つながりの糸(2)
『ナインズ』はレーナの北西の山中にある塔を根城とする盗賊団で、悪行であればなんでもする犯罪者集団として恐れられていた。
その『ナインズ』に歌を披露し報酬に薬をもらうべく、ハーミア、ルー、そして吟遊詩人のファールーゼスが歩みを進めていた。
ファールーゼスはエルフだ。
一目では人間と見分けがつかないシェイプチェンジャーに比べ、エルフは簡単に見分けがつく。
その特徴的な耳の長さや人とは異なる形容しがたい美しい顔立ちが、その者をエルフだと主張するのだ。
腰まである銀色の髪は、女性の目から見ても羨んでしまうほど美しい。
その髪を裂くようにのびた長い耳は、まさにエルフの象徴だろう。
切れ長の目からは、知性に満ちたスミレ色の瞳が妖しい光を放っていた。
エルフの吟遊詩人ファールーゼスの名は、遠い隣国にも知れ渡るほどだ。
「先生とも、もう7年になるね~」
「あぁ、この間の誕生日のことだったな」
「……先生にとっては、この間なんだね」
ファールーゼスと、ルーの出会いは7年前に遡る。
その日ルーの父親が、ふらっと町に現れた吟遊詩人の名前を聞きつけ、子供達にぜひ歌ってくれないかと依頼をした。しかしファールーゼスは、気が向かないと言って、それをあっさりと断わった。
そのことを聞いたルーは、こっそり街に出て彼に直接会い、歌ってくれないかと頼んだのだ。
ファールーゼスは人間の幼い子供の行動力に感心し、ルーのためだけに歌を披露した。
それからというもの、レーナの町に立ち寄る時は必ずルーを訪ね、歌と楽器を教えてくれるのだ。
ルー自身、ファールーゼスとともにいられることが嬉しいらしく終始笑顔の毎日だった。
「お前のまわりには、こんなにも美しい女性がいるのに……相変わらず、そういったことには無頓着のようだな」
「あのね〜僕は今、魔術の勉強で手がいっぱいなの。それにハーミアには、もう婚約者がいるし」
「ほぅ、そうなんですか? それならば、ハーミアさんも教えてやってください。恋愛もいいもんだと」
ハーミアが困ったような表情で笑顔を返す。
ルーが言う婚約者とは、許嫁であったリアのことではなく、エヴェラードのことなのだろうけど……今はもう好意を寄せてるとは言えないだろう。
あの人に斬られた時、その気持ちもどこかに消えてしまった。
ヨグに支配された彼を助けたい気持ちは確かにある。しかしそれは、わずかに残された彼への情だ。少なくとも幼馴染として長い時間を過ごし、恋をしたのは事実なのだから。
それでも、自分に剣を振り下ろした彼を思い続けるのは困難なことだった。
「ファールーゼスさん……人間ではないということで、あなたも苦労してこられたんですか?」
全てを悟ったかのような笑顔をみせるファールーゼスに、思わず問いかけてしまう。
「私はハーフエルフではありませんし、迫害なんて受けたことはありませんよ。それに、旅人として自由に生きている自分に苦労なんてありません。なにより、私なら歌を聴かせて相手を黙らせてしまいますからね」
その言葉には確固たる自信があった。
事実、ファールーゼスの歌には彼を認めざるをえない説得力があった。
ルーが憧れるのも無理のないことだ。彼の魅力は、異性同性問わず誰からも好感を得られるものだった。
もしも私がシェイプチェンジャーでなければ、結婚式の時に変身することもなくエヴェと幸せに式を挙げられただろう。
だから……人間になれば、そんな思いはしなくてすむ。幸せになるために人間になるんだ……そう思い、冒険者になったのだ。
しかし、いつからかハーミアは悩み始めていた。
人間になることが、果たして幸せにつながるのだろうか、と。
イセリアは人間にこそなったが、そもそもあの二人には種族の壁は関係なかった。
リファニーとサークの場合は、人間同士でありながら複雑な事件へと発展してしまった。しかし彼らが異種族同士であったとしても、きっと結末は同じであっただろう。
そう考えると、人間になるという目的が正しいものなのか揺らいでしまう。
……いや、理由はそれだけではない。
自分でも強く意識をしている存在がある。
そう……プラティーン様の啓示で見たリア=リードの存在は大きかった。
どんな時でも、私のことを考えてくれていた人──
今となっては、誰よりも信頼できる幼なじみ──
次第に彼の……古い記憶の中でみせる青年の笑顔が、ハーミアの記憶の中で何度も蘇るようになっていた。
あの人は、どんな思いで私と接していたのだろう。
その辛さは、きっと彼にしか解らないものだ。
「今回も、いつもと同じです。歌を歌って、報酬として薬をもらう。私は塔に入ってナインズに会えればいいですからね。その経験は今後、歌の良材として生かされるでしょう。ハーミアさんも、何か面白い話があれば教えてください。私への報酬は、それが一番なんですよ」
ハーミアは曖昧に頷き、視線を落とす。
とにかく今はブラン卿を助けるための薬を手に入れることと、みんなの身の安全を第一に考えるべきだろう。
塔はもう目前にまで迫っていた。
『ナインズ』の活動拠点であるこの塔は、その昔、月の研究のために魔術師ギルドが建造したものだった。塔の外壁は赤い月を意識し、真っ赤な色で塗られている。
この塔の血塗られた歴史は、数人のシェイプチェンジャーによる大虐殺により始まった。
魔術師たちは皮肉にも、自分たちがこれから拠点にしようとしていた赤い塔を、文字通り自らの血で真っ赤に染めてしまったのである。
それからシェイプチェンジャー達は同志を募り、その力を驚異的な速さでつけてしまった。
不祥事を恐れた学院はこの塔について一切の情報を抹消し、自らの責任と事実を闇に放棄してしまったのである。
それは学院所属の月魔術師であるルーですら知らなかった事実だった。
「そんな……学院が見て見ぬふりをしていたの?」
「盗賊団が悪いのはもちろん、隠蔽した学院にも問題はあるだろうね。この世で最も恐いのは、人の心というわけだ。誰だって、我が身はかわいいものさ」
ハーミアは思わず、剣を握ったエヴェの姿を思い出してしまう。
彼には村を守る立場があった。
しかしそれは、私よりも人間としての立場を選んだということだ。
そう考えると人の心にある闇というものが、本当に恐ろしく感じられた。
「そんな世の中だから、せめて私が歌で癒したいのだ。歌は全ての生物が理解できる言葉であり、共有可能な娯楽だからね。普通に恋をして、結ばれて……みながそうして暮らせたら、どんなに幸せだろうか。しかし中には、彼らのような輩もいる」
ファールーゼスが赤い塔を見上げて、厳しい表情を浮かべる。
「しかし彼らを理解せずして、歌は極められない。闇を知らずして、光は語れないのだ。そんな歌は何の説得力も持たないからね。私はね、この塔の悲劇をも歌にしたいのさ」
どうやら、それがファールーゼスの目的らしい。
ルーは熱く胸が震えていた。
歌に対する熱意……真剣に取り組むということは、これほどの思いが必要なのだ。
「さあ二人とも、フードで顔を隠しなさい。お迎えが来たようです」
塔の入り口から、足音が近づいてきた。
二人は慌ててフードを深くかぶり、顔を埋めて両眼以外を隠す。
「やあ、約束通り来ましたよ。早速、案内してくれますか?」
上半身だけフルプレートアーマーで身を包む銀毛の人狼が、通れという感じで首をクイと曲げる。
ファールーゼスは肩をすくめるようなポーズをし、奥に進んでいった。
ついで、ルーができるだけ盗賊を刺激しないようにと何度も頭の中で言い聞かせながら、ファールーゼスの後に続く。
ハーミアも緊張した面もちで後ろにつく。
しかし通り過ぎる際、思わずフルプレートの人狼と目をあわせてしまった。
──シェイプチェンジャー
──犯罪者集団ナインズ
──私がシェイプチェンジャーだと思い出させる、嫌悪する種族
番人は交錯する思いを見据えるように、ハーミアの瞳を正視する。
だが、呼び止められることはない。
彼はすぐに外へと視線を戻し、番人としての役割に戻っていった。
最上階まで続く長い螺旋階段は、1階2階と階層ごとに円環状の廊下があり、そこから各部屋に繋がっていた。
塔の造りは機能的で、当時の希望に満ち溢れた魔術師達の姿が目に浮かぶようだ。
何人かのシェイプチェンジャーが、ファールーゼス達に気付き近づいてくる。
人熊の姿の者もいれば、人型のままの者もいる。
「なんだ、お前らは」
その内の人型の男が話しかけてきた。
その言葉には、殺気が込められていた。
いや……まるでこの塔全体が殺意につつまれているようだ。
「誰もいなかったので勝手に上がらせてもらいましたよ。依頼を受けたファールーゼスです。この2人は私の弟子達です」
男が一瞬考え込む。
しかしやがて、その話を思い出したのだろう。
「ああ、例の吟遊詩人か。歌は屋上で歌ってもらう。お頭を呼んでくるから、先に行ってな」
ファールーゼスは頷き、そのまま階段を上がる。
ルーとハーミアは、獣人たちと視線を合わせないようにしてついていった。




