雲耀の太刀(4)
「……なによそれ、素手でやるってこと?」
「そう怖い顔すんな。馬鹿にしとる訳とちゃうで。俺はこっちが本業なんや。二刀流はリアに教わっただけやしな……あとな、このグローブは赤月の鍛冶師ユング特製の砂鉄入りやで」
そう言って両拳を赤い月の光に掲げる。
「残心し、纏えやユング」
言葉に反応してグローブが赤い光を帯び始める。
ヨグの時もそうだが月の鍛冶師達が鍛えた武具は、それぞれの色の満月の夜に鍵となる言葉を使うことにより、その力を発揮する。
月魔法や精霊魔法のような専門の言語ではなく共通語で反応するところを見ると、学院で売っているコモンエンチャントの道具に近いようだ。
「あなた、何者なの?」
しかしギッグスは指を一本立てると、お決まりのように『ちっちっちっ』とふって見せた。
「その質問はナンセンスや。せやけどお前の戦いぶりに、名前だけ教えたる」
「名前? ギッグスじゃなく?」
「いや、それは偽名や。ほんまの名前はサラス……『双拳』サラスとは俺のことや!」
驚く間もなくどんっと、自称サラスが間合いを詰める。
「二度も先手をとられて、たまるもんですか!」
半歩間合いを離しザイルを放つ……が、サラスはザイルブレードの勢いを殺さずにグローブの甲で軌道を変え、それを受け流した。
そしてそのままカーリャの間合いを殺し、格闘の間合いに持っていく。
「もろたでぇ! 」
完全に刀の間合いの内側、刀による攻撃も防御も不可能な距離だった。
なおかつこれは格闘の間合いで、まさに絶体絶命だ。
サラスが何かを吠えつつ体を反らせながら、両方の拳を同時に突きつけた。
どんっと激しい衝撃がカーリャの腹部を襲い、気持ちいいほど吹っ飛んでしまう。
「がっ、あ……」
血の混じった胃液が口から吐き出された。呼吸ができない苦しみに、涙を浮かべながら胸を押さえる。
ついで襲いかかる激痛に、カーリャは苦悶の表情を浮かべた。
「アバラいってもうたやろ。勝負ありやな」
一撃で……本気を出されたら一撃でやられた。
その事実が、重くのしかかる。
「お前、ようがんばったで」
慰めるわけでもなく、本心で讃えてくれたのだろう。
だがそれで納得できるわけがない。
なぜなら、自分はまだ何も見せれていないのだ。
「はは……『双拳』サラス、『影踏み』キーン、『スリ足』リンダ……そして『生還する者』リア・ランファースト」
カーリャが何を言いたいのか解らず、サラスは訝しげな表情を浮かべる。
「嬉しいね……目標が沢山あって」
カーリャはよろよろと立ち上がると、刀を鞘に収めた。
そしておぼつかない足取りで、教会の二階へとゆっくり向かった。
「お、おい……どないしてん? どっか変なとこでも打ったんか?」
カーリャは応えずに二階に上がると、細い廊下を歩き一番奥に向かう。
教会の入り口の真上にあたるそこには、人ふたり分くらいの幅の廊下と、巨大なステンドガラスがあった。
カーリャは突き当たりの壁まで進むとゆっくり振り向き、呼吸を整える。
視界の右側には大きなステンドガラスがそびえ、視界の左側には美しい教会の全てが見下ろせた。
「だ、大丈夫か?」
サラスが心配そうに二階に駆け上がってくる。
呼吸をするだけでも痛く、苦しかった。しかしそれを我慢して、居合いの構えに入る。
「“一の太刀を疑わず、雲耀で放ち終わらせよ”……よね。サラスさん、私ができる最高の環境で、最高の一撃を出します。つきあってくれますか?」
カーリャの言うとおり、ここは居合いに有利な条件が揃っていた。
狭い通路は相手を直線的にしか動かせなくする。まして右手は窓、左手は手すりと一階、これでは三角飛びのような格闘家特有の体術も使えない。
そして刀を体で隠すことにより、間合いを読めなくする居合いという技術。
そこにスピードのある抜刀が加われば、カーリャにとって今考えられる最高の一撃となる。
「おっそろしい女やな……せやけど、断る理由がないな」
すっと、サラスが構えに入る。
カーリャも神経を研ぎ澄ませ、集中力を極限まで高める。
じりじりと間合いを詰めてくるサラスを瞬きせずに見つめ、自らの長い居合いの間合いと重ね合わせる。
サラスが居合いの圏内に足を踏み入れる……が、まだカーリャは動かなかった。
呼吸をする度に、折れたあばら骨が肺をつついていた。
おそらく刀を振るえるのはあと一回だ。
確実に倒すには、あと半歩踏み込んでもらうしかない。
──大丈夫、サラスの間合いまではまだあるはず
視界の端でサラスが半歩、足を滑らせるのを確認する。
「はぁぁっ!」
サラスが半歩動くと同時に、カーリャがザイルブレードを滑らせながら大きく間合いをつめる。
しかしそれを狙っていたかのようにサラスもまた右拳を引いて、間合いを詰めてきた。
シャッと音を鳴らして鞘から飛び出た剣先が、完全にかすむ。
最高の間合い、最速の居合いで、徐々に右手が外側に動いていく。
「はぁっ!」
気合いとともにサラスもまた引いた拳を突き出す。それは到底カーリャには届かない距離だった。
しかしサラスは最初から、カーリャに間合いを合わせていなかった。
ザイルブレードを引き抜くカーリャの右手に照準を合わせ、拳を叩きつける。
「あうっ!」
骨が折れる嫌な音が、身体の中から直接聞こえた。
思わずザイルブレードを放した瞬間、サラスの左の掌がザイルブレードを一階に向けてはじき飛ばす。
サラスはさらに右、左と力強く、そしてテンポよくフックを繰り出した後、居合いの反動で前に飛び出たカーリャに向かって、もう一度右の拳を突き出す。
カーリャの左腕に激痛が走り、そのまま横にとばされステンドガラスにガタンとぶつかった。
サラスは三発の連撃の後、左の足先を外側に向け踏ん張り、右足をまわすようにして、再びカーリャの左腕を追撃する。
腕が折れる感触の後、ステンドガラスを突き破ってカーリャの体が宙に舞った。
──死んだかな
ぽつりとそう思う。
ステンドガラスを割ったにも関わらず、なにも音が聞こえなかった。
全てがゆっくりと……まるで水の中にいるように動いていた。
──不思議と懐かしく感じる外の景色
──飛び散る破片
──赤い満月
──リアさん、わたし頑張れたかな
その時、あきらめかけていたカーリャの体が、がくんと支えられた。
ぼんやりと見上げると、サラスがガラスの残る窓枠に手をかけて、身を乗り出しカーリャの右腕を掴んでいた。
窓枠を握る手から、ぼとりとサラスの血が流れ落ちてくる。
「あほっ! おんどれ……俺は命かけろ言うたんや、誰が生きるの諦めいゆうた?」
「……サラスぅ……血ぃ、出てるよ」
「あ、あかん、こいつ意識が落ちかけとる。おいっ、勝負あったで! 神官、はよ来んかい!」
カーリャは意識が遠のくのがわかってきていた。
「あほ、こんなとこで寝るな! だれか助けんかい!」
それがカーリャに聞こえた最後の言葉だった。




