王の咆哮(4)
その後、夜明けまで二組に分かれての休憩となった。
休憩時間は5時間といったところだ。
そのため一組の仮眠時間は2時間半くらいとなるが、その組の中でも見張りを順番に立てたため実際はもう少し眠れただろう。
まず最初に見張りを行ったのはレシーリア・サイ・カーリャ・ルーである。
経験値の高いリアとレシーリア、精霊が見えるサイとユーンが別れるのは基本となり、リア側が3人となるのも自然な流れとなっていた。
最初の組は何事もなく、すんなりとリア・ユーン・ハーミアの3人に見張りがまわってきた。
さらに後組の中でも疲れの色が出ていたユーンは、そのまま起こされることなく仮眠をとっている。
リアはハーミアにも仮眠を勧めたが、ハーミアはそれには従わなかった。
そういったところは律儀を超えて頑固だ。
薪をくべながら隣に座るハーミアに水を渡す。
少し飲むことを躊躇していると、リアが優しく微笑んだ。
「飲んで大丈夫だよ。明日、ツァイム盆地に入る前に給水できる小川があるから」
冒険において水の確保は最重要だ。
若い冒険者ほど装備を充実させることばかりに目を奪われ、冒険途中で水がなくなって動けなくなり全滅するというパターンに陥りやすい。
無謀な戦闘、迂闊な罠、そして水の喪失が一番多い死因なのだ。
「サイが水の精霊と契約してるから、遺跡の中でも確保できるかもな」
そう言えばハーミアの記憶の中でも、サイは海水を真水に変えていたのを覚えている。
「ウォーターピュリフィケーションって言うんだ。水の精霊と契約すれば使える水の浄化魔法だな。ハーミアもピュリフィケーションは使えるようになるはずだよ」
「私も?」
「あぁ。神聖魔法の浄化魔法は、水だけじゃなく空気も浄化ができるからより万能だよ」
さすがと言うべきか、神聖魔法についても自分より知識が深い。
あらためて自分の未熟さを痛感してしまう。
「まぁ、だから飲んでも大丈夫だよ」
リアが水を口に含み、ゆっくりと飲み込む。
その後くちを拭う様子を見ていて、ハーミアは先ほどのレシーリアとの出来事を思い出してしまっていた。
胸のうちで沸き立つ感情が苦しい。
カーリャに対しての態度もそうだし、相手を問わずに頭に手を置く癖もそうだった。
本人は特に何も意識していないのだろうけれど……
「どうした?」
どうしたも何も、いい加減察してほしいものだ。
普段は鋭いくせに、こういったことは本当に鈍感だ。
「さっきキスされて……嬉しかった?」
リアが、ぶばっと貴重な水を吹き出す。
「な、なに? 急に、なんだ……?」
「急じゃないもん」
少し意地悪かもしれないけれど、これくらいはいいでしょ……と自分に言い聞かせる。
いつも感情を隠すように飄々としているから、たまには困った顔も見たいのだ。
「嬉しいもなにも……あれは、からかわれてるだけだしな」
「ふぅん……私は別にいいんですけどね。あと、すぐに頭に手を置く癖もよくないですよ。特に女性相手に」
「へ? 俺、そんなことしてる?」
二度、深く頷いてみせる。
「そうか。意識したことないけど……」
「私は別にいいんですけどね。もう慣れましたので」
ばつが悪そうに頭をかいているので、少しだけ口をとがらせる。
少し無言が続き、やがてリアが強引に話題を変えてきた。
「しかし、どんな遺跡なんだろうな。手つかずの遺跡だし、メンバーも揃っている。無理はしないけど、良いものが見つかるかもな。あわよくばブラン卿の薬とか、ハーミアの宿願の助けになる物もあるかもしれないよ」
宿願と聞いてハッと顔を上げる。
なかなか機会が見つからなかったけれども、そのことについて話しておきたかった。
彼はきっと私の宿願が今も“人間になりたい”ことだと思っているのだろう。
今やその宿願は、もう変わってしまっているのだ。
「あの……リード。そのことなんだけど」
そこで、リアがシッと指を立てる。
そして聞き耳を立てる素振りを見せたため、言葉を飲み込んだ。
リアは野外生活が長いためレンジャーとしての技術も高く、危険察知が人よりも優れている。
「何か音がする……複数だ。動物か……?」
リアは目を鋭く細め、ユングに手をかけて静かに立ち上がった。
「丘の下の方だな。少し見てくる」
まただ、とハーミアがため息をする。
そしてリアのマントを握って制した。
「駄目です、私も行きます」
リアは何か言いたげな表情を浮かべたが、やがて黙って頷きユーンを起こした。
「うん……? 交代ですか?」
目をこするユーンに無駄な不安を与えぬよう、リアが声のトーンを落としながら頷く。
「少し物音がしたから、ハーミアと見てくる。気のせいだとは思うけど、なにかあったら声を上げるよ。ユーンは一応オレアデスを呼んで警戒をしておいてくれ。俺たち以外の何かが近寄ってきたら、すぐにみんなを起こすんだ」
ほんの少しの緊張感が生まれるが、リアが優しく話すことでユーンも落ち着いて聞いていた。
「じゃあ行こう。なるべく音は立てずに」
ハーミアが黙ってうなずくのを確認し、ユングの柄を握りながら丘の下へと目を向ける。
口にはしていなかったが、リアはそこに確かな気配を感じ取っていた。




