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満月のハナシ  作者: Ni:
青い月 集結

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集結(3)

 ハーミアとリードの二人が『碧の月亭』に着く頃には、すっかり日も暮れていた。

 久しぶりの再開、これから話すことを思うと僅かばかりの躊躇が生まれる。

 一度ゆっくりと深呼吸をし、決意を固める。

「さて、行くか」

 ハーミアはその言葉に頷き、片腕の剣士の後に続いて店の中に入った。

 店内は、ほぼ満席だ。

 カウンターを抜けた店の隅にある円卓が、自分たちの指定席だ。

 そこには既にサイとユーンにルー、そして実に三か月半ぶりとなるカーリャとレシーリアの姿もあった。


「マスター!」

 二人にいち早く気づいたカーリャが、声を上げて立ち上がる。

「よう、お疲れ様……かな。久しぶりだな、カーリャ。それに、レシーリアも」

「マスター、ほんとに生きていたんですね!」

 カーリャは高まる感情を抑えきれず、リードに飛びつくようにして抱き着いた。

 その目には、うっすらと涙すら浮かべている。

 レシーリアはいつも通りカップに口をつけたまま、手をひらひらとしただけで挨拶を済ませる。

「お帰りなさい、マスター……」

 リードは優しく微笑むと、ぽんっとカーリャの頭を一つたたく。

「お帰りっていうのは俺の方なんだけどな。ただいま、でいいのかな?」

「こっちからしたら、船以来なんだから“お帰り”よ。ほんと、よく生きてたわね」

 レシーリアがなぜか、ハーミアの方を見ながらニヤニヤして言う。


「そうだ、マスター……これ、返します」

 カーリャはリードを開放すると、腰に差していた赤と青の二本の刀を差しだした。

「あぁ、船で拾ってくれたらしいな。あの後の話は聞いているよ。みんな、よくがんばったな。レシーリアも、よく皆を守ってくれた」

「まぁ、あたしはそこ込みで依頼されたわけだしね」

 さもありなんと言うレシーリアに、リードが苦笑する。

 本当にプロフェッショナルな思考を持った冒険者だと感心しているようだ。

「カーリャは一度しか剣を交わしていないのに、俺のことをマスターと呼んでくれるんだな」

「だって、それは……」

「あぁ、パーティが組めたら弟子にするって約束だったよな」

 言ってカーリャの手からユングだけを受け取る。

「ザイルはお前が持っていろ。片腕じゃ、どうせ二本も振れないんだ」 

「え……えぇ!? でも、そんなっ!」

「気が引けるなら、預けとくってことでいいよ」

 カーリャは何か言いたげだったが、やがてザイルを大事そうに両の手で抱き深く頭を下げる。


「ユングの剣先は、レシーリアが拾ったんだったか」

「あによ。かえさないわよ?」

「かまわないよ。好きにしてやってくれ。それより……さ、とりあえず席に着かないか?」

 笑いながら、ハーミアとカーリャを促す。

 レシーリアがそれを確認しつつ、カウンターに向けてカップを掲げ指を二本立てた。

 カウンターからは元気な声で、承りましたーと聞こえてきた。

 さすがのオヤジさんも、今日帰ってきたばかりのカーリャを働かせるなんてことはしないようだ。また一人、若い娘を雇ったのだろう。


「とりあえずあんた達が来る前に、ルーからは白の月での塔でのことを、ユーンからは金の月での出来事を聞いたわ。ブラン卿の薬も完治には、いたらなかったこともね。……で、あたしとしては、まだあんたに聞きたいことがあるんだけどね」

 リードが肩をすくめて、なんなりと、と答える。

「あんたが色々と用意周到に動いてくれてたのはわかってるけど……そうね、まず船で消えた辺りから話してもらえるかしら?」

 レシーリアにとっては、答え合わせに近い質問だ。

 自分の推理が、どこまで合っていたのか確認したいのだろう。

「ヨグと戦った辺りからか。あのあと俺はユングで、船員には事前に渡しておいた共通語魔法道具(コモンマジック)の指輪で武器を強化して挑んだんだが……」


 コモンマジック……共通語でも簡単な月魔法を発動させられる魔法の道具だ。安価ではないが月魔術師ギルドで普通に売っており、その便利さから中級クラスの冒険者なら比較的所持していることが多い。

 魔法の武具が手に入るまでの代用品として、また、魔法を使わない戦士組の精神力を使うことにより、魔術師の精神力を温存できるという利点がある。

 もっとも大概の冒険者は、これを買えるくらいの資金が貯まる頃には魔法の武具を手に入れてしまっているものだ。


「相手が、あれ程の大きさだとは思ってなくてな、結果は惨敗だ。船員の何人かはヨグに支配され、さらに運悪く、魔法で強化された手斧でユングを折られてしまった。挙句、俺までヨグに支配されかけて……と、かなり危なかった」

 レシーリアが眉を顰める。

 自分も無人島でヨグに支配されそうになったが、イセリアがいなければ、あの支配の力からは逃れられなかっただろう。

 邪神による支配なのだ。

 圧倒的にして絶望的な力を前に、精神抵抗など無駄というものだ。

「どうやって、精神抵抗できたのよ?」

「神様相手に、精神抵抗なんか無理さ。だが、所詮やってることは寄生だ。宿主の俺が死にかければ、俺を助けるか逃げるかするだろうと思ってな、自分で腹を切って、海に飛び込んで窒息しかけてやろうとしたのさ」

 一同が絶句する。

「それは……生還する者らしくないというか……用意周到なあなたにしては、お粗末な作戦ね」

「本当に打つ手がなかったんだ。まぁ、溺れかけたところでヨグが抜けていったから、うまくいったんだろ」

 レシーリアが呆れかえる。

 普通の人間ならヨグが抜けたところで、そのまま死ぬだろう。


「すごいな、あんた……俺には、到底思い浮かばない」

「サイは感心しないでください。この人は少し、自分の命を軽視している節があるんです」

 ハーミアが少し語尾を強めながら言うと、リードが反省した面持ちで頭をかく。

「それは、よくないことですよ。残される人の気持ちを考えないと駄目だと思います」

 意外にも、口調を強めたのはユーンだ。

 その光景を前に、レシーリアが少し驚く。

 サイに金の月での出来事から『ユーンが変わった』とは聞いていたが、これがあの気弱なユーンなのかと疑ってしまう。

「それで~? 結局どうやって助かったの~?」

 ルーは目を輝かせて聞いている。

 歌の材料にでもならないかと思っているのだろう。

「まぁ……実際は気を失っていたから、よくわからないんだが……人魚族に助けられて海底神殿に連れてかれて、ザナとかいう月魔法使いに預けられて、たすけてもらった……らしい」

 ザナの名を聞いて、カーリャが困惑する。

 一方のレシーリアは、無人島でハーミアから聞かされていたので驚きはない。

「俺が意識を取り戻したのは、学院にあるザナの私室だったよ。体が動くようになるまでは、厄介になっていたんだ。それからルーとハーミアが、スレイブと会うってファールーゼスさんから聞いて……その後の事は、ルーに説明されたのか?」

「そうだよ~。ああいうのは先に言ってくれないと困るよ~。僕は本当に怖かったし、ハーミアのことを心配したんだからね」

「まぁ、首尾よく薬をもらえて無事に出てこれれば、俺の出番はなかったんだが……すまなかったな」

 そのことについては、ハーミアも何となく思うところがあった。

 たぶんそうなった時は、リードは正体を明かさずにそのまま立ち去ったんじゃないのだろうか。

 もしかしたら、今この場にもいなかったかもしれない。


「ほんと、もう少し話してほしいものよ。今回のことだって、相手がサラスなら事前に言っておいてほしかったわ。うちのリーダー様に、あんな化け物ぶつけてくれちゃって」

「それも本当は、俺が行こうかと思ってたんだけどな。どうやっても間に合わないから、サラスに頼んだんだ。カーリャは、あいつの格闘術を引き出したんだろ? それは凄いことだぞ」

「……でも、盛大に負けちゃいました」

 しょんぼりと頭を下げると、レシーリアがパシンと頭をはたく。

「あんたはあんたで、いつまでしょげてんのよ。相手はあの双拳でしょ? あんたのマスターと同格の冒険者なんだから当然よ」

「だってさぁ~私ずぅ~~~~っと、いいとこ無しなんだもん……」

「しつこいわね。駆け出しの剣士なんて、そんなもんよ。それより、リア。あんた酒の肴の話、覚えてる?」

「あぁ……と言うかよく覚えてるな……それ。今ここで話すのか?」

 リードが、ちらりとハーミアのほうに目をやる。

 ハーミアはというと、きょとんとした表情を浮かべていたが、やがて自分に関係する話なのかと読み取ったようだ。


「ん~まぁ、私との個人的な約束だから、それは私だけが聞けばいいか……じゃぁ別の話。せっかく全員揃ったことだし、この際だからいくつか隠し事は減らしましょうか。まぁ、隠してたわけでもないんだけど……私、チェンジリングだから」

 円卓の空気が一瞬、凍りつく。

 サイとルーは知っていることだったが、他の仲間は驚きが隠せないようだった。

 人間の住む町においてチェンジリングほど迫害を受ける存在はいない。

 生まれた瞬間からそれは始まるのだから、ハーフエルフやシェイプチェンジャーの比ではないのだ。

「俺も長く冒険者をやってるが……初めて見た」

「あによ、それ。一番嫌な反応だわ」

 ジト目のレシーリアに、リードが悪い悪いと笑う。

「まぁ……だから、なんだって話だけどな。冒険者にとっちゃ、ただのハーフエルフだ。しかし、そうか……どうりで出生を調べても何も出てこないわけだ」

「それは、お互い様でしょ? あんたの出生も、まったく調べられなかったんだけど?」

「あぁ、そうだろうな。俺は人間の町生まれじゃないからな」

 リードは目をそらさずに続ける。


「俺の両親は冒険者だ。ついでに言うと、二人ともシェイプチェンジャーだ」

 今度はハーミアとレシーリア以外が、驚きの声を上げる。

「まぁ、そういうことだ。俺は、銀毛の狼のシェイプチェンジャーだ」

「そう言えば、ライフ・ヒルで会った時のリアさんは銀髪でした。それに、髪も短くなってたような?」

 ユーンが、あの満月の夜のことを思い出す。

 なぜ銀髪なのか疑問に思っていたが、いつのまにか黒髪にもどっていたので、そのまま聞きそびれてしまっていたのだ。

「そうだ、思い出したぞ。たしかあの時、リードってのが本名だとハーミアが言っていたな。どういうことだ?」

「そのままだよ。リード・フィックスが俺の本当の名前だ。だから、リードと呼んでくれていい。あと髪は黒に染めている。獣化すると毛が生え変わるから、地色の銀髪にもどるんだ。長さも今くらいになってしまう。ライフ・ヒルの時は、『ナインズ』の塔で一度獣化して、そのまま行ったからな」

「じゃあ船であたし達と会ったときは随分と長い期間、獣化していなかったってことかしら? 後ろで結ぶほど長かったわよね?」

「あぁ、俺自身は獣化することに抵抗はないんだがな。ここ数年は、あの力には頼らないようにしていたから」

「ふぅん……で、なんで偽名にして髪の色まで染めてんのよ?」

 リードは頭をかきながら、しぶしぶ話し始める。

「剣士ってのは名が売れると、何かと他の剣士に挑まれる職業なんだよ。俺は引退したら静かに暮らしたいんだが、ああいう手合は引退しようが、おかまいなしだからな」

 なるほどね、とレシーリアが頷く。

 実際はハーミアと再会してしまった時に、一目ではバレないようにしてたんじゃないかと思ったが、それは今さらの話だからいいだろう。

「まぁ、たしかにね、あたしのような盗賊と違って、そのへんは面倒よね。ルーみたいな魔術師は弟子を取るなり、部屋に隠るなりしてりゃいいし、サイやユーンみたいな精霊魔法使いには誰も挑んでこないしね」

「私は、どんどん挑んできてほしいけどなぁ」

 さすがは、好戦的なリーダー様である。

 本来は長生きしないタイプだが、なぜか彼女なら多少の窮地も切り抜けてしまいそうだと思えた。

 それは、彼女をリーダーに据える理由のひとつかもしれない。


「あの……私もいいですか?」

 ハーミアが控えめに手を挙げる。

「わたしも……」

 そこで言葉を切り、一つ深く呼吸をする。

「私も、シェイプチェンジャーです。獣化したことは一度しかなくて、獣化の仕方もよくわかってませんが……それにリードとは、幼馴染でもあります。船では思い出せなかったのですが……」

 やはり驚きの声があがる。

「それから……私はプラティーン神の信徒です。色々と隠していて、ごめんなさい……」

 しかしその名を聞いても、カーリャだけが首をかしげていた。

 まったくこの娘は……と、思わずレシーリアが苦笑してしまう。

「もう忘れたの? ザナと同じ、プラティーン信仰よ。白金なる月の神で、教義は“白金の月へ至る道を求め、其を阻む物すべからく闇へ捨てよ”……よ」

 頷いたのはカーリャ、サイ、ユーンの三人だった。

 レシーリアが仕方なしに捕捉する。

「何を望むかによってその性質が大きく変わるけど、ハーミアのは無害よ。あたしが保証するわ」

 目も合わせずに言うレシーリアに、ハーミアが感謝の言葉を述べる。


 ……人間になること……それが私の宿願だった。実は今、それは変わりつつあるのだけど……


 また、ちらりとリードの方を窺う。

 彼の存在が、その宿願を変えようとしているのだが……彼は気づいてもいないのだろう。


「そっか……うん。大丈夫だよ、レシーリア。そんなことは、ハーミアを見てればわかるもん」

 ユーンもそれに同意する。

「そうですよ。その人の人となりを知っていれば、何も問題ないです」

「まぁ、あんた達ならそう言うと思ったけどね。で、他にもいろいろと積もる話はあるんだけど……とりあえず……乾杯しない?」

 レシーリアがすっかり話し込んでしまったことに苦笑し、カップを揺らす。

「リード……でいいのかしら?」

「あぁ、呼びやすい方で呼んでくれ。そうだな……ゆっくり話しながら飲もうか。再会と、これからの冒険に」

 リードもカップを掲げ、ようやくの乾杯となった。

 それは半年近い時間を経て、初めてパーティが全員が揃った記念のものだった。

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