月華の魔法陣(1)
再び夜の『碧の月亭』に集まった一行は、持ち寄った情報の交換と今後の行動を打ち合わせていた。
まずは人を動物に変える魔法の存在についてだが、それについては一人奮闘していたルーが説明を始める。
少し疲れの色は見えるが、わずかにほころぶその表情が、何か見つけたことを物語っていた。
「結論から言うとあったよ。“月華”っていう遺失魔法で、生き物をほかの生物に変える魔法みたいだよ」
「やった! ルー、まさにそれじゃない!」
カーリャが思わず手を叩いて喜んだ。
「うん、たぶんこれだね~。でも遺失魔法だから、誰が使えるかまではわからないし、儀式魔法は準備と時間がかかるから、相手の同意のもとか眠らせるかしないとかけられないよ?」
その結果を知っていたレシーリアとサイは、なぜか静かに黙したまま何も語らない。
「それで、効果は永遠なんですか? 解除方法はあるんですか?」
ハーミアの問いに、ルーがわずかに表情を曇らせレシーリアの方をちらりと見る。
レシーリアは、やはり何も言わずに頷いていた。
「うん、それがね……この魔法って、満月の夜に儀式を行わなきゃいけないんだけど、次の満月の夜にはその効果をなくすんだよ」
「……うん? それって、ほっとけば解けるってこと?」
「そうだよ。さらに言うとね、解除魔法の“真月”で、元の術者の魔力を超えさえすれば、解除できるはずだよ」
ルーは、やはり複雑な表情のままだ。
「それじゃ、ルーでも解けるの?」
「う~ん、そこはね、ユーンが言うほど簡単じゃないんだよ。少なくともそんな遺失魔法を使える月魔術師が、僕より魔力が下なわけないから。例えば僕が1日分の精神力を使い切る覚悟で魔力の集中をして、解除魔法の“真月”を唱えれば、解除できるかもしれないけど……」
「問題はそこじゃないでしょ?」
そこでやっとレシーリアが口を開いた。
カーリャには、見かねて口を挟んできたようにも見える。
「うん……あのね、リファニーは『記録の塔』の十階に部屋をもらえるほどの導師なんだよ。これくらいの魔術知識はもってるはずだし解除方法も、もちろん知っているはずなんだ。もしかしたらリファニーの魔力なら、普通に解除もできるかも……」
「リファニーが、“月華”を解除したくないってことなのですか?」
ハーミアの頭の中で、今日の出来事が思い出される。たしかリファニーは、サークに対して何らかの感情を持っているようではあったが、それがなにか関係しているのだろうか。
「わからないよ。もしそうなら、どうして僕たちに解除を求めるような依頼をしたんだろ?」
「俺は……本人に聞いたほうが、早いんじゃないか、と思うんだが……」
「私もね、なんかちょっと面倒になってきて、正直サイと同じ意見なんだけど……でもまだ、調べられることがありそうなのよね。ハーミアは、リファニーの部屋に行って何かわかった?」
しかしハーミアは、小さく首を横に振る。
「使い魔の魔法陣は見せていただきましたが、私にはさっぱりで……それが遺失魔法の魔法陣かどうかまでは……」
「ん~、“月華”の魔法陣はかなり大きいから、自室じゃ無理だと思うよ~」
ふむ……と、レシーリアが考えを巡らせる。
やはりまだ、決定的な情報が欠けている。
「カーリャとユーンは、どうだったの?」
レシーリアの問いに、カーリャが待ってましたと笑みをこぼす。
ユーンと顔を見合わせて頷くあたり、収穫があっただろうことは見て取れた。
「私とカーリャは、動物店でサークさんがどこから売られてきたのか聞いてきました」
「うん。それで、オーリジョンとかいう……バリィから来たサーカス団から買ったってのと~、団長の名前がグラウディオスだったってのは聞けたよ。で、明日はそこに行ってみようと思うんだけど……」
カーリャが頼りになる女盗賊に返事を求める。
リーダーとしての威厳がなくなるわよと、突っ込みたいところだが、及第点の働きと言えるだろう。
しかし褒めても調子にのるだけだと思い、あえて働きについては言及をしない。
「オーケー。じゃあ明日、あたしは盗賊ギルドで、リファニーとサークの情報がないか調べてくるわ。あんた達は、そのサーカスの周りを探ってきて」
「僕はレシーリアについてくよ?」
「いや、明日は上納金もあるし、ルーもみんなと……」
「ついてくよ?」
ふんっと鼻息を荒くするルーを見て、やれやれとレシーリアもあきらめる。
チェンジリングの話のせいで、変なスイッチが入ってしまったのか。
レシーリアは、どうにもあの真っすぐな目は苦手だった。
次の日、レシーリアは数週間ぶりに盗賊ギルドへと向かっていた。
まさかまた二人で行くことになるとは思ってもいなかったが、ルーもこの間ほどびくついてはいないようだった。
……今日は他に野暮用もあったんだけど……チェンジリングの話をしてからどうにも……
後ろをしっかりとついてくるお子様が、この危険な通りを歩く様は、どうにもひどく浮いている。
盗賊ギルドは、この賑やかな港町の裏の顔だ。
ルーのように、まっとうに生きている人種には無縁の場所だ。そう何度も行くものではない。
特に、この町の盗賊ギルドは力も強い。
レーナは貿易港として栄えてきただけに、数多くの禁制品が流れてくる。流れ先はもちろん盗賊ギルドで、禁制品や盗品など公には出せない商品の取り扱いを行っている。自然とその財力も膨れ上がり、組織として大きく、強くなる。
商人をはじめとする他の大きな組織ですら、盗賊ギルドの敵にならないように接していたほどだ。
もちろん盗賊ギルドの儲け口はそれだけではない。ギルドの会員からの毎月の上納金も、大きな収入の一つである。
ギルドに属さず町で窃盗行為を行っていると、そのうちギルドから睨まれる。故に大半の盗賊は、ギルドにお金を納めその町での『盗賊行為』や『あらゆる商売』の許しを得るのである。
レシーリアの野暮用とは、まさにその上納金だ。
もちろん情報を買うついでではあるのだが。
「レシーリア~。あの魔法も僕が調べるより、ここで調べてもらったほうが早かったんじゃ~?」
「無理ね。遺失魔法なんて、ここじゃ調べられないわ。それなら普通に月魔術師のギルドで、お金を払って調べてもらったほうがいいわね。ほら、悪魔は悪魔を知るって言うでしょ? そもそも、あんたが調べたらタダですむじゃない」
盗賊ギルドでは、あらゆる情報を常に収集しており情報の売買もされている。
魔法についての情報などは魔術師ギルドの方が上であろうが、個人や物品、事件などの情報は盗賊ギルドの得意分野であった。
獅子の剣士探しでも役立ったが、今回のような個人名までわかっている場合は、より明確な情報が手に入る可能性がある。
「……やっぱり、おっかないなぁ」
ルーが不安げに、ぽつりとつぶやく。
「そらそうでしょ。……ったく、なんでついてきたのよ」
「だって、か弱い乙女には護衛の男が必要なんでしょ?」
冗談めいた感じもなく言う。
その純粋な目に宿る芯が強すぎて、何処まで冗談かすらわからない。
……というか……これは……
「あたし、ひょっとしていま告白された?」
「してないよっ!」
子犬のように吠えるルーの頭をぺしぺしと叩きながら、からかうように笑う。
ルーは、からかうには丁度いいお子様だ。
そうこうしているうちにギルドに到着し、いつもの手順で情報を求める。
「とりあえず月魔術師ギルドのリファニーと、騎士のサークについて何かある?」
この間と同じ男が、レシーリアが置いた銀貨を一枚ずつ拾うと、奥からいくつかの紙を持ってきた。
「そうだな……まずリファニーって女だ。年齢は十九歳で父親・母親ともに魔術師ギルドの導師と学者だな。リファニー本人も、なかなかの腕前のようだ。罪歴はなし。うちとの関係は……あるな」
意外な言葉に、ルーが目を丸くする。
「ふぅん……で、何を依頼してきたのよ?」
しかし男は黙って、指先でトントンと木製のカウンターを叩く。
追加金の催促だとすぐにわかり、あ~はいはい、と銀貨をさらに一枚置いた。
男はニヤついた顔で、丁寧にそれをつまみ取り話を続ける。
「依頼を受けたのは一年前だ。内容は、ある術者を探すってやつだな。あともう一人の……サークとかいう騎士な。男で26歳。両親は首都ルーファンに在住。本人はレーナに駐屯するルーファン所属の騎士だ。普通に騎士試験を受けて合格した、普通の騎士だな。もちろん罪歴なし、うちとの関係もなし。祭りごとの警備とかをしているあたり、あんまり位は高くないようだ。剣の腕前は、なかなかのものらしい」
レシーリアが腕を組んだまま、眉をひそめる。
これはいよいよ、良くない方向に話が転がっている。
「そう……じゃあ、サークの鎧とか剣が売られたりはしなかった?」
男がさらに紙をぺらぺらとめくると何枚目かで、その手を止める。
「あ~……まぁこれはタダでいいか。ここ最近で、騎士の装備が売られたという情報はないな」
「……ふーん……ありがと。あぁ、あとこれ、今月の上納金おいてくわ」
レシーリアは簡単に礼を言うと、ルーに顎でいくわよと示しギルドから出る。
「ルー、少し急ぐわよ。カーリャたちが危ないかも」
そう言ってルーの手を取り、『碧の月亭』に足早で向かうのだった。




