雲耀の太刀(2)
カーリャとレシーリアは身を清めた後、村長との面会を果たした。
ベロナの村の村長ファンサールの屋敷は、なかなか立派なものだった。少なくとも村のレベルではないのは確かだ。
それでもブラン卿の屋敷と比べれば、流石に見劣りをしてしまう。まぁ、あちらは大きな商業都市で爵位を持つ人物だから、当然ではあるのだろう。
ファンサールは、どこにでもいる成り上がりの金持ちだった。そしてその息子はと言うと、やはりなにか勘違いをしている嫌味なお坊ちゃんだ。
外見も小太りで清潔感がなく、レシーリアやカーリャの目から見ても、このような男に求婚されても嬉しくないと思えた。
それでも戦士の村の住人らしく、勝負事には厳しく接していた。
カーリャが勝てば、きっぱりと結婚を諦めるようだ。
そして彼の代理戦士は『二刀流』のギッグスという冒険者で、レシーリアも初めて聞く名前である。
ギッグスは村長の屋敷には泊まらず、酒場に宿をとっていた。
カーリャとレシーリアが彼に会うために酒場に着いたのは、ちょうどお昼を過ぎた頃だ。
「ギッグスさんに会いたいんだけど……」
酒場の主人が見当たらないため、カーリャは仕方なく1人で座っていた少女に話しかける。
「アナタは、だぁれ? ギッグスさんの恋人か何かなの?」
くせっ毛のあるハチミツ色のショートヘアに、吸い込まれそうなグレイの瞳が愛らしい少女が、座ったまま顔だけを向けて答える。
「ち、ちがうわよ。私は対戦相手のカーリャ・リューウェイよ」
少女は少し考える素振りを見せ、やがて手をパンッと叩いた。
「ああっ! 花嫁側の代理戦士ね? そっちの人は?」
レシーリアは肩をすくめながら、素っ気なく名前だけを告げる。
「付き添いのひと?」
首を傾げる少女に対しレシーリアが答えようとしないので、カーリャが代わりに頷く。
「ふーん。私はアールシュ・シンシア。いま呼んでくるから待ってて」
彼女はそう言うと、酒場の奥の階段を上っていった。
「なんだろ、あの娘。ここの子じゃないのかな?」
カーリャはそう言いながら、アールシュのいたテーブルに近づく。
テーブルの上には、お菓子のレシピを書き込んでいるノートが開かれていた。
お菓子づくりが趣味なのだろうか。
しばらくすると、ギッグスと思われる男が階段から下りてきた。
「待たせたなぁ。俺がギッグスや」
酷い西方訛りに、カーリャが思わず面を食らってしまう。
海の向こうのバリィよりも遥か西方にある、商業国家でよく聞く訛りだ。
もちろん王都ルーファンや、港町レーナでもあまり聞かない。
年齢は二十代前半といったところだろう。白い短髪にギラギラした目が、いかにも好戦的だと訴えているようだった。
袖口のないシャツから見える褐色の肌とたくましい腕を見るだけで、相当鍛えられていることがわかる。
「カーリャさんやったな。ま、お手柔らかに頼むわ」
「え……ああ、こちらこそよろしく。二刀流って聞いたけど?」
「ああ、そうや。厳密には二剣流やけどな。でも他にもな、色々とできるねんで?」
「どういうこと?」
ギッグスは指を一本立てて、ちっちっちっとふって見せた。
「その質問はナンセンスや。お前かて、流派もなにも言うてへんやろ? 手の内は見せへんもんや」
「ふぅん。私の流派はリューウェイ流、今の師はリア・ランファースト、武器は刀よ?」
さらりと答える。
カーリャにとって一対一の仕合は、正々堂々とするものである。
それ故、流派を明かすことになんの抵抗もなかった。
「ありゃ……かわった娘やな。そっちの綺麗な、おねぇさんは?」
「付き添いのレシーリアよ、は・じ・め・ま・し・て、ギッグスさん」
冷めた目でレシーリアが答えると、ギッグスの顔色が少し変わる。
「あらぁ? どこかで会ったかしら? 会ったわよね。会ってるはずよ?」
みるみると青ざめていくギッグスに、レシーリアは冷笑を浮かべていた。
「……ひ、人違いや」
「そんだけ訛ってる人、間違いやしないわよ」
カーリャが一人置いていかれている感じがして、レシーリアに説明を求める。
しかし、レシーリアは説明には応じない。
「さてぇ〜。どうしてくれようかしら?」
顔を強ばらせるギッグスに、挑発するかのようにあごを上げる。
「頼む、これが終わるまでは黙っててくれへんか?」
レシーリアは少し考える素振りを見せると、やがてぽつりとつぶやいた。
「じゃあ質問はひとつ。これは誰の差し金? って言うか、あいつは生きていて、あんたに依頼したってことでいいのかしら?」
ギッグスがコクコクと何度も頷く。
「あ、そ。わかったわ。じゃあ、あんたらの思惑に乗ってあげるけど、だからと言ってウチのリーダー様に何かあったらタダじゃ置かないわよ?」
実際のところ、この男たち相手に自分たちがどうこうできるわけないのだが、その気持ちに嘘はない。
仲間になった以上は、全力で守るのがレシーリアの生き方だ。
ギッグスは礼を言うと、申し訳なさそうに頭を下げていた。
レシーリアもそれを確認し、訳が分からないといった表情を見せているカーリャを引っ張るようにし酒場を後にした。
宿に帰った後もレシーリアはこのことについて説明をせず、代理決闘が終わる頃にはわかるわよ、とだけ告げた。
そして、赤の満月の夜。
代理決闘が、ついに行われることになったのである。
ジュレオ神殿のそばにある立派な教会の前ではレシーリアとアールシュ、それから代理決闘をする両家と数名のジュレオの神官が姿を見せていた。
そして代理である新郎新婦が並んで協会の前に立つ。
ギッグスは黒のタキシードのような服に、ショートソードとロングソードを抜き身のまま持っている。
対するカーリャは、純白のウエディングドレスに身を包んでいた。
……とは言え丈の短いスカートにブーツ姿で、ドレス自体も軽量化が施されている。戦闘に支障をきたすほど、動きにくいといったことはなさそうだ。
ドレスは見た目も美しくカーリャ自身も楽しんでいる節があったが、いかんせん腰に差す無骨な刀が一種異様な雰囲気を醸し出していた。
「では両者、この村の定めたルールに則り全力で戦ってください。あなた達の勇気と戦いが、ジュレオ神に届かんことを……」
神官が簡単な祈りの言葉を述べる。
やがて二人は盛大な応援を背中に受け、赤い満月の光で真っ赤に染まる教会内へと消えていった。
大きな音とともに、木製の扉が閉められる。
おそらく自分が結婚するときに思い出してしまうのだろうと、カーリャが苦笑する。
しかし思い出すとわかっている以上、悔いの残らない戦いにしなくてはならない。
静まる教会──
二人だけの空間──
二人だけの戦場──
不意に、リアの顔を思い出してしまう。
カーリャにとってリアと船の上で行った模擬戦は、興奮と感動そのものだった。
「ほな、やろか」
言葉とは裏腹に真剣な顔つきで、ギッグスが二本の長さの違う剣をくるくると回して構える。
「うん」
互いが信じる剣の道を示すべく、二人は静かに向き合った。
静まりかえる教会内で赤い月光がステンドグラスを通り抜けて、二人の姿を照らし出していた。
左手に持つショートソードと右手のロングソードを。それぞれ違う方向にむけて構えるギッグス。
ウエディングドレスに身を包むカーリャもザイル・ブレードを鞘から抜き、ゆっくりと剣先をギッグスに向ける。
「ええ瞳やな。頼むで、死ぬなや?」
ギッグスは言いながら、すうっと目を細めた。
恐ろしく冷たい眼孔だった。
人を殺したことのある戦士の目だ。
……この人……強い……
それは昨日見せていた、ふざけた話し方をするギッグスとは全く違う顔だった。




