共命鳥(4)
外はすっかり日が暮れてしまい、淡く青色に光る月が出ていた。
しかし満月まではまだ三日はあり、その姿は真円には達していない。
バリィからやってきたサーカス団『オーリジョン』を後にした一行は、とりあえず月魔術ギルドに向かっていた。
全ては一年前の祭りの夜に始まった。
祭りの巡回をしていた騎士に、気晴らしで外に出てきた魔術師が恋をしたのだ。
しかし彼女には、告白する勇気がなかった。
そこで盗賊ギルドに高額の依頼料を払い、遺失魔法『月華』の使い手を捜してもらった。相手が猫の姿をしていたら、告白できるかもしれないと思ったのだろう。
それから約一年近くかけて、彼女はやっとの思いでその人物を捜し当てる。
彼女の想いがイセリアのように真剣だからこそ、一行にはその問題が複雑に感じていた。
依頼は「サークを猫に変えた人物を捜し、もとにもどすこと」である。
依頼主に騙されるような形になったとはいえ、ここはリファニーに一度会って力を貸してあげようということで話はまとまった。
「じゃあ、みんなは賛成なんだよね? 一度リファニーと会って事実関係をはっきりさせて、今後について話し合う、と……」
歩きながらカーリャが同意を求める。
「俺はあんまり……リファニーがしたことは、よくないことだろ? これはイセリアの時とはあまりに違う」
「まぁ、あんたが言うことはわかるけどね。それでも、それを許すかどうかはサークが決めることでしょ。あたしらの感情や考えは、そこには必要のないことよ」
レシーリアの大人な意見にカーリャが頷く。
「それよりも……いい加減に話しなさいよ、ハーミア。薬の話って、何のことなのかしら?」
リアといいハーミアといい、シェイプチェンジャーは隠し事が好きな種族なのだろうか。
ハーミアはその表情に迷いの色が見せるが、やがて意を決したのかその重い口を開き始める。
「実は今、お世話になっているブラン卿のことで……」
聞けば、ハーミアが『万病の治癒薬』を探す理由はブラン卿にあるようだ。ブラン卿は一年ほど前から心臓を患っており、医者も司祭も直す術がわからないということだった。
それで何とか治せる薬がないか、調べていたらしい。
「できればブラン卿には……みなさんが知っていることを気づかれないようにしてほしいんです。きっと気にしてしまいますから。それから、なにか手がかりがあったら……」
「もちろん、真っ先に教えるよ~」
ハーミアの言葉を遮るように、ルーが笑顔で答える。
こんなこと隠さないでもいいのにと思えるが、考えすぎるところがいかにもハーミアらしい。
「ありがとうございます……」
黙って頷く仲間達を見て、ハーミアはうち明けてよかったと心から思っていた。
以前の……冒険者になり立ての頃の自分なら、こんな考え方は持てなかっただろう。
信頼できる仲間達と、ブラン卿と……何よりもずっと私を見守ってくれていたリードのおかげなのかもしれない。
ふと、リードの今となってはまだ幼くなつかしい頃の表情が思い浮かぶ。
ただ単純に会ってみたい。それは恋愛感情とは別なのか、わからないけれど……それを確認するためにも会いたかった。
「どうしたの、ハーミア」
カーリャの呼びかけに対し顔を向けるが、なぜかすぐに視線をそらしてしまった。
自分の望みに忠実に生きよ……それがプラティーン様の教えだ。
私の信じる道、私の選んだ道。
プラティーン様が道に明かりを灯してくれたなら、私はその道を歩まねばならない。
だけど……
ハーミアは自分を気遣う優しい仲間達に、目を合わせることができなかった。
それからおよそ半刻後、一行は学院の十階に位置するリファニーの自室に来ていた。
夕食時の突然の来訪に、リファニーも戸惑いを隠しきれずにいるようだった。
それでもサークが眠りについている今がチャンスだろうと、レシーリアがこれまでの話を説明した。
あくまで冷静に、責め立てるようなこともなく、だ。
リファニーは少し悲し気な、それでいて少しほっとしたような表情を見せていた。
「教えて下さい。どうして、こんなことをしたんですか?」
ユーンは表情にこそ出していないが、リファニーがサークを猫に変えてしまったことに対し、少なからず怒っているようだった。
リファニーの気持ちの大きさは理解出来たし、彼女の想いをどうにかサークに伝えてあげたいけど、その手段には同意できない。やっていることは、重大な犯罪行為である。
それにサークの生活や気持ちを考えると、彼が不憫でならなかった。
「やっぱり冒険者さんですね……こんなに早く明かされるなんて……」
リファニーが諦めたような表情をする。
「お話しします」
うつむいたまま、今にも泣き出しそうな声でリファニーが話し始めた。
その行き過ぎた行為はともかく、一途ないい人には違いないのだが……
「ちょうど、一年くらい前です……塔にこもりがちな私は、気分転換にお祭りを見に行ったんです。いろんな出店を見てまわっていたら、祭りの警護をしていたサークさんを見かけて……」
そこで一度区切り、胸に手を当てながらゆっくりと続けた。
「彼は迷子の子供を連れて、ずっと声を上げながら母親を探していて、それを見ていたら、私……。そのあとは、みなさんの言うとおりです。“月華”の存在を知って探していたのですが、魔術書自体はまったく見つからず、それならばと使い手を探すように盗賊ギルドに依頼して……その後はグラウディオスさんにお願いして、動物店に売ってもらって……」
「どうして……?」
ハーミアが呟く。
彼女は何てことをしたのだろう。どうして、こんなにも盲目的になってしまったのだろうか。
リードもそうだった。あの頃、リードは私を想うあまりに、自らの気持ちを押し殺すことを選択した。
私のために片腕を失ってまでして、それでもその気持ちを打ち明けてくれることはなかった。
リファニーもリードも、一言伝えるだけで、結果はどうあれ随分と楽になれただろうに。
「なぜ、冒険者に依頼をしたんだ? 自分の首を絞めるようなものじゃなか」
サイの方に目をやり、やはり重々しく口を開く。
「それは……サークさんの手前、解決しようとする行動を見せなくちゃいけなかったから……それでも、わざと依頼料を少なくして断られるようにしてたんですが……」
「でも私たちが受けてしまった、と。うちには人のいいリーダー様がいるからねぇ」
わたしぃ? と、ジト目を浮かべるカーリャの頭をパシパシと叩く。
それを見て、リファニーが黙ったまま、こくりと頷いた。
「どうして猫にしようと考えたんですか?」
ユーンの言葉に、リファニーは一層うつむいてしまう。
「私……魔術の勉強ばかりで……この想いをどう伝えていいか分からなくて……それで、使い魔の魔法を使って精神がリンクすれば、言葉を使わなくても気持ちを伝えられるかなって。それで、偶然の事故に見せかけて彼に猫になってもらって……。でも、彼には私の気持ちは届かなくて……私も恐くてもう聞けなくて……気がついたらこんなことに……ごめんなさい……私、なんてことを……」
震えるように泣き崩れるリファニーに、一行はしばらくの間、押し黙っていた。
気持ちは本物なのだ。
「ねぇ……猫に想いを告げたって仕方なくない? リファニー導師が好きになったのは、人間のサークなんでしょ? だったら人間の彼に想いを告げなきゃ~と、吟遊詩人の僕は思うけど」
「問題はサークさんを、いつ人に戻すかですね」
ユーンの言葉に、カーリャがあごに手を当てて考え込む。
「いや。まず、サークに元に戻れることを教えるべきだろ。一番困ってるのはサークなんだ」
「んんー。ちょっと待ってよ、サイ。リファニーができる償いは、自分の口から真実を告げて、自分の手で解呪して、そして気持ちを伝えるべきだと思うわ」
「あのぅ……」
「カーリャの言うことも一理あるわね。でもサイが言うように、一刻も早くサークを元に戻すべきよ。私がサークの立場なら、たまったもんじゃないわ」
「あのぅ……みなさん、どうして私を責めないんですか?」
「どうしてって言われても……わからないの?」
こくりと頷くリファニーに、カーリャが溜息を一つする。やがて腰に手をあて、仕方なさげに答えはじめた。
「私は乗りかかった舟を降りる気はないし、リファニーの気持ちもわからなくはないからね。依頼外だけど協力してあげる」
「他のみなさんは?」
「同情はしません。リファニーさんの行った行為は決して正しくはないから……でも、その気持ちもわからなくはないから協力はします」
「僕もハーミアと同じかなぁ。月魔法を誤った使い方をしてるもん。でもね、吟遊詩人としては、その気持ちは大切にしたいよね」
いつもと変わらぬ調子で冷静に話すハーミアに、ルーが付け加える。
ハーミアもリファニーには魔法を間違った方向に使うような魔法使いになって欲しくなかった。ザナのような手段を選ばない魔法使いにだけはなってほしくはないのだ。
「ま、そういうことよ。事の成り行きは見守るし、サークがあんたを訴えるというのなら、少しは助け舟を出してあげるわ。でも、まずはあなたが今すべきことをしてからよ?」
「えぇっ!? 今からですか?」
「この期に及んで何言ってんのよ、当然でしょ? 早く謝って、んで元に戻してあげるのが大前提じゃない? 何をどう償うのかは、サーク次第でしょ」
それにまだ青い満月までは時間がある。あの憂鬱な青い月が真円なんぞ描いていたら、悲しい結末しか生まれない気がしてならなかった。
「なんだかな。こんな仕事続きで正直困る。俺はこういうの経験がないから、何もアドバイスができないんだ」
「薄々そうじゃないかと思ってたけど……あんた、やっぱりそうなのね」
「おい、なんだその可哀そうなものでも見るような眼は」
「可哀そうなんだもの……わりと本気で」
奥のソファーで勝手に盛り上がっているハーフエルフコンビの言葉も耳に入らないほど、リファニーは緊張しているようだった。重々しい足取りが、その不安の大きさを示している。
ぽんっとカーリャに背中を押され、リファニーがゆっくりと振り向く。
「さあ、行って!」
笑顔を見せるカーリャ。
「がんばってくださいね」
そう言って心配そうに見つめるユーン。
「ま、終わりが良ければいいんだしな」
鼻をかきながら、目を合わさずにサイが気遣う。
「大恋愛だよね~。結果がどうであれ、詩にしてしまえば楽しいもんだよ~」
ルーが明るい笑顔を見せて、元気づける。
「あなたが望むなら同行して弁護してあげてもいいんだけど…」
同情はしないときっぱり言っていたハーミアも、やはり心配のようだった。
リファニーはみんなの後押しに最後の勇気を振り絞り、ハーミアの申し出を断るように首をふった。
「みなさん、ありがとう……。私、行ってきます」
彼女はそう言って、サークがいる部屋の中に入っていった。




