王の咆哮(7)
瞬時に状況を理解し、そのままハーミアを抱き寄せると、もたれかかっていた岩を蹴って転がるように前に飛び退く。
すぐさま岩の上に目線を向けると、瀕死のワーグが白い月を背負い岩の上に立っていた。
片目の巨狼は2人を見下ろしたまま、小さく唸り声を漏らす。
やがてそれは、しっかりとした言葉になっていった。
“お前……契約の笛を持っているな?”
巨狼の眼は、今にも光を失ってしまいそうだった。
ほっておいても、5分ともたないだろう。
リアがゆっくりと頷くと、ワーグはやはり小さく唸るようにして声を響かせる。
“このままでは、俺は死んでしまうだろう。俺は魔獣ブラドゥ。魔獣使いよ……俺と契約を結んでくれないか”
思わぬ言葉にリアが目を丸くする。
この笛は魔獣使いである長の物だが、何年かは持っていていいと言われていた。
その間ならば、契約を結んでも問題は無いだろう。
答えに困り視線を落とすと、不安そうに顔を上げるハーミアがいた。
リアの胸に身を預けて抱きしめられる形となっているハーミアは、嫌がる素振りを少しも見せず、ただ不安の色に染まった青い目を自分に向けていた。
彼女を守るための力ならいくらでも欲しい……そう考えた瞬間に決意は固まっていた。
「いいだろう。契約を結ぼう。俺の名はリード・フィックスだ」
黒い巨狼は痛む体を起こし、毅然とした態度で答える。
“感謝する、偉大なる狼の王よ。契約の印に、俺の呼び音をくれ”
言葉の意味を少し考えて、村長の話を思い出す。
魔獣を呼ぶには、決められた音を鳴らさなくてはならない。
その音によって、呼ぶ魔獣を選べるそうだ。
長は、ロック鳥を含めて数種の魔獣と契約をしていた。だから、それ以外の“使われていない音”をワーグに与えればいいのだろう。
ワーグを見上げながら魔獣の笛を取り出し、ゆっくりと低く静かに吹いてみせた。
巨狼は目を閉じてその音を聞き届け、やがて月に向かって長い咆哮をする。
狼らしい力強さと美しさを兼ね備えた鳴き声に、思わず聞き入ってしまう。
“狼の王よ、契約はここに成された。今日この時より、魔獣ブラドゥは王のものとなった。この命、王のために使うといい”
黒の巨狼「魔獣ブラドゥ」はそこまで言うと、霧のように掻き消えていった。
再び辺りは静寂に包まれる。
あまりの出来事に2人はしばらく動けずにいた。
「リード……」
ようやくハーミアが小さく呟く。
「初めてやってみたけど、うまくいったみたいだ。ただのワーグじゃなく魔獣化していたのか……どうりで強いはずだ」
そこまで話してもう一度視線を落とし、自分がいまだにハーミアを抱きしめてることに気づく。
慌てて離れようとするが、ハーミアはそれを拒むように胸に顔をうずめた。
「ごめんなさい……もう少しだけ……」
いつもの毅然とした彼女とは真逆の弱々しい姿だった。
彼女と再会してから、何度泣かせてしまっているのだろう。
心配をかけてしまったことに自責の念を抱きながらも、それでも自分のために涙を流してくれる存在が有難くもあった。
それから数十分後、リアたちが丘を上がる頃には地平線が明るい帯を作り始めていた。
心配そうに駆け寄ってきたユーンに、もう安全であることを説明し軽く一息をつく。
レシーリアは再び寝てしまっているようで、例の小動物も気を失ったままだ。
思わぬ強敵との戦闘に、遺跡に着く前になんて目にあってしまったんだと考えずにはいられなかった。
戦闘後の高揚感のせいか今日はもう眠れそうにない。
仕方がないのでユーンにはそのまま眠ってもらい、2人はそのまま夜明けを待つことにした。
それでも夜が明ける少し前にはハーミアも疲れに耐えきれず、リアの肩を借りたまま眠ってしまっていた。




