黒猫の騎士(2)
日も暮れるころには『碧の月亭』も喧噪の渦の中だ。
客のほとんどが冒険者で、酒を片手に自らの冒険譚を大げさに語り、華を咲かせている。
そんな中でもレシーリアのいるテーブルに集まる新米冒険者たちは、物静かなものだった。
ハーミアとサイはいつも通り口数少なく、ユーンはすみっこで小さくなる小動物のようだ。
それでも前者二人に比べればユーンのほうがいくらか会話はしてくる。彼女はルーとも仲が良く、小声で会話をしては、くすくすと笑っていた。
ルーとカーリャは相手が誰でも分け隔てなく会話をしていたが、ムードメーカーのカーリャも今はこの席にはいない。
そうなると、いよいよ大人しい冒険者グループとなっていた。
「レシーリアは、賑やかなほうが好き?」
ルーが何かを読み取ってか、聞き出してくる。
このお子様は、なかなか気が回る。
あと十年もすれば、いい男になるかもしれない。
「ん~、昔はねそういうのも好きだったけど、今はどっちかって言うと、それを眺める方が好きね」
「……すまないな。会話が苦手で。居心地が悪いってわけではないんだが……今くらいが、俺には楽だったりする」
一応気にしているのであろう、サイが少しすまなそうに言う。
ハーミアも同意するように頷いている。
「私はいつだって、目の前の“楽しさ”だけを選んでるから、変な気遣いは無用よ」
「……あんたが前にいたパーティは、どうだったんだ?」
あぁ~と声を漏らして、記憶の中から拾いだす。
「いま思えば、クセのあるやつばっかりだったわね」
言いながら、思わず大声で笑ってしまった。
「ライカンスロープに感染してるハーフエルフの男戦士でしょ、それと結婚したのは人間の女吟遊詩人。ドワーフの偏屈男戦士に、女の尻ばっかり追っかけてるエルフの男。あとは、泣き虫のエルフ女魔法使い。みんな。元気にしてるのかしらねぇ」
「ライカンスロープって……大丈夫だったんですか?」
ライカンスロープは感染病だ。
変身の制御もできない危険な存在で、一緒に冒険など到底できない。
それはシェイプチェンジャーであるハーミアの、よく知るところであった。
「あぁ、あいつね。なぜかハイ・エルフの女に寵愛されててね。病気を発病させない魔法の道具を作ってもらったみたいよ。だから、冒険中に変身したことはなかったかな。それでもちゃんと人間と子供を作ったし、その子は変身しなかったし……ま、けっこう大丈夫なもんなのよね」
遠目で懐かしむ姿は、レシーリアらしからぬ穏やかさだった。
「あんた達は、カーリャや私みたいに“ただ冒険をしたい”って訳じゃないんでしょ? 旅の目的があって冒険してるってんなら、いつか教えなさい。その手伝いをするのもパーティの役目よ」
言って、レシーリアが空になったジョッキを掲げて左右に振る。
その行動に店員が気付き、元気な声で返事が返っきた。
しかし駆け寄ってきた店員の表情は、みるからに不服気だ。
「なによ……レシーリアじゃない」
ジト目を投げかけてきたのはカーリャだった。
財産の少ない彼女は、『碧の月亭』で夕方だけ働いているのだ。
「りーだー、おかわりちょうだい」
「くぅぅ、なんか釈然としない~」
うなだれるようにしてオヤジのいるカウンターへともどるカーリャを見て笑う。
そしてカーリャと入れ替わるようにして、黒い猫を抱えた女性がレシーリアたちのいるテーブルにやってきた。
「……あの……依頼を聞いて頂ける冒険者の方ですか?」
「あぁ、あんたが依頼人ね……どうぞ」
依頼人はおずおずと頭を下げて椅子に座ると、黒い猫をテーブルの上にそっと降ろす。
「私は月魔法の学院所属の導師、リファニーと申します」
年は20歳くらいだろう。
よく手入れされた金色の長髪が似合っている。清楚な感じの、おおよそ魔術師には見えない女性だった。
その年齢で導師になったということは、親も学院の導師か何かで、英才教育を受けてきたのだろうと察しがつく。
これまで多くの冒険者たちに、依頼を断られてきたのだろう。
彼女の顔には、すでに疲労の色が出ていた。
「あたしは一応目を通したけど、みなにはまだ何も説明してないから、そこからお願いできるかしら?」
リファニーは静かに頷くと、依頼の内容を話し始めた。
「はい……つい先日のことなんですが……私、使い魔の呪文を拾得しまして……早速儀式を行ったんです。使い魔には猫を選んで、儀式も無事に成功したんですが……」
ちらりとテーブルの上の猫に目をやる。たぶん、こいつがその猫なのだろう。
近頃、愛玩動物として人気の高いパルマダークという黒猫だ。
猫のくせにきちんと姿勢を正して座っているところが、なんとも奇妙でおかしい。
「儀式に成功したその夜……私は、なに気なく使い魔に話しかけました。そうしたら、使い魔は私の心に直接答えを返してきたんです。いかに使い魔とはいえ猫は猫、そんな知性など持ち合わせていません」
リファニーが金色の髪をさらさらと揺らせながら、猫の方へと視線を移す。
その表情は、どこか物憂げだ。
「彼はサークと名乗りました。年齢は26歳で、数日前まで人間の騎士だったと教えてくれて……彼は赤い満月の夜、帰路の途中に襲われて、気が付いたときには猫になっていたみたいで……そのまま売られたらしいんです」
猫が軽く会釈をする。
その瞳には確かな知性を感じられた。
目の前の猫が元騎士かどうかはともかく、その猫が普通の使い魔ではないことは一行の誰もが見てとれた。
「お願いです。どうか彼を、こんな風にした呪術師を私たちと探してください! 依頼料は、たしかに少ないんですが……」
リファニーが腰のポーチから金貨を二枚取り出し、テーブルの上に置く。
「……リスクのわりに安いわ」
バッサリと言い放つレシーリアに、やっぱりと彼女はうつむく。
人を猫に変えるような呪術師と関わり合うのに、金貨二枚はないだろう。
普通の冒険者なら、引き受けるわけもないのだけど……
「まぁ、依頼を受けるかどうかは、リーダーが決めることだから」
リファニーが、えっと顔を上げる。
「……失礼ですが、リーダーは?」
「あたしじゃないわよ。うちのリーダーは、今あそこでエール酒を運んでいるわ」
レシーリアの指をさす先では、ヒィヒィと言いながら両手で持てるだけのエール酒を運ぶカーリャの姿がった。
カーリャはリファニーの不安げな視線に気づくと、両手に持つエール酒を派手に掲げて「依頼は受けるから、ちょっと待っててー」と叫んだ。
「そういうことよ」
レシーリアは、やれやれと肩をすくめて笑った。




