黒猫の騎士(1)
───青い月。
その夜、彼女は憂鬱な気持ちのまま、青く染まる町並みを眺めていた。
「どうしよう……」
赤い満月の夜の『盲目』にして『大胆』にして『軽率』な自分は、きっと月の色に狂わされていたに違いない。
しかしそれは青い月の周期に入り、『憂鬱の種』として芽吹いてしまった。
どこかで覚悟を決めなければいけない。
少なくとも、今度の青い満月の夜までには……
それは、いつものテーブルで遅めの昼食をとっているときだった。
めずらしく『碧の月亭』のオヤジが、自分から仕事の話を持ちかけてきたのだ。
「よう、レシーリア。暇そうじゃねぇか」
「そう見える?」
さも忙し気に、港町レーナ名物の“魚介たっぷり麺料理”をフォークでくるくるしながら、皮肉をこめてかえす。
「新しい仲間どもはどうした?」
「夕刻には来るわよ……で、なに?」
「ご察しの通り仕事の依頼だよ。夜には依頼人が来るんだが、話を聞いてやっちゃぁくんねぇか?」
なんであたしが……という表情をするが、オヤジはかまわず続けた。
「いやな、月魔法の学院のねぇちゃんなんだが……ちょっと依頼料が渋くてな。他のやつらには断られっちまって、残ってるのはお前さんとこの新米グループだけなんだ」
レシーリアが、露骨に嫌そうな顔をする。
なんで報酬の少ない仕事をあたしにまわすわけ?と、言いたげなのが一目でわかった。
「いや、聞くだけでいいんだ。とりあえず聞くだけで。これ、依頼書な。そんじゃ、たのんだぜ」
逃げるように退散するオヤジを一瞥し、依頼書に目を落とす。
そして一通り目を通すと、依頼書をくるくると丸め始めた。
「こんちは~。あっ、レシーリアいた!」
丸めて捨てようとした依頼書に、カーリャの視線が突き刺さる。
なんて鋭い娘なのだ。
「なになになに! 依頼?」
カーリャが目を輝かせて駆け寄ってきた。
ついでにサイも一緒に来ていたらしく、いつも通り無口なまま同じテーブルの席に着く。
「あぁ……いや、これは……」
「なに、それ依頼書じゃないの?」
「そうなんだけど……あんまり、おすすめしないわよ?」
サイは感心なさ気にエール酒を頼んでいる。
相変わらず、カーリャとの温度差がすごい。
「え~なんか強いモンスターなの? 討伐系? 遺跡探索系?」
「あんた……そうとう暇してんのね……」
カーリャは不服そうに「だって~」と言いながら席に座る。
「冒険者らしい冒険を、まだしてないんだもん。もっとこう遺跡で強敵を倒して、罠を潜り抜けて、お宝を……とかさぁ」
レシーリアがため息をする。
「遺跡って言ってもねぇ。こないだの海底遺跡は、未知数すぎてまだ行くのは危険だし……有名どころならレジアンだろうけど。あそこも結構荒らされてて、稼ぐなら深く潜らなきゃダメなのよ。まぁ、浅めに潜って経験を積んでおきたいけどね。それにしたって、まだあんたらじゃ早いわ。せめてリアがいれば、行ってみてもいいんだけどね」
そう、リアはまだ帰還していない。
ハーミアの話だと、ザナが助けてくれているはずなのだが……何をしているのやら、だ。
「……そう、だよね。リアさん、もどってきてくれるよね」
カーリャが急にうつむく。
あぁ、そうだ。
リアのことは、ハーミアと自分しか知らないんだった。
わかりやすく落ち込むカーリャに、どう答えていいか言葉に困る。
「俺は討伐系でもいいんだぞ。俺たちは実戦経験が足りない。ゴブリンやコボルドの討伐なら、どこかしらから来てるだろ?」
「まぁ、あんたに関しては結構、信頼してんのよ。問題は……」
「……やっぱり私?」
うわ……馬鹿のくせに、ことのほか面倒くさい。
「だって無人島では後れを取ったし……こないだも結局、シラセに投げ飛ばされたり、最終的にレシーリアとイセリアが倒しちゃったし……私、何もできなかったし……」
長そうなので、ビシッと頭をはたく。
「くよくよしてんじゃないわよ。冒険経験のない剣士なんて、最初はそんなものよ。サイの言う通り、討伐系で経験積むってのもアリだけどね。ゴブリン、コボルドクラスの討伐依頼がないのよ。ホブかシャーマン付きのならあったけど、数が多かったらちょっと危ないわ」
「私だって反省して、集団戦の練習してるよ?」
「……ほほぅ~。聞かせてもらえるかしら」
ニヤニヤと笑うレシーリアに、カーリャが顔を真っ赤にしてカバンからスクロールを取り出す。
なにこれ……と開いてみると、集団戦向けの剣術っぽい内容が細かに書かれてあった。
「ちゃんと、言いつけ通りに練習してるんだから!」
「これ、リアの?」
カーリャが顔を真っ赤にしたまま頷く。
「へぇ……売れば、けっこういい値になるのかしら」
今度はカーリャの鮮やかな反撃が、レシーリアの頭を捉える。
「そうやってまた! こないだも、サイの槍売ろうとしてたし!」
「いったいわね! 銀製の槍なんて、一年くらいは働かないでもいい額になるのよ?」
「……勘弁してくれ。銀製じゃないと、精霊魔法が使えないんだ」
精霊は鉄を嫌うってやつだろう。
鉄製のものを身に着けていると、精霊の召喚に支障をきたすのだ。
そのため精霊魔法使いは、革製か銀製の武具を使う。
銀製の武具は金額も相当なもので、普通に盗難にもあう。
サイが自分の槍を常に持ち歩いているのは、そんな理由だろう。
高額と言えば、カーリャが腰に差しているリアの刀もだ。あっちは金額のスケールが違う。
さすがのカーリャも刀に対しては真面目なのか、肌身離さず身につけているようだ。
「大体、リアさんのユングの刀身も返してくんないし!」
「あれは、私が拾ったんだもの。ちなみに、あれを売るとレーナで屋敷が……」
おそらく盗賊ギルドで、金額を調べたのだろう。
指折り数えながらにやけるレシーリアに、カーリャがジト目で呆れていた。
「レシーリアは本当に売りそうで怖い。それよりさぁ、さっきの依頼……」
「あんたも、あきらめないわね」
船の護衛の時と違って、安すぎて割に合わない。
何より地味そうな仕事だが、遺跡探索も討伐もできないのであれば、あまり選択肢もなさそうだ。
「まぁ、夜に依頼人が来るらしいから。話だけ聞こうかしらね」
そう言ってやはりため息をしながら、依頼書をカーリャに渡すのだった。




