つながりの糸(1)
剣士は白い月明かりに照らされた草原で、馬を走らせていた。
白い月は4つの月の周期の中で最も光が強く、遮るものがない場所なら夜目も必要としない。
剣士はかつて冒険をともにしたことがある吟遊詩人から得た情報と、油断ならぬ魔女から得た情報を手に、焦りを覚えていた。
身体はまだ思うように動かなかったが、そうも言ってはいられないようだ。
何年ぶりかという故郷に向かい先を急ぐ。
のんびりと、里帰りというわけではない。
そんな郷愁に浸る暇などない。
あそこには、切り札と呼べるものがあった。
形振りなど構ってはいられないのだ。
何としても、何としても──
「ちょっと! ベロナまでとか、片道で二ヶ月はかかるわよ!」
白い月の周期に入った頃、冒険者たちの溜まり場『碧の月亭』では怒号にも似た声が響いていた。
声の主はレシーリアだ。
彼女がオヤジの持ってきた仕事に噛みつくのはいつものことだったが、誰も引き受けてくれない面倒な依頼を立て続けに紹介されて、レシーリアもいよいよ我慢ならないといった感じだった。
「あのねぇ……言っとくけど、こないだの月魔術師の依頼だって、ぜんっぜん割に合ってないんだからね!」
「いや、そうなんだがよ。それ、赤の満月の夜にやるらしいから、今から行ってもらうしかねぇんだ」
「あんた、あたしの話きいてた? 行ってもどって四ヶ月じゃ儲けがないって言ってんのよ! その日食えれば満足って訳じゃないんだからね!」
「いや、だからよ。もう一個、かんたんな依頼もってきただろ?」
怒れるハーフエルフを前に、オヤジがテーブルの上の羊皮紙を指先でトントンと叩く。
オヤジの持ってきた、依頼書の内容はこうだ。
次の赤い満月の夜にベロナの村で行われる、花嫁代理戦士募集します。
もし村長の息子が用意した花婿代理戦士に負けた場合、私はあの馬鹿息子と結婚することになります。
腕に覚えのある女性戦士の方、ぜひその力をお貸してください。
勝利報酬は金貨一枚となります。また、付き人は一人までとします。
希望者はベロナの村のアイナまで。
ベロナの村は昔から、太陽神『アデス』の従属神である『鋼と戦争の神ジュレオ』の信仰が盛んだ。
村の中心には立派な神殿があり、村全体が『鋼と戦争の神ジュレオ』の信仰者で成り立っている。
なぜ、そのような村が生まれたのか。
その理由は明白だった。
国境に近いこの村には、騎士や傭兵が多く駐屯している。
そして騎士や傭兵が信仰する神こそ、数少ない刃物の使用を許された『鋼と戦争の神ジュレオ』なのだ。
“結婚するかどうか、互いが雇った戦士を戦わせて決める”という変な風習は、ジュレオ信仰の村ならではと言えるだろう。
レーナからベロナまでは、荷馬車で二ヶ月はかかる。
今は白い月の周期に入ったばかりで、次の金の月の周期を超え、再来月の赤い月の周期で、ようやく到着することになる。
そこで依頼をこなして、また戻ってくるのに、二ヶ月の道のりだ。
つまり次の白い月の周期まで、まる四カ月もの間、この依頼のために動かなくてはならない。
依頼内容からして、どう考えてもカーリャが戦うことになる。
四カ月の道のりを考えると、冒険慣れしている自分がついていった方がいいだろう。
そしてオヤジの持ってきた、もうひとつの依頼書がこれだ。
来月の金の満月の夜、レッチの村でお祭りがある。
お祭の準備として、酒樽と食料を村まで運んでほしい。
報酬は、二人で銀貨五百枚。
レーナからレッチまでは、一カ月くらいかかるだろう。
もどってくるのは、二ヶ月後の赤い月の周期だ。
オヤジの言う通り、たしかに報酬も悪くない。二人でこなせる内容というのも魅力だ。
もし受けるなら、こっちはユーンとサイで問題は無いだろう。
ハーミアには、ブラン卿のことがある。
ルーは学院で勉強でもしてもらったほうがいい。
しかし最も気がかりなのは、この新米冒険者グループが未熟すぎるということだ。
「パーティの分断とか、まだ早いのよ……」
「そう言うなよ。“女剣士を赤の満月までにベロナへ行かせる”とか、条件が厳しすぎるんだよ。今度おいしい情報が入ったら、真っ先に教えてやるからよ。頼むよ、な?」
レシーリアが額に手を当てて項垂れる。
やがて、まぁこれもいい経験になるか……と自分を納得させて、仲間たちにどう説明するか考えを巡らせはじめるのだった。
白の月の周期、夕刻──
『碧の月亭』のいつもの席には、ハーミアの姿があった。
サイとユーンは来月の金の満月までに届け物の依頼を、カーリャとレシーリアは再来月の赤の満月までにベロナに行かなくてはならないため、すでに出発済である。
喧騒が苦手で言い寄ってくる男も多いハーミアにとって、この場に一人という状況は苦痛でしかない。
それでも、今日この場に来たのは他でもない。
人と会う約束をしているからである。
その相手は冒険者仲間のルーと、ファールーゼスという男だった。
ルーが息を切らせて、ブラン卿邸に訪ねてきたのは昨夜のことだ。
“僕の知り合いが、『ナインズ』に会いに行くんだって! なんでも、歌を披露しに行くとかで!”
その知り合いこそが、ファールーゼスという名の男だった。
ファールーゼスはルーに歌を教えたエルフで、有名な吟遊詩人らしい。
金を積まれても、その気にならなければ歌わない、歌のためだけに各地を転々と旅をしている変わり者だ。
そのため、彼の歌を聴くこと事態が幸運だとまで言われている。
“レーナに来たついでに、僕に会いに来てくれたんだ。それでね、先生はこれから『ナインズ』に歌を披露するらしくてね。先生は報酬とかいらない人だから、『万病の治癒薬』をもらってもいいよって!”
『ナインズ』は、シェイプチェンジャーのみで構成された盗賊団だ。
戦闘能力が高く、変身後の種類も多彩で、幾度となくレーナ領主が差し向けた討伐隊を退けていた。
アデスの神殿にあった『万病の治癒薬』が、『ナインズ』に奪われたという話は、リファニーから聞いていた。
当初は交渉の余地がないと諦めていただけに、ハーミアが希望を持ってしまうのは仕方がないことだろう。
それほどまでに今のハーミアは、ブラン卿のことを気遣っていた。
たしかにそれは、片腕の剣士が用意した幸せの箱庭かもしれない。
それでも心の拠り所を失っていたハーミアにとって、大事な宝箱のような存在になりつつあった。
ルーはファールーゼスさんと二人で行ってくるって言っていたけれど……
私も……私も行かなくては……これは私の問題でもあり、願いでもあるのだから……
ハーミアはそう何度も自分に言い聞かせ、ともに行くことを伝えるために2人が来るのを待ち続けた。




