再会と流転(3)
切りが悪いので連続更新です。
片腕の剣士が、ヨグに向けて鋭い眼光を飛ばす。
「テルミヌス・エストで浄化される魂を、吸い取るつもりだったのか? この時期に『魂食い』が学院から盗まれたと聞いて、ぴんときたよ。神聖なる精霊達の周期に……考えることが、一々姑息だな」
「リード……お前は、また僕の邪魔をするのか」
ヨグが憎々しい表情を浮かべる。
「……リード?」
唖然とするサイを後目に、リアとハーミアが馬からおりる。
「リードは……リアさんの本名です」
ハーミアがサイの隣まで駆け寄ると、小声で説明をした。
「なんで、リアがここに?」
「えっと……それは、いろいろとあって……」
「話は後だ。今は手はず通りに」
リアの言葉に、ハーミアが緊張した面持ちで頷く。
「ハーミア……」
ヨグ=エヴェラードが、リアを睨みながら、ゆっくりと手を広げる。
生まれながらの許嫁と、元婚約者が対峙する光景に、ハーミアには複雑な感情が芽生えていた。
「ハーミア……どうしてだ。どうして、婚約者の僕をさしおいて、そんな男に……」
「それは本当に、エヴェの言葉ですか?」
もしかしたら、ヨグがエヴェのふりをしているのかもしれないと問いかけてみる。
しかしその表情は、エヴェのもので間違いないように見受けられた。
理屈ではない。
一度は婚約者として想いを秘めた相手である。
説明はできなくとも、確信めいたものを感じられた。
「エヴェ……待ってて。私が……いえ、私たちが必ず助けます」
「なにを言っているんだ、ハーミア。僕への愛は嘘だったのかい? 僕たちは、あんなにも愛しあったじゃないか」
ハーミアが一度だけ、大きく息をのみ込んだ。
そして、ちらりとリードの方に視線を送り、否定的に首を横に振る。
「なんだよ、それ……リード、今さら何しにきたんだよ。あの時の勝負を忘れたのか?」
「ふん。どうやら、本当にエヴェの意思もあるんだな。覚えてるさ。負けた覚えもないけどな」
「今さらハーミアを取り戻そうって言うのか?」
「……お前が手放しただけだろ」
リアの語尾に怒りが灯り、覇気を帯びる。
その目は獣のように鈍い光を放っていた。
愕然とするのは演技なのかどうかわからないが、エヴェラードはがっくりと肩を落とす。
ハーミアはそれに見向きもせずに、サイの耳元に唇を寄せる。
「ハーミア?」
驚くサイに対し、返事の変わりに一度だけ頷く。
「サイ……1人で、ここに来たのですか? ユーンはどこですか?」
「……え? あぁ、そうだ。ユーンは、ライフ・ヒルに……」
「行ったのですね? では、行ってくれますか? ここは私たちが何とかします」
「しかし……」
「ユーンが心配です。お願いします。ここは大丈夫です。リアさんもいますから」
たしかにハーミアの言う通り、ユーンのことも心配だ。
サイは黙って頷き、槍を片手にライフ・ヒルへと駆け出した。
静まるライフ・ヒルでは、静かに昇華が始まっていた。
暗かったはずの景色が、光に包まれていく。
草や木からまるで蛍のような光が、ひとつ、またひとつと生まれ始める。
無数の光はゆらゆらと雪のように揺れながら、時を戻しているかのように空に向かって舞い上がっていった。
やがて、それが生まれたばかりの精霊だとユーンも気付く。
数えるほどしかなかった光の粒も、気がつけば避けられないほどの数になっていた。
「きれい……」
ロイにもたれかかりながら、思わず溜め息をもらす。
……この精霊達は、どこから集まってきたのだろう……
踊るようにして空に向かう精霊を眺めていると、不安も、恐怖も、悲しいことも、忘れられそうだった。
「ユーン……お別れだ」
ユーンはもたれたまま、ロイの言葉に頷かないでいた。
理解はできても……覚悟はしていても……やっぱり嫌だった。
このままずっと、こうしていたかった。
心の底からロイを好きになれたから……やっと夢を見つけられたから……
「元気でね……また会いたいな」
果たして今、私は笑顔を見せているのだろうか。
笑顔で見送りたいけど……けど……どうして……我慢できないよ……
「ユーン。泣きたいときは、泣いていいんだぞ」
こくりと頷くが、ユーンはすぐに頭をぶんぶんと横に振る。
「ううん、大丈夫」
彼のやさしい表情と悲しげな瞳が、ユーンの胸を締め付ける。
「じゃあな……“またな”じゃない……本当のさよならだ」
ロイの体がふわりと浮いて光に包まれていく。
最後に見せた笑顔からは、一筋の涙が流れていた。
……ロイが泣いていた……あの強いロイが……私のために泣いていた……
ロイの涙が、ユーンの手の平に落ちてくる。
不思議と、その涙の感触が広がる感じがした。
……そっか、泣いてよかったんだ……
ロイの体が消え、小さな光になり、空へ舞い上がる。
その時、ユーンは初めて気がついた。
一緒にライフ・ヒルに来ていた人々の大半が、光となって舞い上がっていたことに──
みんな涙を流して……でも笑顔で、さよならを告げていることに──
舞い上がる幼い精霊達が、ロイ達の新たな姿であることに──
「ロイ……大丈夫……必ず会える。でも、まだだよ。私にはまだ、しなくてはならないことがあるから……繋げていかないといけないことができたから……やっと見つけたから………ロイのおかげだよ」
ユーンはそこまで言って、力強い光を放つ無数の精霊達に別れを告げる。
「私、がんばる……ロイの分も……だから今だけ……泣いていいよね……?」
そしてユーンもまた、他の残された人たちとともに、涙を流した。
精霊達が集まる、光溢れる丘で──
なにも我慢せず──抵抗もせず──
だってロイが言っていたもの──泣きたいときは泣いていいって──
どれくらいの時間がたったのだろう。
ユーンは泣き疲れたのか、ぼんやりと夜空を眺めていた。
光の精霊が織りなす柱は、この丘と空を支えるかのように伸び、金色の満月の光の中に消えていった。
辺りはまた、いつもの闇……怖いはずの闇………
それでも金色の満月が照らし出す光は、ユーンの恐怖心を和らいでくれた。
それはきっと、あの月がロイと会わせてくれたからだろう。
「行っちまったのか?」
いつの間にか、サイが横に立っていた。
ユーンが落ち着くのを待っていたのだろうか。
状況を把握できなそうな表情を見せるが、ユーンのことを気遣ってくれているのだろう。
サイは、必要以上に話を聞こうとはしなかった。
「ユーン……悲いのか?」
話し下手なサイが、言葉を探していた。
それがなぜだか嬉しく感じる。
ユーンは黙ったまま首を振る。
「ありがとう。でも、悲しいって感情だけで泣いてたわけじゃないんだ。ここにいる他のみんなも、そうだと思うの。うまくは言えないけど……」
ユーンは思い切り泣いて、少し気が晴れた感じがした。
やがて思いついたかのように、手に持つ一粒の黒い真珠をサイに見せる。
「黒い真珠……? いや違うな……これは、精霊が宿っているのか?」
「そう……生まれたばかりの精霊だよ。名前も、属性も……わからないけど、いつの間にか持っていたの……まだ契約はできなそう」
「そうか。じゃあ宝物だな」
「うん!」
笑顔をみせる彼女の頬はまだ真っ赤に腫れていたが、その満たされた表情は満月の光よりも優しかった。




