雲耀の太刀(1)
レーナを出発して約二ヶ月が経過しカーリャとレシーリアの二人は、北西に位置する辺境の村まできていた。
村までの旅路は、街道が通ってることもあり快適なものだった。
ベロナは村と呼ぶには人口が多く、荘厳という言葉がぴったりのジュレオ神殿がある、少しかわったところだ。
ジュレオは『鋼と戦争の神』として有名で、太陽神アデスの従属神でもある。とはいえ、このような辺境の村で戦争の神が信仰されることはめずらしく、さらに神殿や教会まであるのは極めて希なことだった。
その昔、それこそカーリャ達が生まれる以前、国境に近いこの村は戦争の拠点として活用されていた。
ベロナに駐屯したジュレオを信仰する傭兵や騎士の中には、滞在中に恋人ができてそのままここに永住した者が数多くいた。
そんなこともあり、この村の人口も増え、根強く『鋼と戦争の神』ジュレオが信仰されているようだった。
“結婚するかどうかを、互いが雇った戦士を戦わせて決める”という変わった依頼の内容は、その辺の影響もあるらしい。
そもそも結婚の申し出を断る権利はあるのだが、相手が権力者の場合は例外となる。そういった折に、ジュレオ信仰にある“決闘で遺恨なく解決する”方式がとられるのだ。
ただし圧倒的に不利な花嫁には、代理で戦士を雇える選択肢がある。花嫁が代理決闘を申し出た場合は、新郎側も同じく代理戦士を用意していいとされる。
オヤジの話では今までにも何度か同じような依頼があり、カーリャの師でもある『生還する者』リア・ランファースト、『双拳』サラス、『影踏み』キーン、『スリ足』リンダもここで腕を試していったらしい。それがきっかけで、彼らがパーティを組むようになったのも、オヤジに聞かされた話だ。
偉大なる先輩冒険者の足跡をたどることにより、カーリャ自身も徐々に胸の高鳴りを覚えていた。
村長側が用意する剣士も、これから名をあげるであろう凄腕の人物に違いない。しかしどんな相手であろうと、リアの剣を受け継ぐ者として負けるわけにはいかなかった。
依頼主であるアイナの薬屋は、村の入り口から近い場所にあった。
山側にある大きな屋敷が村長の館だろう。なるほど、たしかに村としてはその規模は大きく、街の一歩手前といった感じだ。
「お口に合うかどうかはわかりませんが、セージのハーブティーです……どうぞ」
アイナはそう言うと、綺麗な花の絵が描かれたカップをテーブルに置き、ハーブティーを注ぐ。
さわやかな自然の香りが、長旅の疲れを癒してくれるようだった。
薬屋らしい配慮なのかもしれない。
「日程や決闘のルールは聞いていますか?」
彼女はそう言いながら自分のカップにもハーブティーを注ぎ、おもむろにカーリャとレシーリアの正面の席に座った。
「試合は三日後の赤の満月の夜、どちらかが負けを認めるか、相手を殺したら負け。武器や魔法の道具は使用してもよし。ただし、タキシード、ウエディングドレスは着用のこと……だよね?」
カーリャが確認するように聞くと、アイナが静かに頷いて応える。
アイナは感じのいい女性だった。
ゆるくカーブした赤い髪は肩に少しかかるくらい長さで、細身の彼女にとても似合っていた。身長もカーリャと同じくらいで、それほどに低くもない。
年齢はカーリャよりも一つ年上の十九才で、普通に暮らしている女性ならば結婚の適齢期である。
いいなぁ……かわいいなぁと、カーリャが思ってしまうのは仕方がないのかもしれない。
この二ヶ月の旅は安全ではあったが、立ち寄れた村も少なく、風呂らしい風呂にもなかなか入れていない。髪の毛の手入れなんて、ほとんどできずにいた。
普段は気にならないカーリャだったが、目の前に綺麗な同年代の女性がいると、どうしても今の自分と比べてしまい、なぜか恥ずかしく感じていた。
そして、いつ見てもいつも通りのレシーリアは、どうやってそれを維持しているのか不思議でならない。聞いたところで大人の女のたしなみよの一言で片づけられてしまうのだろう。
「長旅でお疲れでしょう、どうぞ身を清めてお休みください。詳しいお話は明日にでも……」
カーリャの気持ちを察しての言葉かどうかはわからないが、カーリャは素直に喜び笑顔で頷いた。
「ありがとう。でもやっぱり、その前に仕事の話をしなくちゃね。まず、本当に私が代理戦士をしてもいいのかな?」
「もちろんです。オヤジさんが今までに選んでくれた戦士は、みんな勝っているんです。リアにキーン、サラスにリンダ。あの方の目は、最も信頼のおけるものなんですよ」
「この娘、お世辞にも今いった四人とは、実力も経験も大きく及ばないと思うけど?」
レシーリアがカーリャの頭をぐりぐり撫でる。
カーリャも不満げな表情を浮かべているが、反論できないようだった。
「かまいません。負けたら負けたで仕方のないことです。でも、できたら勝ってくださいね。いっそうのこと、半分くらいはヤッちゃってください」
いきなり物騒なことを言い出すアイナに、さすがはジュリオ信仰ねとレシーリアがもらす。
戦争の神の信者は、だいたい良識がいくつかとんでいるものだ。
「やだ、冗談ですよ。そんな本気で受け取らないでください」
「そ、そうですよね……あ、あはは」
引きつった笑いを見せながら隣に目を移すと、“冗談じゃないと思うわよ”とレシーリアがジト目で訴えかけてきていた。
「それとなく手が滑ったり、転んだりして、さりげなく馬鹿息子に剣先が触れればなんて……考えてませんから、私」
アイナが、さわやかな笑顔のまま言い放つ。
思わずカーリャがもう一度、ギギイ……と軋んだブリキ人形のような動きでレシーリアの方に顔を向ける。
レシーリアは、相変わらずジト目のままだ。
「えっと……私、まだ村長の息子さんに会ってないんだけど……なんで、そんなに結婚が嫌なの?」
アイナは、ああその事ですかと大きく頷き、やはり笑顔のまま答えた。
「もちろん嫌いだからです。かっこよくないし、弱いし、姑息だし……もう、死んじゃえって感じです」
「でも、相手は村長の息子さんでしょう? その……私が勝っちゃったとして、その後の生活とか……大丈夫なの?」
「ええ、この村は勝負事には厳しいですから、ご安心ください」
「そっか、じゃあ私に任せておいて! 勝ってみせるわ」
アイナに好意がない以上、無理に結婚させるわけにはいかない。
カーリャはウインクを一つして、力強く拳を握って見せた。
しかし、レシーリアは相変わらずジト目を二人に向けていた。




