王の咆哮(2)
一通りの買い物を終え、出発の準備が整ったのは昼を過ぎたくらいだ。
ブラン卿の資金で人数分の馬も揃え、一行は急ぎ北東に向けて馬を走らせた。
箝口令が解かれれば、たちまち街中の冒険者が殺到してくるだろう。
そう考えると多少の強行軍も辞さないのは当然のことで、今はまさに時間との勝負である。
結局1日目は日が暮れても休まずに馬を走らせた。
その甲斐あって一行は小高い丘が折り重なるレイリー丘陵にまでたどり着き、とりあえず夜明けまでは休憩することとなった。
この丘陵地帯を抜けるとツァイム盆地に入ることになる。
巨大な都市は、そこに現れたらしい。
都市が現れたのは二日前の夜、レーナ領主のもとに向かっていた早馬の使者が偶然発見したものだ。
その情報はそのまま領主のもとに届けられ、そこからまた王都に向けて同情報の伝達のために早馬を飛ばすこととなった。
使者が再び出発の準備をしている時に、保存食を提供した『碧の月亭』のオヤジが、この話を聞き出した。
オヤジはこのところレシーリアたちに割の合わない依頼をまわし続ていたため、礼も含めてレシーリアにだけその情報を提供してくれたのだ。
レシーリアは即座にブラン卿邸に赴いてリアに相談をし、その日の夜のうちに必要なものを割り出した。
そして、昨日の昼へと話は繋がるのである。
初の遺跡探索が手付かずの都市となり、カーリャたちも浮足立っていたが、“手付かず”となると、リアやレシーリアも興奮を隠せないでいた。
「いい時にフルメンバーになったわ。これなら、状況によっては二組に別れることもできるし」
レシーリアが、干し肉をかじりながら言う。
通常の冒険で最低限必要な組み合わせは、前衛2人、盗賊1人、月魔術師1人、神官1人の5人だ。できればそこに、精霊魔法使いを加えた6~7人が理想とされている。
今のこのパーティは、前衛にリアとカーリャ、盗賊のレシーリア、精霊魔法戦士のサイ、精霊魔法使いのユーン、月魔術師のルー、神官のハーミアの7人である。
盾役となる重戦士がいないことを除けば、最も理想に近い組み合わせだろう。
「えぇ〜せっかく揃ったのに、また別れるの〜?」
ルーが口を尖らせる。
「場合によって、な。俺が前にいたパーティは4人だったから、この人数は色々できて嬉しいな」
言いながらリアも笑顔をみせた。
もちろん無闇に分断するつもりなどないが、汎用性が高いと探索の幅も広がるというものだ。
「私は、せっかくマスターと一緒になれたから、一緒に行動したいなぁ」
カーリャが腰に差す小剣を、カチャカチャといじりながらボヤく。
「あれ? あんた、そんなの持ってたっけ?」
「あ、きづいた? レシーリア。これはね、私のためにマスターが買ってくれたの」
自慢げに鞘から小剣を抜くカーリャに対し、リアが「俺じゃなくてブラン卿な」と否定するが、浮かれた彼女は聞いてもいないようだ。
ハーミアが少し冷ややかな目でリアを見つめていたが、どうやらそれに気づいているのはレシーリアだけのようだった。
「……って、あんたそれ……魔法剣じゃないの?」
レシーリアの言葉通り、カーリャの小剣の刀身はうっすら光を帯びていた。
何らかの魔法が付与されている証拠だ。
「そうだよ。フラッシュっていうの。見てて」
カーリャが立ち上がって、フラッシュを構える。
深呼吸を一つし、心の中で“光れ”と念じると、フラッシュは淡く光り始めた。
一行から、おぉ……と声が漏れる。
「灯りの代わりになるでしょ? あとね、こういうことも出来るんだよ」
カーリャが、さらに“強く光れ!”と念じる。
するとフラッシュの刀身が、凝視できないほど眩く輝いた。
「わぁぁっ、ちょっと目が~」
まともに刀身を見ていたルーが、両目を抑えて頭を振る。
カーリャは、ごめんごめんと謝って光を消した。
「そんなすごいもの買ってもらったの? ちょっとリア、あんた弟子に甘すぎるんじゃない?」
視界の端で小さく頷くハーミアが目に入り、思わず笑いそうになるが、そこはぐっと堪える。
「凄いって言っても強化の魔法も付与されてないし、ほんとにただ“光るだけ”の小剣だよ。目眩ましにはなるかもしれないけど、使いどころは難しいし」
「そうだよ。大体、わたし小剣とか使えないもん」
「それにしたって、ランタンとか松明で……まったく、金持ちはこれだから」
「これはブラン卿からのだから。ランタンは急な戦闘時に割れないように置くか、持ってるかしないといけないだろ。松明はその辺に投げ捨てて戦えるけど。まぁ、こういうのが1本あると便利だよ」
レシーリアは、それが甘いと言いたいのだが……この男が仲間に甘いのはもうわかっていたことだったので、これ以上の論議はやめる。
「しかし、すごい光ね。けっこう遠くまで届いたんじゃないの?」
いかに白の月の周期とはいえ、欠けた月明かりではかなり暗い。
それだけにフラッシュの光は、より強く感じられた。
「うん、レシーリアの言う通りかも。むこうの丘で、闇の精霊がざわついてるよ」
ユーンが指さす方向に顔を向けるが、サイを除いて精霊が見えない一行にはまったくわからない。
「いきなり現れた光の精霊に、びっくりしたんだと思う」
それを聞いてレシーリアが深くため息をする。
「あんな遠くの精霊にまで迷惑かけるとか。あんたって本当に、トラブルメーカーね」
萎縮しながら「ゴメンナサイ」とうなだれるリーダー様は、やはりまったくもって憎めない。
「あぁ、えっと……実はレシーリアにもと思って、持ってきた物があるんだが……」
話しながら、リアがごそごそと布に巻かれた何かを取り出す。
形状としては、カーリャと同じ小剣のようだ。
「え? なに、あたしにも、フラッシュくれるの?」
「いや……これは、俺が何年も前に手に入れた魔法剣だ。でも俺は、小剣とか使わないからな。ずっと放置してたんだが……レシーリアがもし使えるなら、どうかなと思ってね」
ふーん……と、布を外して中身を取り出す。
見たところ、装飾の凝った黒い小剣といった感じだ。
「その名も“魔剣 無銘”だ」
「え~なにそれ。無銘が名前なの?」
それはマジックアイテムの知識があるルーでも、聞いたことのないものだった。
レシーリアがズラリと音を鳴らして抜いてみるが、刀身に魔法剣が発する特有の光がない。
刀身までも黒いというのは珍しいが、それ以外はいたって普通の小剣だ。
「これの、どの辺が魔剣なわけ?」
「まぁ、簡単に言えば“スレイヤー”製造剣だな」
「……あによ、それ」
途端にレシーリアが訝しむ。
これはまた、聞き馴染みのない剣だ。
「例えばその剣で、ゴブリンやオーガを狩り続ければ、対鬼族に特化した攻撃力を持つ魔法剣に育ち、いずれは『オグルスレイヤー』になる。人を狩れば『ヒューマンスレイヤー』、竜を狩れば『ドラゴンスレイヤー』になるだろう。大事なのは、同じ族種だけを狩り続けることだ。他の族種を狩るとスレイヤー化した効果が弱まっていき、やがては無銘にもどる。そして、また違う何たらスレイヤーになっていく。それから、たとえ“ドラゴンスレイヤー”になったとしても、他の族種を斬るときはただの小剣と同じ切れ味だからな。あくまでも特定の族種限定で、魔法的効果が発動する特化剣だ」
「へぇ……で、何も狩ってない今は、文字通り『無銘』なわけね?」
「そうだ。あらかじめ討伐対象が分かるなら、討伐対象の下位同種を何匹か倒しておいてスレイヤー化させて戦闘を優位に進めることもできるし、ひたすら同族種を倒し続けて、超特化型の何たらスレイヤーとして育ててもいい。相手が強いほど止めを刺したときに剣も強くなって、よりスレイヤー化が進む仕組みだ」
「ふぅん」
レシーリアは気のない返事をしながら『無名』を鞘に納めると、黙ってリアの前まで近づく。
「なんだ? 小剣じゃ、やっぱりいらないか?」
リアが少し残念そうな表情を浮かべるが、レシーリアは何も応えずに意味深な笑顔を見せた。
そしてリアの目の前で片膝をつき、髪をかき上げて……
『んなっ!?』
思わず一行は、揃って驚きの声をあげた。
レシーリアは女豹のように片手をついて四つん這いになると、首を横にしながら深々とリアに唇を重ねたのだ。




