共命鳥(5)
リファニーが、薄暗い部屋に明かりを灯す。
ゆっくりと自分自身を落ち着かせるように。
サークはベッドの上に、ちょこんと座っていた。
どこか落ち着いているようにも見えるが、猫の姿をしているため、その真意を伺い知ることはできない。
リファニーは何も話さずサークの正面に立つと、静かに解除の呪文を唱え始めた。
青い月の影響をうけた魔力が、青白い光となってサークを包みはじめる。
リファニーが月魔法の『真月』の呪文を完成させると、あっさりと『月華』の効果を解除してしまう。
リファニーの導師としての魔力をもってすれば、グラウディオスのかけた魔法を退けることくらいは造作もないことだった。
サークはゆっくりと時間を巻き戻すように、かつての姿を取り戻していった。
少し長めの黒髪に端正な顔つき、鋭い眼光にがっしりと鍛えられた体、全てが赤い満月以前のものだ。
しかしサークは驚いた様子もなく、落ち着いてシーツを纏う。そんなサークを見て、逆にリファニーの方が驚いているくらいだった。
「どうした。何を驚いてるんだ?」
「……どうして……知って……?」
動揺を隠しきれないリファニーに対し、サークが苦笑をする。
「人の姿に戻っても、使い魔の魔法の効果はなくならないんだな。リファニーの考えていることが……」
“直接流れ込んでくるよ”
そう直接リファニーの頭の中に響いた。
リファニーがはっとし、みるみると頬を赤らめる。
「悪いな。隠すつもりは、なかったんだが。最初から君が心の中でつぶやいていた言葉は、ちゃんと届いていたんだよ」
「え……えっーー!」
たまらず顔を覆う。
しかし、なぜ使い魔の効果が今も生きているのだ。『真月』の効果で解除されるはずなのに。
いや、そもそも人間に使い魔の魔法はかけられないはずなのだから、人間の体にもどれば解けるはずではないのだろうか。
もしかしたら、あの特殊な手順で『月華』を使用すると、『真月』では解けなくなってしまうのだろうか。
だとしたら、一大事だ。
「そうか、それはたしかに一大事だな」
思考を読み取ったのだろう。サークが困ったように顎を擦る。
「サークさん……私、なんてことを……」
「反省はしているようだな」
リファニーはこらえられずに、涙をぼろぼろと流し始めた。
そう、しょうがないんだ……私が悪いんだもの……と言い聞かせながらも、最悪の結果になった自分の恋と、悔やみきれぬ思いが頭の中でぐるぐると回っていた。
「あぁ、まぁ……そうじゃなくて、な。責めてはいないんだ」
首をかしげるリファニーに、優しく笑顔を見せる。
「誰かを守りたくて騎士になったのに、やってることは祭りの警護とかで……あげくに拉致されて、猫にされて……情けなくてな。やっぱり騎士なんか、向いてなかったのかもな」
「そんな……どうか、そんなことを言わないでください。私が全て悪いんです」
しかしサークは首を振る。
「リファニーがしたことは悪いことだ。しかし俺が未熟でなければ、あるいは今回のことも未然に防げたと思うんだ」
リファニーが、力一杯に頭を振る。
勢いで涙が飛び散るほどだ。
「そう、責めるなよ。この数週間、毎日な……それこそ起きている間は、君の苦悩を聞き続けていたんだ。もういいんだ。後悔は、もう十分に届いている」
言葉の優しさに強い情動が生まれ、さらに涙が溢れていく。
「正直に言うとな……俺への気持ちは、悪い気はしなかったんだぞ?」
サークが少し照れるようにしながら、声を出して笑った。
「それが特別な状況下で生まれた気持ちだとしても、嬉しいのは本当だ。だから、もう責めなくていい。今はな……どちらかと言えば未熟な自分が嫌になってるんだ。だからな……」
だから、もう泣くなと優しく目を細める。
それでも自分を許せないでいるリファニーに、サークは苦笑してしまった。
リファニーが求めているのは許しではなく、罪を償う機会なのだろう。
「俺は騎士をやめるよ。己を鍛え直すために、旅に出ようと思う。しかし今のままでは戦いの際、痛みも君に届いてしまう。だから、このリンクを解除しなくてはならない……できるか?」
「なら……それなら尚のこと、あなたの痛みを私も受けたい。なんの償いにもならないかもしれないけど……」
「それは、下手をすれば死ぬんだぞ?」
「……それを許してくれるのなら、私はあなたとともに生き、あなたとともに死にたいのです」
サークはその覚悟に、思わず言葉を失った。
彼女の言葉に嘘はなかった。リンクされた心が、それを真実だと教えてくれていた。
「この上、女一人の命を背負えと言うのか。これはまた、大変な旅になるな」
サークは髪をかき上げるようにし、困ったように頭をかく。
「わかった。では当面の間は、リンクの解除方法を探す旅にでもしよう。まぁ、話し相手には困らなそうだし、これもまた楽しい旅になるだろう」
そしてサークは、無言のままリファニーの双眸を見つめる。
言葉では伝えられない優しい想いを、そのままに届ける。
……そう……だから私は、この人が好きなんだ。
リファニーは、心からそう思えた。
そして自分の思いを改めて、はっきりと言葉にして伝えるのであった。
よく晴れた朝の街道で、今まさに旅立とうとするサークの姿があった。
その身に騎士の鎧や剣はなく、代わりにリファニーが買い揃えたスケイルメイルとバスタードソードがあった。
おそらく魔法の品だと、レシーリアの嗅覚が告げている。
過保護だと言えばそれまでだが、サークが傷を負えばリファニーも傷を負うのだ。サークとしても、それはよしとできないところなのだろう。
見送りに姿を見せたのは一行のみで、リファニーの姿はなかった。
二人の間に何があったのか、また二人が今後どうつきあっていくのかは分からない。
ただあの後、部屋から出てきたリファニーの表情を見た限りでは、そんなに悪い結果に終わらなかったようだ。
「これから、どこに行く気だ?」
「そうだな……王都の月魔術師ギルドに行って、いろいろと調べてもらおうかと思ってる」
サイの質問に、サークが腰の剣をガシャリと鳴らして答える。
「まぁ、武者修行もかねてな。君等には、いろいろと世話になったな」
「リファニーは連れていかないのですか? このままでは、リファニーの身も危険になるのでは?」
「あぁ、いよいよとなれば専属で神官につかせるが、正直心配だ」
「でもそれじゃあ、危険すぎます」
親身になって心配をするハーミアに、サークは厳しい表情を浮かべる。
「その辺にしときなさい。そんなことは、先刻承知のことでしょ。二人で決めたことなら、これ以上とやかく言うのは野暮ってものよ」
実際はサークがどうしてリファニーを許せたのか、レシーリアには到底理解できないところではあった。それでも大雑把なローグとは違う、サークらしく考え抜いた末なのだろうことは見て取れた。
サークはレシーリアに深く頭を下げると、今度はカーリャの方に顔を向ける。
「俺のリンクがとければ、一度手合わせを願いたいな」
「あは、いいね、それ。それまで腕を磨いておくから、楽しみにしとくよ」
「本当に、世話になった。なにか困ったことがあったら、リファニーを通して呼んでくれ。俺達でよければ、喜んで力になろう」
サークはバスタードソードを両手で持ち、額に柄を軽く押し当て誓う。
その姿は紛れもなく、騎士のそれだった。
いつの日か、リファニーとサークが全てのわだかまりを解消し、二人揃って笑顔で挨拶に来る……この時一行は、そう思えてならなかった。
使い魔について
あまりにメタな説明が含まれたので、あとがきにて補足します。
通常使い魔は、空を飛べるカラスやフクロウ、移動を怪しまれない猫やネズミを使用する。
魔法陣を使った儀式により、一方的に契約を結び使役することができる。
術者が契約を解除しない限り、使い魔の効果は継続される。
使い魔の五感……視覚、聴覚、触覚、味覚、嗅覚……は術者にそのままリンクされる。
それは痛みも同様で、使い魔が傷を追えば術者も同じだけ傷を追うこととなる。
ただし、術者の五感は使い魔にはリンクされない。
命令は、念じれば思考が届く。
使い魔の効果に距離の制約はない。
サークとリファニーの場合、以下の特殊なリンク効果が生まれている。
・使い魔の契約の解除ができない。
・命令に強制力がない。
・通常、五感のリンクは『サーク → リファニー』、思考の伝達は『リファニー → サーク』の片方向になるはずだが、この二人は双方向で伝達されてしまっている。
これによる最も大きな弊害が、肉体ダメージのリンクである。
使い魔の傷が術者にも届くことは、前述の通り。
例えば使い魔が猫だとする。
・猫 生命力3
・リファニー 生命力9
もし使い魔が絶命をしても、リファニーの生命力のほうが高いため、リファニーが死ぬことはない。
作中でも説明があるが、使い魔の生命力が術者を越えることなど普通はないため、死の危険がない。
しかし現在はサークとリンクしているため……
・サーク 生命力18
・リファニー 生命力9
もしもサークにダメージが9点以上通ってしまうと、リファニーは昏倒し死んでしまう可能性がある。
このため戦闘が予測される場合はリファーニーのそばに神官を待機させ、こまめに治癒魔法をかけるということをしなくてはならない。
ただし双方向リンクの効果でこの治癒もリンクされるため、サークにはメリットでもある。
また瞬間的に情報を交換できる思考のリンクは、デジタル伝達のないこの世界において脅威である。
戦争などで利用される可能性があるため、決して知られてはいけない。




