王の咆哮(8)
太陽がその姿を完全に見せた頃、最初に目を覚ましたのはハーミアだった。
いつの間に眠ってしまったんだろうと思いつつも、幾分疲れが取れた気がした。
ゆっくりと身体を起こそうとすると、初めてリアに寄りかかっていたことに気づく。
「おはよう」
リアはいつもの……まるで何事もなかったかのような、飄々とした表情で笑顔を見せていた。
ついで自分が、無防備にも寄りかかって眠ってしまったことに顔が熱を帯びていく。
いやそれ以前に、昨日の自分のリアに対する行動を思い出すとまともに顔を見れそうにない。
「おはよう……ございます」
目も合わせずに軽く髪を整えはじめる。
何を話せばいいのかわからず、みんなが早く起きてくれないかとまわりに目をやる。
と、その時だった。
突然ハーミアの膝の上に、何かが乗っかるような感触がしたのだ。
思わず「きゃぁ」と声を上げてしまう。
その声に驚いたのか膝の上に飛び乗ってきた金色の動物が、リアの首元に巻き付いて隠れようとした。
「なぁにぃ~? どうしたの~?」
今の声で目を覚ましたルーが、まだ眠り足りないのか目をこすりながら起き上がる。
「わ、なにその生き物! みんな、ちょっと起きてよ!」
次々と起きる仲間たちに、さぁ昨晩の出来事をどう説明するかとリアは頭を悩ませる。
「あれ、マスター。髪の色が銀になってる」
カーリャが不思議そうにして首をかしげる。
そうだ、それも説明しなくてはいけない。
しかし狼たちはともかく、巨狼とのことは伏せておきたかった。
あれだけの強敵に一人で挑むという選択は間違いであり、この若い冒険者たちには教えない方がいいと思うのだ。
レシーリアやハーミアと口裏を合わせたわけではないが、おそらくは自分の考えを読み取ってくれるだろう。
そう思い、簡単に説明をしていく。
あの命がけの戦闘を隠してしまうことにハーミアは少し不満気ではあったが、レシーリアがうまく話を合わせてくれたこともあり、狼を数匹撃退してこの動物を救ったということになった。
「で、ソレも連れていくつもりなのか?」
まったく興味がなさそうなサイに、カーリャがビシッと指をさす。
「ソレじゃないわよ、サイ。この子は今日この時より、ルナールよ!」
どこかで聞いたフレーズだと、リアとハーミアが顔を見合わせた。
「あんた、またそうやって勝手に変な名前を……。りーだー、まさかソレ飼うとかいうんじゃないでしょうね」
え、なんで? と、飼うのが当然かのような表情を浮かべるカーリャに、ため息がいくつか聞こえた。
危険な冒険において、ペットなど連れて歩く冒険者がどこにいようか。
仕方なくリアが、ぽんっとカーリャの頭に手を置く。
「まぁ、ついてくるかどうかはルナール次第だから、しばらく様子を見よう」
嬉しそうにキラキラした目でリアを見上げるカーリャと、冷ややかな目を投げかけるハーミアの対比が面白く、レシーリアが思わず吹き出す。まぁ我らが脳天気なりーだー様と、リアが言うのでは仕方がない。そもそも反対派は自分とサイ、ハーミアだろうから数でも負けている。
レシーリアも肩をすくめて、それには従うしかなさそうだった。
一行は起伏の激しいレイリー丘陵をさらに半日ほど進んでいた。
あとひとつ目の前の大きな丘を越えれば、ツァイム盆地が見えてくるはずである。
「そろそろだけど、本当に遺跡なんてあんのかしら」
ここまで来て肩透かしを食うのは不本意極まりない。何が何でもその姿だけでも拝んでおきたいものだ。
「あの丘を越えればツァイム盆地を一望できるから、話が本当なら丘の上から見えるはずだ」
確証のある冒険なんてないけどなと付け加えながら、リアにも一抹の不安があった。
「サイ、お前の馬は足が速い。先に行けるか?」
サイは黙って頷くと、黒鹿毛の馬の両バラを強く蹴り加速する。
グングンと一行を引き離して丘を駆け上がっていき、やがてその頂にたどり着く。
馬の足を止めながら、眼下に広がる景色に思わず息を呑んだ。
丘の下を見たまま身動き一つしないサイの姿を見れば、一行もそこに遺跡があるかどうかはすぐにわかった。
自然と馬の足を速め、サイに続いて次々と丘の頂上に到達する。
起伏のあるレイリー丘陵に隠されていたかのように、眼下では広大なツァイム盆地が広がっていた。
そしてツァイム盆地に、確かにそれはあった。
「はっ……これぞまさに神秘、ね」
自然とレシーリアの顔もほころぶ。
眼下に見えたのは真っ白な都市……いやただの都市ではない。
巨大な壁でぐるりと囲まれた、いわゆる城郭都市だ。
壁の向こうは……市街地なのだろうか……小さな建物が無数に広がっている。建物の状態も美しく、崩れたりもしていない。市街地に囲まれるようにして都市の中央には大きなドームがあり、ドームから南と北に高さの違う塔が見える。しかし、その優雅な都市には人気が全くない。
何よりも、特筆すべきことがひとつある。
無人の白亜の城郭都市は、地上より二十メートルほどの高さで停滞し、静かに佇んでいたのだ。




