銀の人狼(1)
レーナを出てから3日目。
一行は、再びレーナに戻るために、新たな船に乗り込んでいた。
小型船は屋根こそあるものの、壁のない吹きっさらし状態で、広さも全員が雑魚寝できるかどうかだった。
それでも、帰れるという奇跡のような希望があれば、誰ひとり文句は言わなかった。
その激動にして濃密すぎる3日間は、少なからず一行の結束力を高める効果があったようだ。
まだそれほど理解しあえているとは言い難いが、ひとつの困難を乗り越えると自然に足並みも揃うもので、それは互いに心強くもあり、そのおかげかそれほど悲壮感はなかった。
昨夜襲ってきた船員は、ハーミアの治癒魔法で目を覚ましたものの、意識がもうろうとしているのか、何かうわごとのようにぶつぶつと言ってはすぐに眠ってしまっていた。
何となく不気味なので、今も手足は縛ったままにして、レーナに着いたら医者か司祭に診てもらうことになっている。
邪神ヨグ・ソートホートの気配と言われる、赤い霧の海域も難なく抜け、ほどなくして安全な海路に到達する。
もはや見張りの番などいらないのだが、なんとなくそんなものだと感じているのか、イセリアが活動する間はハーミアとレシーリアの二人が、サイの活動する夜中はカーリャ、サイ、ユーンが起きていた。
夜中組のサイは船があまり動かないようにするのみで、船が流されてはネレイデスを呼び出して、修正してもらうという作業の繰り返しになっていた。
昼間組のイセリアは、推進力としてオケアニデスを召喚し続けるという、普通の精霊魔法使いには到底できない芸当を要求されていた。
イセリアがマーメイドであることと、その想いの強さがなければ成しえない事だろう。
そして、2人の精神力が尽きそうになると、ザナから渡された大量の魔晶石で回復する。
湯水のように消費される魔晶石が、この作戦の非常識さを物語っていた。
魔晶石の精製は、古代王国時代の失われた技術によるものだ。
つまり、これら一つひとつが大変貴重な古代王国の遺産なのだが……こんなものを大量に用意できる、ザナという月魔術師が恐ろしくもあった。
レシーリアは、“この魔晶石を全部売れば、数年遊んで暮らせる”と考え、何とか使わずに帰れないかと画策していたが、今はもう諦めて海図と空を眺める役となっていた。
「レーナにもどったら、まずは湯に浸かってやるわ」
さすがに飽き飽きとする景色と、防ぎようのない潮風にうんざりしてきていた。
「……何からすれば、いいんでしょう?」
対面に座るハーミアが、船首のほうを見ながらつぶやく。
彼女は相変わらず、人との距離を置いている。
「着く時間にもよるけど、何はともあれ、一度は寝ておきましょ。そもそもレーナに直接入港するなんて、馬鹿げた真似はできないし。町から少し離れた、街道外れの入り江に向かうわ。イセリアには赤の満月まで、そこらの海中に居てもらうしかないでしょうね」
「……でも、毎日定時で会う必要はありますから、あまり遠すぎるのも」
「もちろん、その辺は考えてあるわ。あとは……この船員ね。まずは医者だろうけど」
「それなら、とりあえず私の宿に連れて行けばいいと思います。隣がリディシアなので」
あぁ……この娘は薬師でもあったのだ。
リディシアとは、医師がいて薬草の販売も行っている施設だ。
「わたしも、そっち泊まる?」
それが、心配しての言葉だとハーミアもすぐに理解できた。船員が正常かどうか、未だにわからないからだろう。
「いえ、私の部屋にそのまま寝かせておきます。あとは、医師様の都合がついた時に来てもらいます。その間は、私がそちらの宿に泊まろうかと……」
「そうね。それがいいわ。じゃあ船員はそれで、ひとまずいいわね」
「イセリアの想い人は、どうやって探すんですか?」
……そうだ。
イセリアの想い人については、あまりに手がかりが少ないのだ。
今ある手がかりは、金髪でさわやかな青年、左の腰に獅子の柄飾りがついた片手剣を持っていたということだけだった。
「どこかの貴族のボンボンなら、その飾り剣が目印になりそうだけど。そんなの探してたら、赤の満月までに間に合わないわね。私は、ルーと盗賊ギルドに行くわ。ギルドで情報があれば、それでおしまいだけど……駄目なら、同じ金持ちボンボンのルーに相談ね」
「……私はどうしましょう?」
「あなたは、カーリャとブラン卿のところに行ってみて。なんかもう、今となっては別件になりつつあるけど……今回の依頼主であるし、リアに会いに行ってくれと言われてるのよ。カーリャはリーダーだから、報告に行ってもらわなきゃならないけど……あの娘、底抜けのお人好しで、世間知らずだからね」
ハーミアはカーリャよりも年下なのだが、実際ハーミアはかなりしっかりものだし、何より疑り深い性格だ。
交渉において、そういった人物は不可欠である。
まぁ、何かあってもカーリャの腕は確かのようだし……抜刀とかいう……見たことのない剣術の使い手だ。
聞けば、カーリャのいた村ってのは辺境も辺境、そんなところトロルしか住んでないんじゃないかと思えるほどの田舎で、文化的にも独自なものを持っていそうだった。
「サイとユーンの精霊魔法使いコンビには、イセリアのいる入り江で待機してもらうわ。とりあえず、そんな感じかしらね。リアが帰ってくれば、また話は変わるかもしれないけど……」
ハーミアが黙り、何か水晶のようなものを取り出し撫でる。
なんか高価そうだな……と、無意識に冒険者としての鼻が働く。
「たぶん……少なくとも、赤の満月の夜までは帰ってきません」
その言葉に、少し眉を寄せる。
なぜ、わかる?
ザナからリアの生存を聞いただけでなく、まだ何か知っているのか。
「あら。あんなに冷たく当たってたくせに、今はずいぶんと熱をあげてるわね」
少し底意地が悪いが、挑発的に吹っかけてみる。
「そんなつもりは、ありません。初対面の人には、みな同じように接しているつもりです。あの人に、こだわってるとしたら……あの人は何を考えているのか、わからないところが多かったので、直接あの人の口から色々と話してほしいだけです」
「ふぅん。いいんだけどね……彼、なんでしょ? 昨日、話していた人って」
ハーミアが、目を見開いて驚く。
「……あなたは、プラティーンの神官か何かなんですか?」
「あのねぇ。あなたもリアも、わかりやすすぎるのよ。色々考えてるみたいだけど、反応が素直すぎるわ。無理やり冷静ぶるし……あんた達、ほんとよく似てるわ」
目線を海のほうに向けて、ため息混じりに言う。
もっと素直に生きれば、楽だろうに……性格なのだろう。
「あなたはどうしたいのよ、ハーミア……」
「……私は……いろいろと、知りたいだけです。あの人が隠していることを……」
「そんなの、あなたの神様にでも頼べば、すぐに教えてくれるんじゃないの?」
レシーリアの呆れた口調に対し、ハーミアが唇をきゅっと結んだ。
そして、あの高そうな水晶をまた撫でる。
「それは……たしかに、できるかもしれませんが。でもやっぱり、ある程度は本人の口から説明してほしいです。話したくないことを、そういう方法で知るのは、あまり本意ではありません」
……プラティーンの神官でありながら自制心のあるハーミアと、真に手段を択ばないザナとの違いは、正にここだろう。
とりあえず、この娘は今のところ安全だ。
「そう。一応この話は、みなには内緒にしておくわ。本当にリアが生きているのか、もどってこれるのかもわからないしね。変に期待させたくないから」
この情報ひとつで、カーリャの浮き沈みが簡単に想像できた。
今はまだ、あの馬鹿のモチベーションを落としたくはない。
ハーミアは静かに感謝の言葉を述べると、手元の水晶に目を落とす。
もし使うとしたら、自分のせいで左手を失った事件の真相についてだろう。
それだけは、再会を果たす前に……少なくとも赤の満月の夜までには知っておかねばならないと考えていた。




