つながりの糸(4)
「さて、我が娘よ。久々の対面だ。なぜ俺が親だと知っている? 誰に聞いた?」
「私は……あなたを親だなんて思っていません」
ハーミアが吐き捨てるように言う。
軽蔑を込めた視線を向けるが、スレイブは卑しく口元を歪めるだけだった。
「なんだ。お頭の娘じゃぁ犯すわけにはいけねぇか~」
「んあ? あぁ~確かに大事な娘だぜ。こいつには、これからお前らの子供を産んでもらうっていう大切な仕事があるからな」
「なっ!?」
「人間の女からは、なかなか子供が生まれなくてな。かといって、シェイプチェンジャーの女を探すのも骨が折れる。売るどころか買いたいくらいだったのさ。まさか、お前の方から、ノコノコやってくるとはなぁ」
スレイブが不気味に笑う。
「誰があなた達なんかと……」
「お前の意見なんか聞いてねぇよ。おい、スレイ。さっきの手柄をくれてやる。お前からやれ」
スレイと呼ばれたフルプレートの人狼は表情を変えることなく、首をひねって辺りを見回す。
そして冷たそうな鉄の小手を、ハーミアに向けゆっくりと伸ばしてきた。
ハーミアは唇を噛みしめながらも、諦めたかのように目を閉じる。
これから自分の身に降りかかるであろう不幸に、絶望感しかなかった。
しかし、いつまで待っても何もされない。
「おいおい、臆病者のスレイちゃんよ~。なに、チンタラやってんだよ。そんなだからお前は、いつまでたってもごつい鎧に頼りっぱなしなんだよ。俺が手伝ってやらぁ」
ナインズの内の一人が近づき、にやついた表情でハーミアに手を伸ばす。
しかし、その手が触れる前にスレイの鋭い蹴りが閃いた。
男は気持ちがいいほど派手に吹き飛び、そのまま獣人たちにぶつかってしまった。
「おぉ~臆病者がキレたぞ!」
獣人たちは喜び、「いいぞもっとやれ!」と野次り始める。
しかし、フルプレートの人狼は気に留める様子もなく、もう一度ゆっくりとした動きでハーミアにむけて手を伸ばす。
今度こそ「もう駄目だ」と思い目を閉じると、なぜか人狼の手がそっと頭に置かれた。
冷たく硬いはずの鉄の小手は、なぜかハーミアに優しいぬくもりを感じさせる。
その行動で、ようやくスレイブが異変に気付いた。
そして何が可笑しいのか、大声で笑い始める。
「はっ……ははっ……そうか、そうかよ! いつの間に、入れ替わってやがった。あぁ、俺の娘がいるってことは……なぁ、そうだろ?」
スレイブが吠えながら瓦礫を掴み、礫を放つ。
礫は目では追えぬ速さで、フルプレートの左の鉄甲に命中した。
スレイはカランと乾いた音をたてて地面に転がった鉄甲に、一瞬だけ目を移す。
その姿に、ハーミアは目を見開いて驚いた。
「そんな……どうして……」
そう、その人狼は片腕だったのだ。
片腕、銀の人狼、私を助けるような行動……彼が何者か考えるまでもなかった。
人狼は無言のままハーミアを抱き寄せると、スレイブに対し鋭い眼光を飛ばす。
「坊主ぅ」
唸るようなスレイブの声に対し、人狼は鉄鎧を脱ぎ捨て獣化をといた。
もう見間違えるはずもなかった。
そこに立っていたのは片腕の剣士リア・ランファースト、その人だった。
風になびくその髪は船上で見た黒い長髪と違い、昔見た首筋までの長さをした銀髪だ。
村にいた時よりも精悍な顔つきになっているが、間違いなく自分の知っているリードである。
「なにしに来やがった……ってぇのは愚問だな。今度は片腕だけじゃあ、すまないぜぇ?」
スレイブの殺気に反応し、ざわりと周りが殺気立つ。
しかしリードは焦る様子もなく、殺気を受け流していた。
「お前こそ……今度は片目だけじゃすませないぜ……」
リードはハーミアと目を合わせることなく、しかしそうすることが当たり前のように前に立つ。
「ナイト気取りは、相変わらずのようだな。いいのか? 今度は、そいつに正体がばれるんだぜ? お前は影に徹するんだろ? その女のためによぅ」
「そのつもりだったけどな。形振り構っていられなくなったんだよ」
ちらりとハーミアの方に視線を落とす。
ハーミアは、何が起こっているのか理解できずにいた。
ただ、リードがそばにいる。
彼の発する声が、いつまでも消えぬ残響となっていた。
「逃げるぞ……」
はっとして顔を上げる。
そうだ、今は足手まといにならないようにしなくてはならない。
「はっ! 結局、種の掟に従うってことじゃねぇか! しかしこの状況下で生き残れるとでも思っているのかよ?」
「俺の呼び名は『生還する者』らしいぜ。それにな……俺もお前に似てきたんだよ、スレイブ……」
不敵な笑みを浮かべるリードに対し、スレイブが目を細める。
「力ずくってのも、嫌いじゃないのさ」
リードはそう言うと、首にかけていた奇妙な形の笛を取り出す。
それを見たスレイブが、明らかに動揺する。
「おめぇ……それは長の……」
「喜べよ、スレイブ。これは、そう何度も見せられる切り札じゃないぞ!」
「……は……ははは! おもしれぇ、削る気か、命を」
リードは答える代わりに、その笛をくわえ息を吹き込む。
笛の音は聞こえない。
しかしその笛の効果は、すぐに訪れた。
「やりやがった……本当に吹きやがった」
瞬間後、リードとハーミアの背後から、とてつもなく大きな影が飛び上がる。
驚いたハーミアが振り向いて見上げると、竜のように大きな白い鳥が翼をはばたかせていた。
「俺の寿命一年分だ。存分に味わえよ!」
リードが身震いをしながら、体を大きくびくんと波打たせる。
たちまちその全身が銀の毛に覆われ、筋肉が隆起していった。
獣化を完了すると同時に、二人の獣人が襲いかかってくる。
しかし片腕の剣士として名をはせたリードが、たかが二人の獣人に苦戦するわけもく一瞬で退けてしまう。
「てめぇ!」
次々と獣化を始めるナインズに、今度は巨鳥が旋風を吹き付けた。
「坊主がっ、ロック鳥とかふざけすぎだろ!」
しかしリードはスレイブの言葉を無視し、隠し持っていたスクロールを口に咥える。
そしてハーミアを片手で抱えてると、塔の外側に向かて駆け出した。
「リ……リアさん!」
ハーミアが声を絞り出すが、リードは躊躇することなく塔の外へと飛び降りる。
猛烈な速度で落下する中、むき出しの牙で咥えていたスクロールを器用に開く。
魔法のスクロールは、開いた瞬間にその効果を発揮し炭と化した。
スクロールに封じ込まれていた効果は、落下速度を調節できる遺失魔法“月重”だ。
リードは速度を調節しながら着地すると、そのまま森に向かって駆けだした。
獣化したリードが息を切らせながら、森の中を駆け抜ける。
リードは獣人らしい力強さでハーミアを抱えながら、追っ手との距離を離していった。
「リアさん、私なら大丈夫です。自分で走れます」
ハーミアが落ち着きを取り戻して声を上げるが、リードはそれを無視して逃走に専念する。
めまぐるしく流れていく景色に、ハーミアは軽い目眩を覚えていた。
どうしてリードがここに……
彼の心意がわからない。
どうして、あそこにいたのだろう。
どうして、そんなにまでして私を助けてくれるのだろう。
追っ手を随分と引き離した頃、リードはやっとハーミアをゆっくりと地面におろした。
そして、そのまま獣化をとく。
「怪我は……怪我はないか? ハーミア」
「大丈夫です。リアさんこそ怪我を……」
なぜか他人のように接する。
突然のことで、どう接していいのかわからなかった。
「ああ。飛び降りた時に、ナイフを投げられたみたいだ。これくらいは大丈夫だよ」
しかしその言葉に反して、脇腹付近は血で染まっていた。
ハーミアは何も言わず傷口に掌を向ける。
「大丈夫だよ。ハーミアも疲れているんだ。その力は残しておいていい。今はそれよりも……」
「あなたが怪我をしていたら、逃げきれる可能性が低くなります。黙っていてください」
厳しい口調で言うハーミアに、リードは思わず言葉を飲み込んでしまう。
合理的で現実的な意見だが、ハーミア自身は心配でならなかったようだ。
しかしリードの心意がわからない以上、今まで通り接するしかなかった。
「……これで大丈夫です」
「すまない……とにかく、ハーミアに怪我がなくて良かった」
安堵の溜息をするリードの背後に、音もなく気配が忍び寄る。
「リード!」
思わずリアではなくリードと叫んでいた。
ハーミア自身も、それに驚いてしまう。
リードもすぐに気付くが振り向こうとはしなかった。
その首筋には、すでに両刃の剣が突き立てられいたからだ。
「動かないで下さいね。いま僕はあなたの影を踏んでいます。あなたの負けです」
「キーンかっ!?」
「……あれ? なんだ、リアだったのか」
少年のような顔をした男はそう言うと、突き出した剣をもどす。
「何をしていたのですか? 予定より遅いじゃないですか。しかも髪が銀に……獣化したんですね。まったく、鍛錬を怠っていましたね?」
「……はは、返す言葉もないよ。サラスは?」
「とっくにベロナに向かっていますよ。リンダはその辺に待機してます」
飛び交う名前は、聞き覚えのある名前ばかりだった。
どれも、リア・ランファーストの旧パーティ『スパイクス』のメンバーの名前だ。
『双拳』サラス、『影踏み』キーン、『スリ足』リンダ……そして『生還する者』リア・ランファースト。
レーナでは有名すぎる冒険者だ。
「そうか。魔獣の笛を使ったから、追っ手がどれくらい来てるかはわからないが……多くても十人くらいだと思う。あとは、頼めるか?」
「わかってます。ま、それくらいなら大丈夫でしょう。リアは早く逃げて下さい。……この娘が?」
「あぁ……」
キーンはふーんと頷きながら、リードに寄り添うようにして立っているハーミアの顔をのぞき込む。
感情を感じさせない冷たい目だ。
まるで彼が、相当の使い手だと語っているようでもあった。
「……ま、ご安心下さい。ここは一人も通しませんから……」
リードは任せたぞと呟くと、訳が分からないという表情を見せるハーミアの手を取り、再び森の奥へと進み始めた。




