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満月のハナシ  作者: Ni:
赤い月 霧と歌姫

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20/110

円環と螺旋(3)

 屋敷から出ると、すでにレシーリアとローグが馬に跨り待ち構えていた。

 2人の後ろには小さめの馬車が続いている。

 ルーはレシーリアの差し出す手を握ると、グイっと力強く引っ張られ、そのままの勢いで後ろに跨った。

 大人の女性の背中を前にして、どこに手を置けばいいのか悩んでいるルーに、お子様のくせに紳士なのよねとつぶやく。

「いいから、しっかり腰に手をまわして」

 自分の腰に触るだけで軽く顔を赤くされるなんて、少年らしい反応が新鮮でむず痒い。

 だがここで落馬でもされたら、笑い事ではないのだ。

「頼むから落ちないでよね」

 思わず心配になってしまい、釘を刺してしまう。


 未だに気持ちが落ち着かないハーミアも、手筈通りブラン卿が用意してくれた馬車へと乗り込む。

 馬車の中では、カーリャがあられもない姿で、いつもの服に着替えようとしていた。

 ハーミアが乗り込むと、すぐに馬車が揺れ始める。

 イセリアが待つ入り江に、むかい始めたのだろう。

「……あの……カーリャ」

 カーリャがブーツを強引に履こうとしながら、んん? とだけ返事をする。

「さきほど、ザナに会いました。それと……ヨグとも」

 ぴたりとカーリャの手が止まる。

「えぇっ!? なんでっ!? だってイセリアが薬を飲まないと、ザナの声はもどらないんでしょっ!?」

「いろいろあって……それで、入り江に着く前にレシーリアにも伝えたほうがいいと思うんですが……」

 カーリャはハーミアの手が震えていることに気づき、その手にそっと自分の手を重ねる。

「うん、わかった。今は準備をして。街道に出たら説明してみてくれる?」

 カーリャの真っすぐな瞳が心強かった。

 ハーミアには初めて仲間の存在が有難く……救いに感じられた。

 そんな風に思える自分にも、驚きを覚える。

 ついで、仲間を頼れと言ったリアの……リードの表情も思い出してしまう。

 結局いつの間にか、またあの人の行動に助けられている。

 カーリャはテキパキと装備を整え、二本の刀を腰に差すと、先行するレシーリアに向けて“街道に出たらいったん止まって”と声をかける。

 ハーミアの着替えが終わる頃には、馬車も町を出て街道を走り始めていた。

 半刻ほど街道を走ったところでレシーリアが馬車を止め、ハーミアが先ほど起こった事件の説明した。


 ……ただし、乗っ取られた人物が、自分の元婚約者だということだけは言えなかった……


 レシーリアは何度か考えを巡らせていたが、やはりまずは入り江に行くしかないと結論付け、再び馬を走らせることとなった。

 しかし一行はこの時すでに、妙な胸騒ぎがしてならなかった。



 入り江には、すでにサイとユーンの姿があった。

 カーリャはとりあえず二人の無事を確認すると、ローグを安全な馬車の中に押し込み、海岸に向かう。

「どうした、カーリャ。男は連れてきたのか?」

 サイが、駆けつける仲間たちの表情に異変を感じ眉を寄せる。

「うん、見つけたわ。そっちは……イセリアはどこ?」

「カーリャさんたちが来るまで待とうってことになっていたので、まだ呼んでませんよ」

 ユーンも何かを感じ取ったのか、不安そうな表情を浮かべていた。

「ザナとヨグが、来てるらしいわ。ってことは、イセリアはすでに薬を飲んで人間になっているはずなんだけど……どこに行ったのかしら?」

「ヨグが? なんでだ? レシーリアも会ったのか?」

「いや……説明はあとよ! イセリアを探すわよ!」

 レシーリアがまくしたてるように言う。

「とりあえず武装はして。サイは一応、ネレイデスで海中にイセリアがいないか……」


「君たち、少し甘いんじゃないか?」


 突然の声は、街道の方からだった。

 反射的にレシーリアとカーリャが武器に手をかける。


「そう簡単に、逃がしはしないよ」


 カーリャが守るようにハーミアの前にたち、睨みを利かせる。

 そして刀の鞘を少し引き出し、身をかがめていった。

 こいつは危険だと、本能がそう告げていた。

「あんたが、ヨグの気配……シラセっていうんだっけ?」

 この場で話しかけられるのは、レシーリアくらいだった。

 中堅クラスの冒険者として、幾つもの修羅場をくぐり抜けてきた、彼女の強さを全員が感じていた。

「まぁ、シラセでもエヴェラードでもいいけど、ヨグってのは勘弁かなぁ」

「あんた……あの時、私の体に入ろうとしてた奴よね。しつこい男は嫌われるわよ?」

 睨むようにしながら、太腿の投擲用ダガーに指をかける。

「あぁ、君の体も良さそうだったね。君たちとの再戦は、僕的には望むところなんだけど……残念ながら僕は、ザナとの最後の契約を守りに来ただけだよ。でね、その契約には君たちとの戦闘は含まれてなくてね、今は我慢するよ。君たちの相手は、ほら……後ろだよ?」

 シラセは腕を組んで傍観を決め込む意思表示をし、顎で後ろを見ろと促す。


 そこには──


 薄く透き通るような蒼い髪をした──


 イセリアの姿があった──


 目はうつろで、隣にはオケアニデスを従えている。

 そして、その両足はしっかりと砂浜を踏みしめていた。


「イセリアさん……?」

 ここ数日、話し相手として打ち解けあえていたユーンが、恐る恐る声をかける。


『オレハ……ヨグサマニ……ジュウズルモノ……ナヲ……アセライア……』

 それは、ひどくしゃがれた声だった。

『センプクシテイタ……コ゚ノカラダ……ナゼカコエガデナカッダ………ナオスジカンガオシイ……カラダヲ……』

 イセリアの体から、赤い霧がわずかに滲み出る。

 それに呼応するように、オケアニデスが水の槍を作り出した。

「サイ、ユーンはオケアニデスを! 私とカーリャとハーミアでイセリアよ!」

 レシーリアにとって愚策も愚策だが、もはやシラセが何もしないという事にかけるしかなった。



 サイが槍を構えると、オケアニデスがその敵意を感じ取り水の槍をサイに向ける。

『ユルネリア・ライクォーツの名において……盟約に従い……お願い、力を貸してっオレアデス!』

 ユーンの精霊語に反応し、地の精霊ベヒモスが姿を現す。

 オケアニデスが何かをつぶやくと、無数の水の槍が一斉にサイに向かって飛んできた。

 しかしサイの目の前に砂の壁が生まれ、ことごとくそれを阻む。

『オレアデス、石と踊って!』

 ユーンの言葉にオレアデスが一鳴きし、無数の石つぶてで反撃に転じる。

 オケアニデスが水の壁を生み、それを防ごうとする。

 サイはその隙に水袋の水をこぼし、精霊語を走らせてネレイデスを召喚する。

『ネレイデス、水の鎧を!』

 精霊への指示をすると、サイの体をまとわりつくように水の膜が生まれた。

 いかな地の精霊ベヒモスの力をもってしても、海上にいるオケアニデス相手では場が悪すぎる。

 海には無尽蔵に水の精霊力が溢れているのだ。

 ならば、多少強引にでも短期決戦で仕掛けるしかないとサイは判断し、銀製の槍を構えなおす。

「はぁ!」

 気を吐き、全力で駆け出す。

 この銀製の槍ならば、たとえ精霊が相手でも、通常の武器よりはダメージも与えられるはずだ。

 オケアニデスも、サイのチャージ攻撃に気づき水の槍で応戦した。

 ドスドスと音を立てて襲い掛かってくるオケアニデスの猛攻は、水の鎧だけでは到底防ぎきれないものだが、サイはスピードを落とさず声を上げて突進をする。

「届けっ!」

 気合とともに全体重を槍に乗せて、オケアニデスに突きだす。

 その槍先はオケアニデスの胸を貫き、水しぶきが派手に飛び散っていった。

 オケアニデスがそれでも抵抗しようとするが、そこにユーンの石つぶてが炸裂し、オケアニデスを模っていた海水が、その場で弾けて海に還った。

「許せよ……精霊界にもどって、養生していてくれ」

 サイは、おそらく罪はなかったであろう精霊にそう謝り、遅れて全身を駆けめぐってきた激痛に顔を歪ませて膝まづく。

「サイ、大丈夫ですか!?」

 駆けつけてきたユーンに手を上げて「大丈夫だ」と答えるが、サイはそのまま気を失ってしまった。

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