黒猫の騎士(3)
「それで、その猫がそうなの?」
カーリャが黒猫に顔を近づけると、猫はわたわたとして離れる。
そしてリファニーが、なぜか顔を赤らめた。
「カーリャ駄目だよ~。話が本当なら、中身は騎士様なんだから」
ルーにそこまで言われて、自分が男性に鼻先が触れるほど顔を近づけたのだと初めて気づき、カーリャも赤面してしまう。
「ほんと、ある意味ブレないわね、うちのりーだー様は……」
「……ごめんなさぃ……死ぬほど恥ずかしい……あの……で、その猫が騎士様だと何か証明できるのかな?」
リファニーは小さく「はい」と答え、鞄から大きめの羊皮紙を取り出す。
それをテーブルで広げると、羊皮紙の四隅に重りとなる奇麗な石を置いた。
羊皮紙には、共通語の文字が一文字ずつ書いてあり、黒猫がその上に座る。
そしてその愛らしい肉球で、ぽんぽんと文字を叩いていった。
カーリャがそれを追うようにして、読み上げていく。
“は……じ……め……ま……し……て……サーク……です”
そこで一同、おぉと声を上げた。
「すごいな……本当に、その姿のまま中は人間なんだな」
サイの言葉に、黒猫が首を縦に振る。
「一応、私が解呪できるかどうか、試してみましょうか?」
「そうね。呪いの類なら、神聖魔法で解除できるかもしれないわ」
ハーミアはレシーリアに頷いて見せ、静かに祈りを捧げ始める。
目を閉じて集中力を高め、やがて片掌から一瞬光が溢れた。
神聖魔法のホーリーだ。
しばらく一行が見守っていたが、やがてハーミアがあきらめたかのように首を振った。
「やはり、普通の呪いではないようです。呪いでなければ、なんらかの月魔法をかけられたと考えるべきですが……」
「とりあえず、精霊にも異常はなさそうです」
ユーンが、サイのほうをチラリと見て発言する。
サイも同意するように頷いて見せた。
「そっか~。じゃぁ何か、襲われた時のこととか覚えてる?」
黒猫は首を横に振り、リファニーのほうに顔を向ける。
「……えっと、相手はわからないみたいですが、場所は何となく覚えてるので……はい……はい、そうですよね……はい……」
リファニーがこくこくと頷きながら、独り言のようにつぶやく。
すると黒猫は、リファニーが持ってきていたバスケットの中に入り、器用に自分でバスケットの蓋を閉じた。
一行がその奇妙な行動を静かに見守っていると、リファニーが短く説明をする。
「サークさん、猫になってから睡魔が凄いらしいんです。みなさん、少しだけ待ってもらえますか?」
リファニーはそれだけ言うと、目を閉じて静かになってしまう。
時間にすると十五分と経たないくらいだろう。
やがて、リファニーが大きなため息を漏らした。
「……いま、眠りにつきました」
「なんか、お疲れね」
「それはそうだよ、レシーリア~。使い魔っていうのはね、五感の共有化が一番の特徴なんだよ~?」
ルーが、なぜか誇らしげに指を一本立てて話す。
しかしこのお子様は、まだ使い魔の魔法など習得していないはずだ。
「そうですね。使い魔が怪我をしたら同じ痛みが私にも来ますし、使い魔の見えるものは自分にも見えます」
「えっと……じゃあ、使い魔を殺したら術者も死ぬの?」
「使い魔の生命力が術者よりも上なら、それもあり得ます。普通はカラスやフクロウ、猫やネズミを使いますので、術者よりも生命力が上ということはありません。問題は……」
リファニーがまた溜め息を漏らす。
「これは今回が異例のことだからかもしれませんが……私の五感も、なぜかサークさんに伝わってるんです。見るもの、触れるもの、感じるものすべてです。考えていることだけは、サークさんからしか伝わらないのですが……」
うん? と、カーリャが首をかしげる。
「あなたの考えてることは、サークさんには伝わらないの?」
「はい。なので、私からは普通に声に出してお話しております。一方サークさんは、話そうとしたことを思っただけで私に伝わってしまいます。それで……なんというか……プライベートな時間がないというか……」
「あぁ、お風呂とかそういうのね」
レシーリアがあっさりと言い放つと、リファニーが真っ赤になってうつむいた。
「なるべくサークさんが寝ている間に、できるだけ目を閉じて体を……い、いえ……とにかく! サークさんが断片的に覚えているのは、襲われた時、ほかにも数人いた……とか、いろんな動物を見たとか……」
そうか、視界がリンクしているのだから、自分の身体を見ることもできないということだ。
トイレとかどうしてるのかしら、とレシーリアの興味は尽きないが、さすがにその質問は飲み込んだ。
「もう少し情報はないのか? たとえば……名前とかは憶えていないのか?」
「名前かどうかはわかりませんが、グラウディオスって言葉をどこかで聞いたと言ってました」
リファニーはサイにそこまで言うと、サークの入ったバスケットを持ち、帰り支度を始める。
「あの……今日は、そろそろもどります。私は学院に自室があるので、何かあったらそこに……」
「あぁ、今のうちにお風呂に入りたいのね」
レシーリアに悪気はないのだが、リファニーはまた顔を真っ赤にしてうつむいてしまう。
「じゃあ、ルーも一緒に学院にもどってあげなさい。ついでに、部屋も教えてもらえばいいわ」
リファニーはよろしくお願いしますと頭を下げ、笑顔のルーと並んで出て行く。
ルーはまだまだお子様だが、紳士だ。少しは心強いだろう。
「さて……どうすんの、りーだー」
その呼び方に、カーリャがぷぅと頬を膨らませる。
「リファニーは呪術師を探してって言ってたけど……まずそんな、“人を猫に変える魔法”なんてものがあるのか調べたほうがいいと思うの」
ふむ、とレシーリアが一考する。
「じゃあ、それは明日、私とサイとでルーのところに行って調べるわ」
サイは、なぜ俺が……といった表情を浮かべるが、何事も社会勉強よと答えておく。
「私は、リファニーさんが儀式を行った部屋に行ってみようかと思います。なにか手がかりがあるかもしれません」
「うん、わかった。じゃあ、それはハーミアにお願いする」
「……あの、カーリャ……」
今度はずっと黙っていたユーンが、控えめに進言をする。
「サークさんは、猫になってからの記憶がしばらくないんですよね? じゃあ、リファニーさんがサークさんを買ったお店から、逆にたどっていけば何かわかりそう……だと思うんです」
「あ、そうか。なるほど、ユーンてばあったまいい~。じゃあ、それは私とユーンで行こっか!」
ユーンが嬉しそうにうなずいているのを確認し、カーリャがエール酒の入ったジョッキを掲げる。
「じゃあ、明日から張り切って行こー!」
まぁ、一応は話がまとまったようだ。リーダーとしては、及第点といったところだろう。
一人元気なカーリャに対し、レシーリアは苦笑しながらもジョッキを当ててやるのだった。




