月華の魔法陣(3)
レシーリアとルーの二人は、ハーミアとサイを連れて、急いでサーカスのある郊外まで来ていた。
どうにもこのサーカス団は胡散臭いと感じ、全員が武装済みだ。
「あの娘達、どこ行ったのよ……」
あれほど調べるのは周りだけにして入り口で待機しろって言ったのに……と、レシーリアが深い溜め息を吐く。
「どうする?」
サイはすでに銀製の槍を手に持っていた。
武器を構えるのはまだ早いが、槍はもともと鞘がないのだからその辺がぼやけていい。
さりげなく臨戦態勢、といったところだろう。
「決まってるでしょ、中に入るわよ」
レシーリアはそう言うと、船旅の時には持っていなかったショートボウに矢をかけ、一際大きなテントに目をやる。
「まずはアレね。サイは前衛、ルーとハーミアは後ろからついてきて。特に後ろを警戒してね」
頷く仲間たちを確認し、入り口から一番近い位置にある大きなテントに近づく。
人気がまったくない……出払っているのかしら……
テントにつくと、聞き耳を立てて中の気配を伺う。
しかしやはり人の気配はない。
「私が行くわ」
レシーリアが小声で呟き、仲間たちに待機を命じてテントの中へと侵入する。
姿勢を低くした盗賊特有の足さばきで、足音をまったく立てない。
そのしなやかな動きに、サイが思わず感嘆のため息をもらす。
しばらくすると、中から「入ってきて」と、レシーリアの声が聞こえた。
一行はサイを先頭に、恐る恐るテントの中へと足を踏み入れる。
中は段差のある観客席が円を描くように並んでいて、その中央に大きな円形の舞台があった。
「サーカスの会場……か?」
舞台の上には、腕を組んで仁王立ちをするレシーリアがいた。
その後ろには、口を開けたピエロの顔の大きな看板があり、歯の絵が描かれたカーテンがかかっていた。
「誰もいないし、何もないわ」
極めて不機嫌にレシーリアがぼやく。
「はずれ……なんでしょうか……?」
ハーミアも舞台にのぼり、辺りに目をやる。
「でもサークは、ここから売られたんだろ?」
「そう言えば、動物とかの鳴き声も聞こえませんね。他のテントにいるとしても、静かすぎますし……」
少し不安そうなハーミアを見つめ、レシーリアが舞台からひらりと飛び降りる。
人の気配がないのも気になる……もぬけの殻にも程があるだろう。
「他のテントでも見に……」
振り返って舞台の上に立つハーミアに顔をむけた瞬間、レシーリアの動きがぴたりと止まった。
「ルー。“月華”の魔法陣の大きさは?」
「ん~、十メートルくらいかな?」
レシーリアは反射的に舞台に駆け寄り、がばっと舞台にかけられた布をめくった。
何重にもかけられた布を乱暴にめくっていき……そして、それはあった。
「見つけたわ……」
「こんなところに……」
いつのまにか隣に来ていたハーミアが、ごくりと唾を飲む。
灯台もと暗しとは、まさにこの事だ。
サークはここで、赤の満月の夜に猫にされた。
それはどうやら間違いないようだった。
「見つかったっ!?」
「やっぱりそうか。お前らスパイだな? どこのサーカス団のやつだ?」
テントの入り口で先ほどの男が、皮鎧にファルシオンを持って立っていた。
人数は……三人……意外に少ない……
あとの二人は、武装らしい武装をしていない。
「カーリャ……」
ユーンが隠れるようにして、カーリャの後ろにまわる。
「ユーン、オレアデスを呼び出しておいて」
黙って頷くユーンを確認して、カーリャが腰のザイルブレードに手を伸ばす。
「とんだ、デートになりそうだな」
「約束の時間には、まだ早いんじゃないの?」
「俺は気が早くってねぇ……で、団長、どうします?」
団長と呼ばれた中年の男が、おもむろに頷く。
「我らがサーカス団の秘密を見られたからには、ただで返すわけにはいかん。どこの誰か、尋問が必要だ。ルイ、カーズ、相手はお嬢さんが二人だ。怪我をさせいように」
「そ、そんなぁ、団長……」
しかし団長と呼ばれた男は、その言葉を無視するようにテントから出ていった。
「あら、二人だけ? なーんだ」
カーリャが挑発的な軽口を叩く。
しかし男は、困ったように頭を掻いていた。
「俺の名はルイ……で、こっちの無口な奴はカーズだ。なぁ、子猫ちゃん……降伏してくんねぇかな?」
「悪党の台詞とは思えないわね……」
「はぁ? 悪党ぅ? 俺がぁ!?」
自分に人差し指を向けて驚くルイを、カーズと呼ばれた男が声を殺して笑う。
「くそっ……なぁ、子猫ちゃん。カーズは月魔術師でな。んで、もう術は完成してるんだ。だから、無駄な抵抗はやめてくれよ?」
はっと、カーリャが足下の光に気付く。
効果はわからないが、何らかの殺傷能力のある魔法なのだろう。
……でも、こっちだって……
「へぇ~。でもね、こっちのユーンは精霊魔法を使うの。そして、すでに精霊は召喚済みよ?」
「なにぃっ!?」
大げさに驚くルイの後ろでは、気高い土の精霊が睨みを利かせていた。
「……ほう、ただの子猫ちゃんじゃないってわけだ。いいだろう。カーズ、呪文を解け。俺がやる」
ルイはそう言って、ゆっくりと一歩前に出る。
「提案なんだが……俺とお前が、一対一で勝負するってのはどうだ? 魔法は手加減が難しいだろ?」
意外に紳士的なことを言う。
どこか憎めない男だと、カーリャは感じていた。
「……ユーンに手を出さないって言うのなら、受けてあげてもいいけど」
「もちろんだ。そのかわり俺が勝ったら、夜のデートな?」
「呆れた……まだ言うの、それ。いいよ、受けて立ってあげる。ユーン、オレアデスをさげて」
カーリャはそう言うと、ザイルブレードの鞘に手をかけて腰を沈めた。
「そうこなっくちゃな」
ルイがファルシオンをくるりと回し、唇を舐めて笑みを浮かべる。
盾なしで片手武器のみ……相手の攻撃を受け流すことによほど自信があるのだろう。
「さぁ……楽しもうか!」
ルイがファルシオンを振りかざす。
しかしカーリャは、ルイの初太刀を完全に見切り、カウンターを当てるようにザイルブレードを抜刀する。
キンッ!
甲高い音が耳を貫く。
瞬間、ルイは何が起こったのか理解できなかっただろう。
その太刀筋の速さは、その辺の戦士相手では体験できないものだ。
気がついた時には、右手に握っていたはずのファルシオンが叩き落されていた。
「な、なんだそれ」
「……ふんっ、わたしが父さんから教わった抜刀術はね、“一の太刀を疑わず、雲耀で放ち終わらせよ”……なの。言っとくけど父さんはこんなもんじゃないし、師匠になってくれるリアさんだって、私よりも速いわよ?」
「ほう、そうかい。だがな、今のは俺も手加減をしてたんだぜ。俺は本当はよ……左利きなのさっ!」
ルイがファルシオンを左手で拾い、間髪入れずに斬り上げてくる。
その太刀筋は、明らかに先程よりも鋭く速い。
しかしそれでも、リアや父のような抜刀には遠く及ばない。
「いちいち言うことが、キザで恥ずかしいのよ!」
カーリャは、落ち着いてファルシオンの軌道を変えるように受け流し、後ろに飛んで間合いをあける。
「はっはー! どうした! どんどん来い、どんどん!」
ルイは連撃を繰り出しながら、左肩に差す小さめのブーメランを抜き、カーリャに向かって投げつける。
しかしカーリャは、体をひねるようにして落ち着いてかわす。
その一瞬の隙を突くように、ルイのファルシオンが上半身に向けて襲いかかってきた。
「やる~」
カーリャが好戦的な笑みを浮かべ、ギリギリでかわす。
「おっと、まだ安心するなよ。足下をすくわれるぜ?」
一瞬、言葉の意味を探す。
そして、その答えをすぐに見つけた。背後にもどってくるブーメランが迫っていたのだ。
カーリャは体を後ろに向けて大きく反らせると、左手で鞘を握り、飛んでいたブーメランを叩き落す。
そしてそのまま回転するように体の向きを前に戻し、ダンッと音を立てて一歩踏み込んだ。
「ぬおっ!」
急激に間合いがつまり、ルイがたまらずファルシオンを横に薙ぐ。
しかしそれを読んでいたカーリャが、べっと舌をだし頭を下げて搔い潜る。
そしてさらに間合いを詰め、ルイの腹めがけて刀の柄を叩き込む。
「がっ!」
ルイが体をくの字に曲げて悶絶する。
次の瞬間、ザイルブレードの刃をルイの喉元に突きつけて動きを止める。
勝負あり、だ。
「どうかしら?」
ふふんと鼻を鳴らすカーリャに対し、ルイが手を挙げて降参を示した。
ちょうど、その時だ。
他のテントを捜索しにきたレシーリア達が、カーズの後ろから現れたのだった。




