイム盆地に差し掛かるだろうという所に、一本の細い川があった。
そして川のほとりに、いくつかのテントが見えてきた。
どうやら、二人用のテントが四つ設営されているようだ。
そのそばでは大きな鉄鍋で、何かを煮込んでいる小柄な男が見えた。
二十代前半だろう。旅慣れている様子が伺える。
痩せた黒髪の男は、リアを確認すると、笑顔で両の手を大きくふっていた。
「早馬を使う“何でも屋”のタッドってやつだ。長期の遺跡の探索とか、拠点を作る時によく雇ってるんだ。黙ってるつもりはなかったんだけどな。言い忘れてたよ」
ばつが悪そうに説明をするリアに、レシーリアが肩をすくめる。
長期探索では拠点を作り、サポート役を雇う冒険者も多い。
それこそリアほどの冒険者ならば、それは普通のことなのだろう。たしかに、馬を何処かに繋いでおかなくてはいけないし、世話も頼めるなら有り難い。
水と食料をここで補給し、睡眠を取って臨めるのは大きなメリットだ。
それならば、ここまでの強行軍も回復できる。
ただ、状況は変わらない。
アレにどうやって入るのかという、大きすぎる問題が残ったままなのだ。
「まずは食事をして水と食料の補給。それから少し休もう。目が覚めてから、どうやって乗り込むか考えよう」
「……いいのか? 後続が来るぞ」
都市を見上げながら、サイが言う。
まったくもってその通りなのだが、レシーリアも首を横に振る。
「いいのよ。今はしっかり休みましょ」
昨日の戦闘を考えても、リアには休息が必要だ。
レシーリアも言いたいことはいくつかあるが、今はリアに従うよう仲間たちを促した。
小鳥のさえずりが聞こえた。
ゆっくりと、リアが身体を起こす。
一瞬、自分の置かれた状況を思い出せないほど、よく眠れたようだ。
俺は、たしか……
ゆっくりと周りを見回す。そして、その大きな異変に思わず飛び起きた。
……どこだ、ここは!
たしか……食事と準備を整え……テントの中で眠っていたはずだった。
だが、今ここはテントの中ではない。
真っ白な石畳……真っ白な建物、間違いない。
ここは“白亜の都市”の中だ。
腰に手をやると武器はある。
荷物もそのまま、仲間たちも眠っている。
ルナールはすでに目を覚まし、毛繕いをしていた。
「みんな起きろ!」
焦りを隠せないまま声を上げた。
「……なっ……あによこれ……」
「わからない、とりあえず荷物はあるか?」
仲間たちが、自分の荷物や装備をチェックする。
どうやら装備は整ったままのようだ。
「どう見ても、都市の中よね……。ユーン、なんか異変はある?」
レシーリアの質問に、ユーンは小さく頷いて精霊の目で辺りを調べていく。
サイよりも精霊魔法の力が強いユーンなら、それなりに遠い場所の精霊まで感知できるとレシーリアは考えたのだろう。
「少し変……です……四大精霊以外にも、光はもちろん……遠くにですが、氷や闇までもわずかに感じるし……まるで人為的に作られたかのように、バランスを保ってて……逆に不自然な……これじゃまるで、全ての精霊力が働いているみたい………待って……強い精霊力………これは……火?」
ユーンがなにかを感じたのか、注意深く精霊力を探る。
「上ですっ!」
つられるようにみんなが顔を上げようとしたとき、強力な突風が上から襲いかかってきた。
「きゃぁっ!」
「なんなのっ!?」
ゴゴゴゥと地鳴りにも似た音と凄まじい突風の後、ふっと視界が暗くなった。
そしてその一瞬後、その正体を目に一行は一瞬声を失った。
どんっと、鼓動が一気に高まる。
「な……で、でけぇ!」
サイが勇猛にも槍を構えるが、みるみると身体が恐怖に侵食されていくのがわかった。
「ワイバーン!? 違う……ドラゴン……本物のドラゴンかっ!?」
リアがユングを抜き放ち、みなを守るように最前線で構えに入る。
遙か上空から舞い降りたのは、体長二十メートルはあろう最強にして伝説の生物“ドラゴン”だった。
深く裂けたその口からは炎がこぼれ、美しく輝く青い鱗と高い知能を思わせる巨大な瞳が一行の体を凍らせた。
“どこから侵入してきた……許されんぞ!”
その“圧倒的”にして“神秘的”にして“理不尽”な存在に、自身の死以外の結末が想像できようか。
ガアァァアッァァァァアアアァ!!!!
まさに絶望そのものを運んできた王者の咆哮に、一行は成す術を見いだせなかった。




