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満月のハナシ  作者: Ni:
金の月 精霊の舞う丘

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再会と流転(2)

「どこ、ロイ……ロイ!」

 ユーンはきょろきょろと見回しながら、その名を叫んだ。

「ロイ!」

 一人の男性の腕をつかんで振り向かせるが、その人物もロイではなく肩を落とす。

「ごめんなさい、人違いです」

 やはり、見間違いだったのだろうか。

 ユーンがうつむいたままでいると、ふっと視界に男の手がよぎり、そのまま後ろから抱きしめられた。


「お前か……お前だったのか、俺を呼んだのは……」

 懐かしい声が直接耳元でささやかれた。彼の息づかいまでも聞こえるほどに。


 ユーンは黙って、頭だけを後ろに向けようとする。

 耳が隠れるくらいの長さの明るい茶色の髪。深い藍色の瞳。

 何も変わらない……何も変わっていないロイがいた。


「ロイなのね。夢なんかじゃない……ほんとに、ロイなんだね?」

 何度もその名を呼び、ロイの後ろからの抱擁に涙を浮かべながら嬉しさを噛みしめる。

「すまない、ユーン。俺の身勝手な行動で、随分と苦しめてしまった」

「ううん。ロイ、今まで何をしていたの? 何があったの? ……本当に戦場に行っていたの? ……どうして、私をおいていったの? ……死んだって聞いて、私……私……」

 泣き崩れるユーンを、今度は正面から抱きしめる。

 ユーンは懐かしい彼の臭いを感じながら、その胸に顔を埋めた。

「そうか……その理由が知りたかったのか」

 ロイは深く目を閉じ考えだす。


「人は、何か役割を持って生まれてくるのかな? ユーンはどう思う?」

「……え? そんなの……そんなこと……わからないよ……」

 狼狽するユーンに対し、ロイは深く頷く。

「俺もな、俺もそうだった。それから色々と考えていた。それでな、俺は戦争孤児だったから……戦争を無くしたいと考えるようになっていた。あの時は、それが俺の成さなければならないことに思えたんだ。でもそのためには、まず戦地を見なくてはいけない。だから俺は、戦場に向かったんだ」

「でも生きているのなら……どうして、帰ってきてくれなかったの!?」

「それは………」

 ロイはユーンを解放すると、悲し気な瞳のままライフ・ヒルを見上げる。

 気がつくと周りの人たちの姿も減り、みんな楽しそうにライフ・ヒルに向かって歩き始めていた。

「行こう、ユーン。ライフ・ヒルに」

 なにがなんだかわからないままユーンは頷き、ロイと寄り添うようにしてライフ・ヒルに向かい始めた。

 ロイがいる……その事実だけで、今のユーンは十分だった。



 サイが愛用の武器を持って宿から出てくる頃には、村人の大半がライフ・ヒルに向かっていた。

「なんだ? なにが始まる? なにを企んでいるんだ、ヨグ」

 その時だ。

 村人が進む方向とは逆の場所から、光弾が飛ぶのを発見した。

 考えるよりも早く、光のあった方向へと駆け出す。

 そこでサイは、思いも寄らない人物と遭遇したのであった。

「またか、またお前か……」 

 殺意の込もった声が月夜に響く。


 その場にいたのは、ヨグ=シラセだった。


 右手には、青白い光を放つ両手剣が握られている。

 そしてヨグに対峙するようにして馬に跨る、二つの影が視界に入る。

「どうして……どうしてお前は、僕の邪魔ばかりするんだ!」

 激しい憎悪と怒りの形相が、金色の満月の光に照らしだされる馬上の二人に向けられていた。

「エヴェラード、久しいな……」

 サイが目を丸くして、そのやりとりを見つめる。驚きを隠せなかった。

 なんの脈絡もなく銀髪のリアが現れたのだ。

 そしてなにより、馬に乗っていたのはリア1人ではなかった。

 リアの体にしっかりと両手でつかまる女性は、サイのよく知る人物だ。

「ハーミア!? なんでここに……」



 光が隠れ、闇が世界を覆っていた。

 闇は光の下で生きる生物にとって、恐怖の対象だ。

 それは目に見えない世界への恐怖のせいだろう。

 ユーンも、闇というものは嫌いだった。

 船での恐怖の体験……無人島では、無事に明日を迎えられるか不安だった夜……あまり思い出したくないことばかりだ。

 今日は金の満月の夜。

 しかし今のユーンには、いつもと違って見えていた。


 小高い丘にあるレッチの村からライフ・ヒルまで多くの村人達が陽気に歌い、幸せそうに話しながら列を連ねていた。

 金の満月が夜道を照らし、ライフ・ヒルに誘われているような錯覚すら覚える。

 理由はよくわからない。


 どうして、あそこに向かうのだろう。

 ううん……そんなことは、どうでもいい。ロイが行こうと誘ってくれたんだもの。あのすばらしい景色を、ロイと一緒に見るんだ。怖い事なんてなにもない。

 ロイは何も話してくれないけど、私の肩を優しく抱いてくれていた。

 暖かい体温……彼の腕の重み……全てが現実と証明し、全て私が探し求めていたものだ。


 ただひとつだけ、ユーンは気になっていることがあった。

 彼は戦争をなくしたいと思い、戦場を見るために自ら旅立った。


 ……私は、なにを成し遂げたというのだろう……


 途端に目に見えない不安に捕らわれる。


 ……私は、何のために生きているのだろう……


 いくら考えても答えは見つからなかった。何をしたいのか、ひとつも思い浮かばなかった。

 自分ひとりで見つけた、夢だとか目標だとか、そういうものがユーンにはない。

 故郷にいた頃は父の世話をし、いつのまにかロイと結婚することが目標のようになっていた。

 冒険を始めたのだって、ロイが戦死したと聞いた後、落ち込んでいたユーンに父が命じたものだ。


 じゃあ……じゃあ、ロイを見つけた今、私の目標はどうなるの?


 自問をするが、すぐにその先に何もないことに気付いてしまう。

 自分は何をするために、この世界に生まれてきたんだろうと。


「どうした、ユーン?」

 思い悩むユーンを気遣い、優しく声をかけてくる。

「ロイは私のこと……どう思っているの? ロイにとって私って……」

「どうって……もちろん、好きだよ。ユーンは俺のお嫁さんになってくれるって……いつの日からか、なんだか当たり前のように思っていた」


 そう……結婚することがたしかに、ユーンの夢だった。


「ユーンの俺への想いがあるから、俺は安心して旅にでれた。だけど、それに甘えすぎたことは後悔している。結果としてユーンを苦しめてしまったから……ユーンは、どうしてこんな俺を?」

「え?」

 言葉に詰まる。


 どうしてって……気がつけば好きだったし……

 私、ロイのどこに惚れたんだろう。

 幼なじみだから?

 いや、そんなことは理由にはならない。そんな理由だけで人を好きには、ならないと思う。

 ロイは……優しかった。そう、自分だけにだけじゃなくみんなに。

 ロイの戦争への怒り……それをなくしたいという堅い決心。

 優しさ、労りの気持ち、その全てが頼もしくて、嬉しく思えて……自分をいつも優しい気持ちでいさせてくれた。

 そっか……私は誰かのために自分の力を持てる限り注ごうとした、ロイの強さが好きだったんだ。

 そんな彼を助けられれば、と思っていたんだ。


 私もロイと同じように、戦争の話を聞く度になんて身勝手な争いなんだろう、どうして子供達までもが死ななければならないのだろうと思っていた。でも、何か行動を起こそうとしていたわけじゃない。

 結局、第三者の立場でしか見ていなかった。

 でもロイは違った。

 ロイは、とにかく行動をしようとしていた。何かを成そうとしていたのだ。

 私はそんなロイに惹かれていたのだろう。


「ロイ……ロイが好きな理由、一言じゃ言えないよ。ロイの優しさも、ロイの強さも……それに、こんな私を好きになってくれたことも……理由がありすぎちゃうよ」

「ありがとう、ユーン」

「ロイ。私はロイのようにできないけど……何も夢がないのなら、せめて誰か……子供達に幸せという気持ちを与えてあげたい……ロイみたいな、戦争孤児になってしまった子供たちを助けたい」

「それも大変な道だぞ?」

 ロイの真剣な眼差しを受け止め、ユーンは力強く頷いた。

 彼と肩を並べて歩くためにも、それが自分の成すべき道のようにも思えた。

 そのユーンの瞳には、もう迷いもなにもなかった。


「ロイ……これから何が起こるの?」

 ユーンがロイの顔を見上げる。

 ライフ・ヒルの丘に、村人達のほとんどが集まっていた。

「ユーン。この祭は古い友と再会する祭。有名じゃないが、どこからかその事を聞き人が集まる。まわりをよく見て見ろ……何が見える?」

 ユーンが、ゆっくりと周りに目を向ける。


 遠くに見えるのはレーナの町の光……


 周りには喜び合う村人……旅人の姿をした者……騎士風の男もいる……


「再会に喜ぶ人たちが見える……まるで、二度と会えない人と再会したような……」

 そこまで言って、ユーンがはっとした。

「そうだ。この丘は霊道の真上にある丘。大地の力の放出口。世界にさまよう迷える魂達は、月の力に導かれて……」

「やだ……なにを言っているの?」

「俺は、戦場で死んだ」

 ざわりと強い風が駆け抜ける。


「未練を残して死んだ魂は昇華されることもなく、さまよい続ける。しかし四年に一度だけライフ・ヒルで、月の力の影響で霊道が開かれる。眠れぬ魂を昇華してくれるのだ。それが昇華の日……そしてその魂に会いたいと願う者がここにいれば、その願いを金色の満月が照らしてくれる」

「ロイ……?」

「お前が俺を呼んでくれたんだな、ユーン。死ぬ前に……いや死んじまったが、ユーンに会えてよかったよ」


 ユーンがぽろぽろと涙をこぼす。

 しかし、その瞳には驚きの色は少なかった。


「気付いていたのか?」

「ううん……知らなかった。でもオレアデスが、私に伝えようとしていた。聞きたくなかったから……聞かなかった。でもなんとなく……心のどこかで知ってたのかもしれない」


 彼のぬくもりも……この腕の重みも……まるで本物みたいだから……心のどこかで、もしかしたら本当に生きていたのかもしれないと思っていた。


「やっぱり、来ない方がよかったか? お前を悲しませるだけだった」

 ユーンが慌てて首をふる。

 涙を浮かべたまま、でも必死で笑顔を作ろうとしていた。

「そんなことないよ……ロイの生死は、私の知りたかったこと。それに、会えないで終わるより……会えた今の方が幸せだよ。悲しいけど……辛いけど……私、ロイと会えたおかげでね、やりたいことを見つけられたから……目標ができたから……」

「強くなったな、ユーン。あんなに泣き虫だったのに」

「仲間達にも言われた……でも……私……本当は、みんなの言うような強い女じゃない……ちっとも強くなんてなっていない……支えて欲しいの……私、弱いから……ロイの支えが欲しいの!」

「支えてやるさ……いつまでも……」

 ロイが力強く抱きしめる。

 きっともう、そんなに時間もないのだろう。

 でもロイは、私に会いに来てくれた。

 そして今も支えてくれている。

 それは紛れもない現実だった。

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