銀の人狼(2)
レーナを出発してから、6日目の夕方。
海の旅は大きな問題もなく、赤の満月まで5日を残して、目的の入り江に到着した。
あらかじめ話し合っていた通り、船員はハーミアの泊まっていた宿の部屋に移し、一行はレシーリアが拠点にしている『碧の月亭』に一旦泊まることになった。
ただし、ルーだけは学院に自室があるので、一人ふらふらと戻っていった。
イセリアは入り江近辺の海中に待機し、何かあったらサイがネレイデスで呼びに行くことになっている。
そうして一行は、ようやく訪れた安息を満喫するようにしてその日を終えた。
7日目は昼前からの行動となった。
レシーリアが出した案の通り、レシーリアとルーは盗賊ギルドに、サイとユーンはイセリアのいる入り江に、そしてカーリャとハーミアはブラン卿邸にむかう事となった。
ブラン卿の住む貴族区に行ったことなどもちろんなかったが、『碧の月亭』に残っていた依頼書で場所自体ははっきりと記されており、特に迷うこともなさそうだ。
『碧の月亭』を出てから1時間ほどで、目的の屋敷に到着する。
屋敷の大きさにカーリャが若干気負いをしていたが、依頼書を執事に見せると、あっさりと応接室まで通されてしまった。
屋敷内は静かで、その大きさのわりに人気がなかった。
さほど待たされることもなく、依頼主のブラン卿は現れる。
50を越える年であろうに威厳に満ちたその表情は、未だ現役であることを証明していた。
ことの顛末をカーリャが順序立てて説明していく。
と言っても、ほぼレシーリアがまとめてくれていたもので、イセリアやザナのことはうまくはぐらかされている。
ブラン卿は時折目を閉じ、静かにうなずきながら、何も言わずに説明を聞いていた。
「……とにかく無事でなによりです。よくぞお越し頂きました」
「これを無事だとは……私は思えません」
「ハーミアさんでしたね。おっしゃる通りです。依頼に関しては、騙すようで非常に申し訳なく思っています。しかしながらそれは、リアがついているのであれば、生還はできるであろうと考えてのことであり、リアたっての要望でもありましたので、そのように依頼をしたのです。ヨグについては、王都のほうに報告しておきます」
片手を軽く上げて、執事と思しき男に布袋を持ってこさせる。
「これは依頼の成功報酬です。多少、色は付けてあります」
カーリャがそれを受け取り、頭を下げる。
「あの……さっきから、リアさんと親交が深そうな感じがするんですが」
「ええ。あなたの持つ刀は、リアのものですね?」
カーリャが、こくりと頷く。
「そうですか。リアに託されたのですね。ではやはり、お話しなければなりませんね。そう、お詫び……という訳ではないのですが、リアに頼まれたことが、2つあります」
「リアさんが……?」
ブラン卿は、カーリャ達の向かい側のイスに座り、目をそらすことなく続ける。
「まずその一つ。私が、あなた方の今後の冒険の手助けをすることです。あなた方が冒険をする上で、できる限りの援助をしましょう。そのかわり、あなた方が冒険で手に入れた物を売却する場合は、必ず私に売ってください」
「そんなの……いいのかな?」
カーリャがハーミアに目を向けてくるが、ハーミアも戸惑っているようだった。
「もちろんです。これは私の希望でもありますから。しかし、それ以上の無理強いはしません。お悩みなら、一度皆さんのところに戻ってご相談してください」
「あと、もう一つは?」
ブラン卿が、ひとつ大きく呼吸をする。
やがて、カーリャの方に視線を向けて話を続けた。
「申し訳ありませんが、カーリャ殿には席を外してもらいたいのです。もう一つは、ハーミア殿に頼みたいので……」
なぜ? という疑問にブラン卿は答えることなく、深く頭を下げる。
カーリャはしばらくそれを見つめ、やがてハーミアの耳元に顔を寄せる。
「なにか無理なことでも頼まれたら、迷わず断ってね」
ハーミアが黙って頷くのを確認すると、カーリャは静かに立ち上がり部屋を出ていった。
しばらく沈黙が続いたが、ブラン卿は何かを懐かしむかのような目をして笑顔を見せた。
「……本当にリアが言う通りですね。リアと同じ銀色の髪……あなたのことは、リアからよく聞かされましたよ」
「どういう意味ですか? ブラン卿、あなたとリアさんは、いったいどんな関係なんですか?」
「形としては冒険の支援者ですが……リアは、私の息子のようなものです。ここにも住んでいますしね。私は早くに妻に先立たれて、子もおりませんでした。そんな時……8年前……レーナに向かう街道で、左手を失い、瀕死の青年と出会いました」
ハーミアが息をのむ。
ザナの言っていた、リードが村を出て行った日のことだろう。
「仕事しか能のない私でしたが、救えるかもしれない命を目の前にして、なにか人として役に立ちたいと思えました。リアを救ったのは、結局のところ、私のエゴだったのかもしれません。それでも、救えた命に愛着をもつのは自然な事でしょう。そんなリアに頼まれた、もう一つのこととは……あなたを養女に迎えることです」
突然の申し出に、言葉を失ってしまう。
「あなたのことは、よく聞いています。種族のことも……信仰している神のことも……村から出て行った経緯も。戻る場所がないのならば、ここを使ってください」
「……どうしてですか? 困るのは、きっとブラン卿のほうですよ?」
「これは、私からの頼みでもあります。息子同然だったリアが、そこまで守ろうとした人物を、私が代わって守りたいんです。それに、私には跡継ぎもいませんしね。もちろん養女といっても、あなたは今まで通り冒険をしてもらってかまいません。あなたから自由を奪うつもりは、毛頭ありませんから。ただ、レーナにいるときはここに顔をだして頂ければいいのです。もちろん、無理にとは言いません。考えておいてくれますか?」
帰る場所を失っていたハーミアにとって、これほどの好条件はないだろう。
しかし、それらすべてを信じるには、あまりに早すぎた。
なにより自分は、リアのことを何ひとつ知らないのだ。
「……即答はできません」
それが今出せる、精一杯の返答だった。
「かまいません。しかし忘れないで下さい。私は心から、あなたを私の娘として迎えたい」
「ありがとうございます、ブラン卿。今はその気持ちだけで……少し考えさせてください」
「ええ。きっと、リアも帰ってきます。いつものように。あなたがリアと再会できることを、心から祈っております」
ハーミアは、曖昧に頷くことしかできなかった。
……本当に何も話してくれない勝手な人……
勝手に心配して、勝手に助けようとして、勝手に去って行って……
決意を固めるように魔水晶を軽く握り、目を閉じる。
……リアさん……今夜、使います。
腕のことだけでも、私は知らなくはいけないから……
「ねぇ、レシーリア。どこまで行くの?」
レーナの町のとある路地裏に、ルーとレシーリアの姿があった。
ルーは終始きょろきょろと、頭を左右に向けて不安気にしている。
レシーリアは、そんなルーの手を引っ張るようにしながら、曲がりくねった路地を迷いなく進んで行った。
盗賊ギルドまでの道のりは、狭く細い路地をいくつも曲がった先にある。
ギルドに近づくにつれ、目つきの悪いごろつきや物乞いが増えてくる。
物乞いはいわゆる情報屋であり、ギルドに近づく余所者の監視人でもある。
ちなみに、ごろつきは本当にただのごろつきだ。スリも仕掛けてくるし、場合によっては襲っても来る。
ここは町の中にして、治外法権な場所だ。
ギルドの構成員でもない限り、めったに近づくものではない。
ルーひとりなら、ものの五分で身ぐるみをはがされているだろう。
そんな危険な場所も、レシーリアにとっては日常の路地でしかない。
ギルドに行くのも、行きつけの酒場に行くような感覚だ。
「なんだよレシーリア、子連れかよ。日照ってんなら俺が相手するぜ? お前は、顔と身体だけは一級品だからな」
「はっ……三下に許すほど堕ちちゃいないわ」
誰に向かって言ってんのよ、ごろつき風情が、と聞こえそうな声で悪態をつく。
ルーは、ますます青ざめていった。
……ちょっと刺激が強すぎたかしら……
「もうすぐ着くから、離れちゃだめよ」
本当に子持ちになった気分だ。
涙目のルーが、汗ばんだ手でしっかりと握ってくるが、ときめく要素など微塵もない。
なんかたまにぶつぶつと指輪に向けて言っているのだが……
恐怖のあまりに月魔法とか使わないでしょうね、と別の心配が生まれる。
「ほら、もうそこよ」
レシーリアが言った先を見ると、路地終わりの行き止まりに扉がひとつ……その両端に、物乞いが一人ずつ座っている。
明らかに怖い。しかし、ここから一人で帰るのも無理だろう。
もはや自分の命はレシーリアに握られているようなものだった。
「ねぇ、僕も来る必要あったの?」
「ん~。か弱い乙女には、護衛の男が必要でしょ?」
一級品の冗談だったが、ルーはくすりとも笑わない。
なんて可愛気がないのだ。
仕方なしに、そのまま手を引っ張って扉に近づく。
物乞いはレシーリアの方を一度見ると、何もなかったかのようにまた下を向いた。
レシーリアは気に留める様子もなく、そのまま扉を開ける。
薄暗く細い廊下を少し進むと、鉄格子のような物に阻まれた受付が現れた。
その奥には、やせ細った男の口元だけが見えていた。
レシーリアは慣れた手つきで、ギルドの印が入ったコインを差しだす。
「よう……仕事再開か?」
「ま、そんなとこね。欲しいのは情報よ。獅子の柄飾りがついた片手剣を持つ金持ちの坊や……金髪らしいわ」
「なんだよ……誘拐か?」
「馬鹿言ってんじゃないわよ」
男はなんだつまらんと言いながら、奥にある棚から汚れた本のようなものを取り出す。
しばらく時間が過ぎ、ようやく男が話し始めた。
「ちょっと情報が足りないが……銀貨10枚だな」
「高いわ。特定できてんでしょうね?」
男が舌打ちをする。
「じゃあ、7枚だ。これ以上は駄目だ」
レシーリアは何も言わずに、銀貨をカウンターに置く。
「……って、お前、話聞いてんのか? 5枚しかねぇじゃねぇか! 頭おかしいんじゃねぇか?」
「うっさいわね、特定できてないんじゃ意味ないでしょうが」
「くそっ……あぁ……その剣についている獅子の柄飾りな。残念ながら、家紋とかじゃねぇぞ。王都で流行りの鍛冶師が鍛えたもんだ。で、レーナには貴族御用達の武具屋が4つあって、そこの仕入れ台帳の写しを見る限り、これまでレーナに仕入れられた数は7本、うち売れたのは1本だけだな」
おぉ……と、レシーリアの表情がほころぶ。
そこでルーが、ちょいちょいと手を引っ張ってきた。
表情はまだ怯えたままだ。
仕方なく耳を近づける。
「それって、もう特定できてるんじゃないの?」
「坊主、買ったのが誰かまでは特定できてないんだよ。もちろん調べれば可能だぜ?」
「聞き耳立ててんじゃないわよ。……んで、それはどれくらいで調べられるのよ」
男はう~んと唸り、指を1本立てて「1週は欲しいな」とこたえる。
「だめね、赤の満月までに間に合わないわ」
「なんだ、急ぎかよ。じゃあ、これはどうだ?」
男がそう言いながら、くるりと巻かれた一枚の紙をカウンターに置いた。
レシーリアはそれを受け取ると、ルーにも見える位置で開いた。
そこには“赤月の仮面舞踏会”と、記されていた。
「それは、貴族向けの夜会の案内だ。大概の貴族が集まるから、そこで直接探せばいい。その剣は儀礼用だ。おそらく腰につけてくるだろ」
「へぇ。でもこれ、かなり有名な貴族の屋敷よね。そんなとこ、忍び込めんのかしら」
「おいおい、忍び込むとか命かけすぎだろ。せめて招待状を偽装するか、盗むかしろよ」
そこでまたルーが、ちょいちょいと手を引っ張る。
「……レシーリア、たぶんそれ大丈夫」
……さすが、いいとこの坊ちゃん、忘れてたわ。
そういえばブラン卿も伯爵だし、そっちからでもなんとかできるかもしれない。
「あんがと、これはお礼よ」
レシーリアは満足気に笑みを浮かべ、銀貨を2枚おく。
「お……なんだよ、最初から出せよな」
「勘違いしないでよね。情報の質に相当する対価を支払っただけよ」
むしろ、ここでケチると盗賊稼業などやっていけない。
「さ、帰るわよ」
何事もなかったかのように言うレシーリアに、やっぱり僕はいらなかったんじゃと思わずにはいられないルーだった。




