円環と螺旋(3)
屋敷から出ると、すでにレシーリアとローグが馬に跨り待ち構えていた。
2人の後ろには小さめの馬車が続いている。
ルーはレシーリアの差し出す手を握ると、グイっと力強く引っ張られ、そのままの勢いで後ろに跨った。
大人の女性の背中を前にして、どこに手を置けばいいのか悩んでいるルーに、お子様のくせに紳士なのよねとつぶやく。
「いいから、しっかり腰に手をまわして」
自分の腰に触るだけで軽く顔を赤くされるなんて、少年らしい反応が新鮮でむず痒い。
だがここで落馬でもされたら、笑い事ではないのだ。
「頼むから落ちないでよね」
思わず心配になってしまい、釘を刺してしまう。
未だに気持ちが落ち着かないハーミアも、手筈通りブラン卿が用意してくれた馬車へと乗り込む。
馬車の中では、カーリャがあられもない姿で、いつもの服に着替えようとしていた。
ハーミアが乗り込むと、すぐに馬車が揺れ始める。
イセリアが待つ入り江に、むかい始めたのだろう。
「……あの……カーリャ」
カーリャがブーツを強引に履こうとしながら、んん? とだけ返事をする。
「さきほど、ザナに会いました。それと……ヨグとも」
ぴたりとカーリャの手が止まる。
「えぇっ!? なんでっ!? だってイセリアが薬を飲まないと、ザナの声はもどらないんでしょっ!?」
「いろいろあって……それで、入り江に着く前にレシーリアにも伝えたほうがいいと思うんですが……」
カーリャはハーミアの手が震えていることに気づき、その手にそっと自分の手を重ねる。
「うん、わかった。今は準備をして。街道に出たら説明してみてくれる?」
カーリャの真っすぐな瞳が心強かった。
ハーミアには初めて仲間の存在が有難く……救いに感じられた。
そんな風に思える自分にも、驚きを覚える。
ついで、仲間を頼れと言ったリアの……リードの表情も思い出してしまう。
結局いつの間にか、またあの人の行動に助けられている。
カーリャはテキパキと装備を整え、二本の刀を腰に差すと、先行するレシーリアに向けて“街道に出たらいったん止まって”と声をかける。
ハーミアの着替えが終わる頃には、馬車も町を出て街道を走り始めていた。
半刻ほど街道を走ったところでレシーリアが馬車を止め、ハーミアが先ほど起こった事件の説明した。
……ただし、乗っ取られた人物が、自分の元婚約者だということだけは言えなかった……
レシーリアは何度か考えを巡らせていたが、やはりまずは入り江に行くしかないと結論付け、再び馬を走らせることとなった。
しかし一行はこの時すでに、妙な胸騒ぎがしてならなかった。
入り江には、すでにサイとユーンの姿があった。
カーリャはとりあえず二人の無事を確認すると、ローグを安全な馬車の中に押し込み、海岸に向かう。
「どうした、カーリャ。男は連れてきたのか?」
サイが、駆けつける仲間たちの表情に異変を感じ眉を寄せる。
「うん、見つけたわ。そっちは……イセリアはどこ?」
「カーリャさんたちが来るまで待とうってことになっていたので、まだ呼んでませんよ」
ユーンも何かを感じ取ったのか、不安そうな表情を浮かべていた。
「ザナとヨグが、来てるらしいわ。ってことは、イセリアはすでに薬を飲んで人間になっているはずなんだけど……どこに行ったのかしら?」
「ヨグが? なんでだ? レシーリアも会ったのか?」
「いや……説明はあとよ! イセリアを探すわよ!」
レシーリアがまくしたてるように言う。
「とりあえず武装はして。サイは一応、ネレイデスで海中にイセリアがいないか……」
「君たち、少し甘いんじゃないか?」
突然の声は、街道の方からだった。
反射的にレシーリアとカーリャが武器に手をかける。
「そう簡単に、逃がしはしないよ」
カーリャが守るようにハーミアの前にたち、睨みを利かせる。
そして刀の鞘を少し引き出し、身をかがめていった。
こいつは危険だと、本能がそう告げていた。
「あんたが、ヨグの気配……シラセっていうんだっけ?」
この場で話しかけられるのは、レシーリアくらいだった。
中堅クラスの冒険者として、幾つもの修羅場をくぐり抜けてきた、彼女の強さを全員が感じていた。
「まぁ、シラセでもエヴェラードでもいいけど、ヨグってのは勘弁かなぁ」
「あんた……あの時、私の体に入ろうとしてた奴よね。しつこい男は嫌われるわよ?」
睨むようにしながら、太腿の投擲用ダガーに指をかける。
「あぁ、君の体も良さそうだったね。君たちとの再戦は、僕的には望むところなんだけど……残念ながら僕は、ザナとの最後の契約を守りに来ただけだよ。でね、その契約には君たちとの戦闘は含まれてなくてね、今は我慢するよ。君たちの相手は、ほら……後ろだよ?」
シラセは腕を組んで傍観を決め込む意思表示をし、顎で後ろを見ろと促す。
そこには──
薄く透き通るような蒼い髪をした──
イセリアの姿があった──
目はうつろで、隣にはオケアニデスを従えている。
そして、その両足はしっかりと砂浜を踏みしめていた。
「イセリアさん……?」
ここ数日、話し相手として打ち解けあえていたユーンが、恐る恐る声をかける。
『オレハ……ヨグサマニ……ジュウズルモノ……ナヲ……アセライア……』
それは、ひどくしゃがれた声だった。
『センプクシテイタ……コ゚ノカラダ……ナゼカコエガデナカッダ………ナオスジカンガオシイ……カラダヲ……』
イセリアの体から、赤い霧がわずかに滲み出る。
それに呼応するように、オケアニデスが水の槍を作り出した。
「サイ、ユーンはオケアニデスを! 私とカーリャとハーミアでイセリアよ!」
レシーリアにとって愚策も愚策だが、もはやシラセが何もしないという事にかけるしかなった。
サイが槍を構えると、オケアニデスがその敵意を感じ取り水の槍をサイに向ける。
『ユルネリア・ライクォーツの名において……盟約に従い……お願い、力を貸してっオレアデス!』
ユーンの精霊語に反応し、地の精霊ベヒモスが姿を現す。
オケアニデスが何かをつぶやくと、無数の水の槍が一斉にサイに向かって飛んできた。
しかしサイの目の前に砂の壁が生まれ、ことごとくそれを阻む。
『オレアデス、石と踊って!』
ユーンの言葉にオレアデスが一鳴きし、無数の石つぶてで反撃に転じる。
オケアニデスが水の壁を生み、それを防ごうとする。
サイはその隙に水袋の水をこぼし、精霊語を走らせてネレイデスを召喚する。
『ネレイデス、水の鎧を!』
精霊への指示をすると、サイの体をまとわりつくように水の膜が生まれた。
いかな地の精霊ベヒモスの力をもってしても、海上にいるオケアニデス相手では場が悪すぎる。
海には無尽蔵に水の精霊力が溢れているのだ。
ならば、多少強引にでも短期決戦で仕掛けるしかないとサイは判断し、銀製の槍を構えなおす。
「はぁ!」
気を吐き、全力で駆け出す。
この銀製の槍ならば、たとえ精霊が相手でも、通常の武器よりはダメージも与えられるはずだ。
オケアニデスも、サイのチャージ攻撃に気づき水の槍で応戦した。
ドスドスと音を立てて襲い掛かってくるオケアニデスの猛攻は、水の鎧だけでは到底防ぎきれないものだが、サイはスピードを落とさず声を上げて突進をする。
「届けっ!」
気合とともに全体重を槍に乗せて、オケアニデスに突きだす。
その槍先はオケアニデスの胸を貫き、水しぶきが派手に飛び散っていった。
オケアニデスがそれでも抵抗しようとするが、そこにユーンの石つぶてが炸裂し、オケアニデスを模っていた海水が、その場で弾けて海に還った。
「許せよ……精霊界にもどって、養生していてくれ」
サイは、おそらく罪はなかったであろう精霊にそう謝り、遅れて全身を駆けめぐってきた激痛に顔を歪ませて膝まづく。
「サイ、大丈夫ですか!?」
駆けつけてきたユーンに手を上げて「大丈夫だ」と答えるが、サイはそのまま気を失ってしまった。




