円環と螺旋(1)
昔から、赤い満月は“狂気と破壊”の象徴とされていた。
その月明りは、人を惑わし狂わせるともいわれ、赤い満月の夜は治安も悪く、外出する者も少なかった。
そんな中行われる“赤月の仮面舞踏会”は、貴族や商人達の交友を広める晩餐会として有名だ。
もっとも、庶民や冒険者には縁のない違う世界の話である。
わざわざ赤い満月の日に行われるのは、金持ちが背徳心をあえて楽しむという、悪趣味な趣向というものだろう。
「すごいわー、金持ちすっごいわー」
カーリャは見たことのない世界に、目を丸くしっぱなしだ。
会場となる屋敷にはカーリャ、ハーミア、ルーの姿があった。
カーリャとハーミアは鮮やかな紫のドレスに、目鼻を隠す形をした同じ仮面をつけている。
ルーは装飾が沢山ついた燕尾服だが、全く似合ってない。仮面は口元だけを隠すものだった。
「その仮面さぁ、私たちのと違うのって、何か意味あるの?」
「仮面は、主催者から贈られるんだよ~。カーリャとハーミアのは、ブラン卿宛てに届いたやつだから同じ形。これはうち用だね。だから形が違うんだ~」
ふ~んと感心するように唸り、カーリャが腕を組む。
「あとね~、爵位の高い人のところから挨拶にまわるんで、面倒なら、なるべくはじっこで隠れてるほうがいいよ~。特にカーリャは淑女感がないし~腕は組んじゃ駄目だし~」
「……んなっ!」
言われなくてもわかってるし、どうせ田舎者だし! と、ぶつぶつ言いながら壁際へと移動する。
「あれ、ハーミア。ここにいたの?」
すでに壁際にいたハーミアが、静かにうなずく。
「ブラン卿ゆかりの者が、舞踏会に参加する事はとても珍しいことらしくて、挨拶の列が出来かねないので。ここで静かにしながら、人が寄ってきたらテラスに逃げてます」
「まぁ、ハーミアは仮面つけてても、奇麗なのバレバレだしね~。あと、獅子の剣よね。まだ見かけないけど……」
「ルーは?」
「あぁ、あの子、けっこう有名な……というか、偉いとこの子らしくて、挨拶に捕まりっぱなし。なんかずっと憂鬱っぽかったのは、そういうことだったのかな」
なんとなくこのことは、レシーリアには黙っておこうと考える。
彼女なら、あの手この手でたかりそうだ。
「でもそれなら、ルーのところに、挨拶きそうじゃないですか?」
「あ……そうかな。そうかも……うん。私やっぱり、ルーの後ろにいるよ」
カーリャはそう言って、歩きにくそうにしながらルーのほうに移動した。
ルーはと言うと、相変わらず挨拶に捕まっている。
しばらく待っていると、ルーと同じ仮面と燕尾服を着た20代の男がルーの耳元で何かを伝え、そのまま入れ替わってしまった。
そうして、ようやく開放されたルーが、カーリャのもとに足早でやってきた。
「もぅ、まいったよ~」
「お疲れ様。なんか大変だねぇ」
「まぁね、でも僕はまだ、自由を許されてる方だから。兄さんがいなかったら、もっと大変な目にあってるよ」
なるほど、だから同じ装いなのか。
よく見たら髪も同じ金色だし、目元もよく似ている。
「いないね~、獅子の人」
ルーはいつものように緊張感のない声で言うが、少し疲れの色が見えていた。
カーリャも無言でうなずき、再びまわりに目を移す。
このまま見つからなければ、どうしようと考え始めるが、その時は、4ヶ月後の赤い満月の日までに探せばいいはずだ。
下手に焦る必要はない、と自分に言い聞かせる。
さらにしばらくの時間が経ち、にわかに会場がざわつき始める。
「何だろ?」
「一応、舞踏会だからね~。お相手探しが始まったんじゃない?」
「へぇ……えっ! 踊るのとか、私、無理だよ?」
「受けなきゃいいだけだよ~。一応、断る権利はあるしね。ハーミアとか、とっくにテラスに逃げてったし」
さすがは、ハーミア。
この空気を、いち早く察知したのだろう。
「……お嬢さん」
カーリャが、ぎょっとして振り向く。
「よろしければ……」
「ごめんね~。カーリャは、僕と踊ることになってるんだ」
わたわたとするカーリャの前に、ルーが割って入る。
「あぁ……これは失礼。アイラード侯爵のご子息様でしたか。私は……」
「ん~と……その仮面は、マイレス卿?」
「……のバカ息子のローグですよ。父は一代騎士ですが、私自身は力のない商人です」
ローグと名乗った男が、会釈をする。
父が何らかの功績によって、一代限りの「ナイト」の称号を得たということは、息子のローグはある意味、たしかに一般人である。
「おかげで自由気ままに生きられて、私自身はとても楽しくてね。こういった夜会にも呼ばれますし」
さらさらとした金髪が、優男っぽいイメージを助長させているが、仮面の奥の目はどこか退屈そうだ。
「父のおかげで、外面はこの通り、立派な貴族風ですがね」
皮肉めいた笑みを浮かべながら、装飾の凝った剣を見せる。
その柄には、しっかりと獅子の彫刻が彫られていた。
「獅子の剣士!」
カーリャの言葉にローグが驚く。
「いやいや、これは儀礼用で……父はともかく、私は剣士などでは……」
「そうじゃないの、探したわ。イセリアの意中の男!」
はぁ?と、あっけにとられるローグに、レシーリアから渡されていた一枚の紙を渡す。
そこにはイセリアについての説明と、イセリアの恋文が書かれていた。
最初はローグも訝し気な表情だったが、読み進むにつれてその目が真剣になっていった。
「……えっと……なんというか、途方もない話なんだが……これは本当のことで?」
「もちろんよ、私たちが連れてきたんだし」
「いや……しかし……たしかにその頃、商品の仕入れでバリィまで何度か行き来してたけど……そんな、人魚に一目ぼれされるとか……」
「そこは、信じてもらうしかないかな~。一応、アイラードの名に懸けて本当だよ」
ローグがごくりと唾をのむ。
侯爵家の名前にかけられては、疑うことすら失礼にあたるからだろう。
「で、ローグさん。いきなりで申し訳ないんだけど、イセリアが人間になるには、赤の満月の夜が条件なの。つまり今日返事をするか、4カ月後まで待つかってこと。とりあえず、どっちか選んでほしいだけど」
自分で言ってて、かなり無理があると思う。
私なら絶対に無理だなぁ、とカーリャは考えていたのだが、ローグはさして悩む様子もなく頷いた。
「いやいや……こんなおもしろい話。一度会ってみたいな。このつまらない人生を変えたくて、商人として独り立ちしようと思っていたところだ。海に明るい女なんて、なかなか見つからないしな。人間になれるんだったら問題ないだろう」
目を輝かせて話すローグに、カーリャとルーが顔を見合わせる。
「ほんとに?」
「あぁ、本気だ。ぜひとも会わせてほしい」
どうやら、彼は本気のようだ。
カーリャは喜びを隠しきれずに、笑顔を溢して頷いた。
「うん! じゃあとりあえず、イセリアに会いに行こう。外に馬を用意してあるから、私と一緒に来てくれる?」
ローグにとっては、父親の威光から逃れるための、絶好の機会なのだろう。
彼も嬉しそうに、笑顔を見せていた。
相手の中身もわからずに、それでいいのかとも思えるが、イセリアも一目惚れなわけで。
きっかけなんて、そんなものなのかもしれない。
「僕はハーミアを呼んでくるから、カーリャは先にレシーリアのところに行ってて~」
テラスの方に向かうルーを尻目に、カーリャはローグを連れて舞踏会を後にした。




