王の咆哮(1)
白亜の都市の上空では、青い竜が大きく旋回をしていた。
その青い竜には、神々の戦いに参加したと言われている古竜のような神々しさはない。それでも生態系の頂点に君臨する、竜族らしい風格は十分にあった。
欠けた盃のような形をした月を背に空を翔けるその姿は、ただそれだけで絵になるというものだ。
しかしそんな優雅さとは裏腹に、青い竜の心中は穏やかではなかった。
──なにが起きたのだ?
数刻前のことである。
平穏無事だったこの白亜の都市で、想定外の事態が起こったのだ。
竜族の中でもまだ幼い部類に入るその青い竜には対処法が解らず、若さゆえの焦りが冷静さを曇らせていた。
──それになんなのだ、あのルナルの色は?
青い竜は旋回するのをやめて、頭を上げる。
見上げれば、そこには白く輝くルナルがあった。
これまで翁には世界の理について色々と教わっていたが、こんな色のルナルの存在は聞いたことがなかった。
──ここが、そうなのか?
白い光に照らされた美しい白亜の都市を眼下に捉え、再度自問する。
──だとしても、責務は変わらない。都市を侵入者から守ることこそ、我が主から与えられた使命。事態が把握できるまで、この翼を休めることはかなわぬ。
青い竜は、再び都市の現状を把握するために翼をはばたかせた。
『碧の月亭』の近くにある商店通りは、港町レーナの昼の顔とも言えるメインの通りだ。
食べ物屋や雑貨屋はもちろん、道具屋から武具店まで、それこそなんでも揃っていてる。
店の大半が昼のみの営業となるため、この時間は特に商店通りも賑やかなものだった。
そんな賑やかな通りの端に、まだできて間もない『ローグとイセリアの雑貨店』がある。
言うまでもなく駆け出しの貿易商人ローグと、その妻イセリアが切り盛りする輸入雑貨店だ。
「いいタイミングで、店を開けてもらえたわよ」
レシーリアがローグから手渡された水を口にしながら、カウンターに腰を掛ける。
いつもの身体のラインがはっきりと出る服に革鎧、ショートボウと短剣を装備している。
その出で立ちは、彼女にとって完全武装そのものだ。
「いや、何とか店を開けれて、こっちも一安心さ。特にユーンちゃんには、色々と手伝ってもらえて助かったよ。イセリアも、すごく喜んでいたしな」
仕入れのために、船旅を何度もしたのだろう。
肌は随分と日に焼けていて、体つきもガッシリとしている。
別れた時よりも男らしくなったローグに、ふぅんと笑顔を溢して見せる。
「ユーンね。あの娘、戦争孤児院をつくりたいとかで色々と勉強してるみたいよ。そん時は、力になってあげてよね」
「勿論さ。きっとイセリアにも、手伝ってあげてと言われるだろうしな。で、今回は大きな仕事なんだろう?」
ローグがまわりを気遣って、少し声を小さくして言う。
どうやら一端の商人らしく、察しもよくなってきているようだ。
「まぁね。碧の月亭のオヤジには、ここ数カ月分の借りを返してもらったわ。きっと、今夜には知れ渡って大騒ぎになるわよ」
「……で、本当なのかい? 一夜にして古代王国の都市が、突然現れたってのはさ?」
前言撤回……こいつはまだまだ、うっかり者だと呆れて目を細める。
「だから、言うんじゃな・い・の。箝口令が解かれるのは今夜なのよ?」
悪い悪いと頭をかくローグに溜め息を返す。
「まぁ、まだ実際に見てないからね。でも情報の出所は確かよ。だから準備が出来次第、出発して誰よりも早く入ってやるのよ」
「まさに冒険者だねぇ。まぁ、あんたらのために冒険者向けの道具も仕入れてあるんだ。今回は開店記念も兼ねて、好きなだけ持って行ってくれ」
「あらやだ、随分いい男になったじゃない」
「当たり前だ。イセリアと出会わせてくれたのもあるが、何よりもイセリアの恩人だからな。恩義をないがしろにして商売なんかやらないさ……で、他のメンバーはどこに行ったんだい?」
ローグが顎に手を当て、店内で商品を物色しているユーンとイセリアに目を移す。
ユーンとイセリアは、本当に仲がいい。
ローグ達がバリィから帰ってきてからというもの、ユーンは毎日のようにこの店へ通い詰めていた。
イセリアが同じ精霊魔法使いということもあるのだろう。
それにユーンは、何かイセリアから教わっているようだった。
他にもハーミアから薬草の知識も教わったりと、その精力的な行動の理由は、彼女の中ではっきりとした目的ができたからなのだろう。
すっかり人間にしか見えなくなったイセリアが、ユーンと一緒に冒険に必要なものを「きゃあきゃあ」と黄色い声をあげながら選ぶ様はなんとも微笑ましいものがある。
「カーリャと、リア……あと、サイの前衛組は武具屋よ。ブラン卿から資金をもらったみたいね。ハーミアは、リディシアで薬草を買ってるわ。ルーは、もう町はずれの厩舎に向かってるはずよ」
「そうか、じゃあ午後には出るんだな。いい土産話を待ってるぜ。あと、なんか仕入れてほしいものがあったら言ってくれ。あんたらの頼みは、何時いかなる時も最優先にするからな」
やはり豪快に笑うローグに、つられてレシーリアも笑みを浮かべるのだった。




