つながりの糸(3)
塔の屋上はかなり広く、瓦礫やガラクタのようなものがところどころに寄せられていた。
時折強い風が吹いていたが、今現在は静寂そのものだった。
三人は塔の中央よりやや後ろに陣取る。
なにせ相手が相手である。少しでも階段のそばを抑えておきたかった。
ほどなくして入口にいたフルプレートの人狼と、お頭と呼ばれる人物以外は揃ったようだ。
総勢三十人を超える猛者達は獣化してしていない者もいれば、人熊、人狼、人虎、人鼠と多様な顔ぶれだ。
シェイプチェンジャー族で獣化したまま生活をしているのは、おそらく彼等くらいだろう。
もちろん獣化をすると会話ができないため、必要に応じて人間の姿にもどるのだろうが……しかしこれでは誰が誰だか見分けもつかず、個人を特定するような手配書は作れないだろう。
つまり、常に獣化をしている者が人間の姿で町の中に入ってきても、誰も気づくことはできないということだ。
残虐にして狡猾。
レーナ領主が差し向けた討伐隊を、幾度となく返り討ちにしたという話は嘘ではないようだ。
ルーとハーミアは刃向かうこと自体、無駄なことだろうと感じていた。
そしてその猛者達を統括する、彼らにとっての“英雄”が現れた。
山のように大きい真珠色の髪の男。
左目には真っ黒な眼帯をしていた。
ハーミアはすぐに確信した。
間違いなくアレが、ザナから渡されたあの魔水晶でみた人狼だ。左目はリードとの戦いで失ったのだろう。
震える体を両手で押さえつけ、視線をそらす。
スレイブは黙って三人の前を通り過ぎ、少し離れて正面に座る。
「集まったのか?」
恐ろしいほどに落ち着いた声でスレイブが言う。
「入り口で番をしているスレイ以外は、全員揃ってるぜ」
ルーが震える手をそっとハーミアのほうに伸ばし、彼女の手を握る。
「……何かあったらハーミアはすぐに逃げてね。階段までの道は僕が開けるから。下にいるのは番人1人だけだし、外の空気を吸いたいとかなんとか言って、とにかく逃げて」
ハーミアが頷くのを確認すると、ルーは自分の手を膝に戻す。
しかしハーミアは従うつもりはなかった。最悪の状況でも、二人を逃がさなければいけない。その上で、なんとしても薬を手に入れなければならなかった。
「どうも、私がファールーゼスです」
「ああ、よく来てくれた。約束の薬はここだ」
スレイブがコトンと音をたて、目の前に小さなガラス製の瓶を置く。
「まぁまぁ高く売れるんだがなぁ。約束通りくれてやる。その代わり金を積んでも歌わないという、お前の歌を聞かせてもらおうか」
ファールーゼスは静かに頷き、そっとハープを鳴らし始める。
美しい曲と澄んだ歌声が恋に落ちたかのように切なく、そして優しく折り重なっていく。
歌の内容は、勇気ある若者が戦場で敵である女部隊長と戦い、恋に落ちる話だった。
おそらくは実際に当人たちと会い、話を聞いて作ったのだろう。
ルーとハーミアの二人も、先ほどまでの恐怖心を忘れてしまうほど聞き惚れていた。
それは、まるで魔法のような歌声だった。
ほんの数分間のファールーゼスの歌が終わり、静寂そのものだったその場はすぐに拍手喝采の渦に包まれる。
ファールーゼスはかるく会釈をし、二人に立ち上がるよう促した。
ルーとハーミアは我に返ったかのように、急いで立ち上がる。
「さて、私は報酬をもらって帰らせてもらいます」
「まぁ、待て。感想ぐらい言わせろや」
スレイブは薬を手に取り、立ち上がる。
「いい歌だったぜ。噂以上だ」
「それはどうも。では約束の……」
「ことのついでに、お前の弟子達の歌も聴かせてくれねぇか?」
ファールーゼスの動きがぴくりと止まる。
まずい……と、ルーはいつでも魔法を使えるようにローブの下で詠唱の準備をする。
「……それは依頼外ですが」
「けち臭いこと言うなよ。それとも、左のローブの女をかばっているつもりか?」
黙すファールーゼスに、スレイブは続ける。
「立ち上がる仕草や、尻の払い方が女くさすぎるんだよ。隠すことねぇだろ。なにもしねぇから、顔くらい見せろや」
『…雫を今ここに!』
立ち上がろうとするスレイブの足下に、ルーが魔力の光弾が弾けた。
「行って!」
どんっとルーに押されて、ハーミアが階段の方によろめく。
「そんな……」
「かまいません。ここは私が、なんとかしましょう」
ハーミアは一瞬躊躇するが、二人がくれたチャンスを無駄にできないと決意を固め階段に向かって走り始めた。
唇を強く噛みしめながら、自らの不甲斐なさと無力さを呪う。
しかし階段には、いつの間にか入口にいたフルプレートの人狼が道を塞いでいた。
ハーミアは絶望したかのように、その足を止める。
「お~でかしたぞ、スレイ。たまには、役に立つじゃねぇか。しかしやっちまったな、ファールーゼスさんよぅ〜」
「何度も言いますが、これは依頼外ですよ」
ファールーゼスがフルプレートの人狼のほうを横眼で見ながら、落ち着いて返す。
「あぁ? 俺にむかって魔法を使ったことだよ。そこのガキ、この罪は重いぜぇ……」
一斉に、ルーに向かって殺気が集中する。
ルーは恐怖で気を失いそうだった。
その震えの止まらない肩にハーミアが優しく手を置く。
ルーが反射的に彼女の方を見ると、小さく頷き目で大丈夫よ、と伝えていた。
そして……
「待って下さい!」
張り詰めた空気の中に突然響いた、この場にそぐわない女性の声に一同が注目する。
ハーミアはフードをあげて、その顔を晒す。
「スレイブ……報酬を二人に渡して、無事にここから出してください。かわりに、私が残ります」
突如あらわれた美しい女の臭いに、ナインズの面々は鼻を引くつかせその目をいやらしく細める。
「ハーミア、何を言ってるの!?」
「私なら大丈夫。売り物には傷つけられないもの……そうでしょ?」
「ほぅ~随分と物わかりがよくなったじゃねぇか。さすがは俺の娘だ」
「えっ!?」
驚くルーに対し、ハーミアは寂しそうな笑顔を見せた。
「かといって報酬をそのままやるってわけには、いかないよなぁ」
スレイブはそう言って薬を半分ほどその場にこぼし、ファールーゼスに投げつけた。
ハーミアがその行動に、強く唇を噛みしめる。はたして半分の量でブラン卿の病気が治るのかわからなかったが、今は無事に帰ることが先決だった。
「いくぞ、ルー」
「で、でも……」
「大丈夫よ、ルー。私、強烈な睡眠薬を持ってきてあるの。ちゃんと逃げ出せるわ」
心配させまいとするハーミアに、ルーは涙をこらえるので精一杯だった。
「彼女なら大丈夫だ」
「なんで、そんなことが言えるのさ!」
ファールーゼスに詰め寄ろうとするルーのみぞおちに、どんっと重い一撃が入る。
ルーは一瞬、呼吸ができなくなりそして視界が白い闇に包まれた。
素早くファールーゼスがルーに肩をかし、黙ってひきずるように階段に向かう。
ハーミアは、ルーに剣の柄を叩き込んだフルプレートの人狼を一別すると、二人が階段を降りるまで待った。




