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満月のハナシ  作者: Ni:
青い月 憂いの魔術師

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黒猫の騎士(4)

 レーナにある月魔術師のギルド、通称『学院』は王都に次ぐ大きさで有名だ。

 学院は四階建ての建物と、その上にそびえる二つの塔でできている。

 一階には一般人でも立ち入れる場所もあり、魔導品の鑑定や売買、一般開放されている書庫などがある。

 二階から四階は、まだ魔術師の称号を得ていない見習い魔術師達の教室や自室が主だ。


 ルーはすでに魔術師として認められているため、『探求の塔』の五階に自室を持っていた。

 対をなす『記録の塔』には、リファニーの自室がある。

 リファニーは導師なので、十階より上にいるそうだ。

 レシーリアが、なんとか窓からリファニーの部屋が見えないかと身体をかがませたりするが、とてもどの部屋かまではわからなかった。

 今ごろリファニーの部屋には、ハーミアがいるはずである。

「さすがに無理かしら……」

 しぶしぶあきらめて、部屋の中へと視線を戻す。

 ルーの自室はとても広く、ふかふかのカーペットに凝った装飾のカーテン、重厚な家具などがあり、その一つひとつから月魔術師ギルドの豊富な財力を窺い知ることができた。

 本日の目的でもある、調べ物の魔法については、ルーが大きな本を何冊も開いて調べている最中だった。

 サイもなんとか役立とうと、睨みつけるようにして本を調べている。

 しかしレシーリアに言わせれば、こんなもの、素人には到底無理な作業というものだ。

 最初からルーに任せて、ぼーっとしているのが正解なのよと、心の中でサイに告げる。


「う~ん……とりあえず学院で教えてもらえる月魔法の中には、そんなものないけど……あるとしたら、遺失魔法か、禁忌に触れる魔法かなぁ……」

 ルーが額に手を当てて、ため息をつく。

「何よそれ、お手上げってこと?」

「遺失魔法なら調べられるけど、探すのは大変なんだよ~。そもそもさ、月魔法でそうなったのなら解除魔法の“真月”で、元の術者の魔力を超えさえすれば解除できるはずだよ。だから、リファニー導師に聞いたほうが早いんじゃないかなぁ?」

 不満げに口を尖らせるルーの頭を、小気味良い音を立てて叩く。

「そんなの、リファニーが最初に調べてるはずでしょ。言わないってことは本当に知らないか、知ってて言わないか、よ」

 サイの耳がピクリと反応する。

 そして、意外そうに目を開いてみせる。

「なんだ? リファニーを疑っているのか?」

 この男はそれなり聡明で用心深いが、見かけによらず根が純粋すぎる。

 レシーリアは、そこにどこか危うさを感じていた。

「あの娘を疑う要素は何もないけど、不自然な点があるなら拾っておいてしかるべきよ」

 やれやれ、とサイが椅子にもたれかかる。

「俺は、他の人間に対しての不信感をなくしたくて旅を始めたんだが……これじゃあ逆戻りだ」

「それはたいそう結構な志だけど、世の中は白と黒だけでできてないの。大体、無理に人を信じるとか歪な考えよ?」

「……それはそうなんだが……俺だってハーフエルフってだけで、いろいろな目にあったからな。根深い不信感をなくすのに、苦労してるんだよ。レシーリアのようには、うまく考えられないんだ。ちょっと羨ましく感じるな」

 悪気はないのだろうけど、本当に言葉の足りない男だ。

 レシーリアは一瞬、自分のことを話すかどうか考える。

 あまり自分の出生について言いたくないが……やがて、これもサイのためになるかと自分を納得させた。


「あのね、あんまり言いたくはないんだけど……私ね、チェンジリングなの」


 その発言に、サイとルーが固まる。


 ……ほぅら、だから言いたくないのよ、と肩をすくめた。


 チェンジリングとは、人間同士からハーフエルフやエルフが生まれた者のことをいう。遠い先祖にエルフかハーフエルフがいると、突然生まれることがあるらしいが、一般的には知られていない。

 そのため人間社会では取り替え子とも呼ばれ、生まれた瞬間から忌み嫌われる。

 生後間もなく捨てられることがほとんどで、そのまま死んでしまうことも多い。

 その扱いは大人になっても変わらず、ひとたびチェンジリングだと知られればまともな生活は望めない。

 ただし、何事にも寛容的な冒険者は別だ。


「自分だけが不幸だというのは、言い訳にもならないわ。あんたには、少なくとも味方になってくれる親がいるんでしょ?」

「あぁ……すまない」

「まぁ、意地悪したみたいで気が引けるんだけど……あたしはすぐに人間の冒険者に拾われたから、実のところ迫害とは無縁よ。盗賊の技術も教えてもらえたし、生きることには苦労はしてないわ。むしろ自由で楽しいくらいね。だから、本当に変な同情とかいらないからね」

 しかしサイは、もう一度頭を深く下げる。

 本当に面倒くさい男だと、ため息をついてしまう。


「あのね、レシーリア」

 ルーが本を机の上に置くと、神妙な面持ちで近づいてきた。

「僕はね、貴族の出ではあるけど、そんな風には考えないからね」

「わかってるわよ。貴族なのに月魔術師の冒険者なんて、すでに相当な変わり者だもの」

「変わってるからとか、そんなんじゃなくて……そんなの、そんな考えは間違えてるから」

「そんな、が多くて何言ってんのかわかんないわよ」

 ルーの鼻先をつまみながら笑う。ルーが痛い痛いと言っているが、この手を放すと、また真っすぐな目で続けられそうなのでつまんだままだ。

「一丁前に慰めようっての? それは、本当にお門違いよ。あたしが言いたいのは、それくらい人の過去ってのは見えないもので、表面じゃ何もわからないってことよ。サイの志は否定しないわ。でも無理にそれを通すのは、間違いのもとって言いたいのよ」

 サイが頷くのを確認し、ルーを開放する。

 思っていたよりも力が入ってしまい、ルーの鼻は真っ赤になっていた。

「僕はレシーリアには、嫌な思いはさせないから」

 少し涙目になりながらも、そう訴えるお子様に目を丸くしてしまう。

「……ほんとあんた……お子様のくせに、変なところで紳士よね」

 ルーは、それでも何か言いたげに、目をそらさないでいる。

「あぁ、はいはい。十年後もそう言ってくれることに期待してるわよ」

 そう言って、生意気なお子様紳士の頭をぺしぺしと叩きながら、机に向かわせた。

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