少年(5)
「お〜い、ユニコーンちゃん。こっちにエール酒、四つ追加だ〜」
「うるさい、酔っ払い。昼間っから飲んでないで、ゴブリンでも討伐してこい!」
昼間の『碧の月亭』で給仕人として働くカーリャにとって、このやり取りは最早日常の一つだった。
今や中堅冒険者としても認められ、店の看板娘としていじられ、馴染みの冒険者も増えてきていた。
そんな酒場の端の席で、カーリャを横目に見ているのはサイである。
サイは毎日釣りをしているか、酒場にいるかのどちらかだった。
誰とも会話をせず、まるで気配を消して座っているかのようで、常連客からも影の薄い存在である。
しかし今日に限りサイの座る席には、何度も視線が向けられていた。
理由は、単純にして明確だ。
同席している女性が、その原因で間違いないだろう。
銀色のストレートロングの髪と、透き通るような青い目。
なによりもその美しい顔立ちが、男達から視線を集めてしまうのだ。
「本当に、今日帰ってくるのでしょうか?」
同席しているのは、ハーミアだった。
ハーミアは普段、ブラン卿の元で家事などの手伝いを行なっている。
なにか用でもない限り、酒場に現れることはない。
その理由も簡単で、言い寄ってくる男を避けるためだ。
幸い今日はサイがいるため、誰も近寄ってこないので、ハーミアも安心だった。
「レシーリアからの手紙が正しければ、そうなんだろう。ああ見えてレシーリアは、時間に厳しいからな」
サイは話しながら、細かく折られた手紙を取り出す。
手紙には、こう書かれていた。
“明日もどる。訳あって、人をひとり匿いたい。狼の女の豪邸に、都合をつけてほしい。とりあえず、いつもの場所で落ち合おう”
この手紙は昨日、ルーの使い魔である黒い梟が、サイの元に運んで来たものだ。
狼の女はハーミアのことで、豪邸はブラン卿の屋敷のことだろう。
いつもの場所とは、まさにこの酒場のことだ。
「極端に情報を削っているのは、この手紙が俺の手に届かなかった時のことを考えて……だろうな」
「誰にも知られたくない……匿うのは、犯罪者とかなのでしょうか?」
「いや……もし危険な人物なら、ブラン卿の屋敷に置かないだろう。そこには、ハーミアもいるんだからな。むしろ匿う人物は相当に弱く、守るのが困難……とかだと俺は思う」
サイが手紙を、テーブルにある蝋燭で燃やしてしまう。
「カーリャには、話したのですか?」
「あぁ、ついさっきな。わざわざカーリャじゃなく、俺に送ってきたんだ。そういう意味だろ」
「私はカーリャが、それほど口が軽いとは思いませんが」
「口は硬いさ。ただ顔に出るからな、あいつは」
「それは……そうかも」
ふふ……と、ハーミアが笑う。
それだけでハーミアを意識していた男達が色めき立つのだから、本当に大変なんだなとサイは再認識していた。
そこで不意に、テーブルの上にエール酒がひとつ置かれる。
見ればそこには、黒い魔法の革鎧と外套に身を包んだ冒険者が立っていた。
いつの間にと思うが、あの防具には隠密効果が高まる魔法が付与されている。
加えて彼女は、手だれの盗賊だ。
気がつかなくても、仕方のないとだろう。
「ごめん。先にブラン卿のところに寄って、護衛対象を預けてきた。手紙の内容、汲み取ってくれたみたいね」
「おかえりなさい、レシーリア。ルーはどうしたのですか?」
「護衛対象と一緒に、置いてきたわ。とりあえず状況を説明したい。二階の部屋を借りたから、とりあえず移動してくれる?」
「カーリャは、どうするんだ?」
「ルームサービスでもして、時間差で呼びつけるわ」
レシーリアはそれだけ話すと、エール酒を一気に飲み干し、二階に続く階段へと向かう。
冒険者達の酒場『碧の月亭』の二階は、宿になっている。
部屋は小さいが、四人が入るだけなら問題のない広さだ。
レシーリアはそのまま窓際へと行き、警戒するように外を見ながら出窓に腰をかける。
サイは壁を背に、腕を組んで立っていた。
ハーミアは自分の居場所を見つけるのに少し迷ったが、とりあえずベッドに腰をかけることにした。
しばらくしてカーリャも現れ、ハーミアの隣に座る。
「まずはユーンの冒険者タグ。特にトラブルもなく、無事に渡せたわ。両親には全てを説明できたし、報告も受け入れてくれた。ユーンと同じ……とても優しい人たちだったわ」
トラブルとは冒険者タグの受取拒否や、死の責任を報告者に追及する行為などだ。
こういったトラブルは意外に多く、カーリャ達のように結果を待つ側としては、ここでようやくの一安心ということになる。
「ここからが、本題。レーナへの帰路の途中……ちょうど三日前のことよ。街道沿いで、賊に襲われている子供がいてね」
「子供?」
カーリャが聞き返すと、レシーリアが頷く。
「年齢は十二歳。人間の男の子で、名前はフューイ。ギャザリンの村からレーナに向かっていたらしいわ」
「その子を保護したというわけですか?」
ハーミアが質問をする。
ハーミアとしてはブラン卿の屋敷で匿う人物について、よく知る必要があった。
それはブラン卿への安全を確保するためでもあり、そこに住む自分のためでもあるからだ。
「保護したということは、継続的に狙われているということですか?」
「今はまだ、その可能性が高いとしか言えないわ」
さすがに鋭いわねと、レシーリアが腕を組んで頷く。
すると今度は、サイが問いかけてきた。
「狙われる理由は、これから調べるのか?」
「そうね。フューイについては盗賊ギルドと冒険者ギルド、どちらも調べる必要があるわ。それから一番の問題については、月魔術師ギルドで調べるしかないわね」
「一番の問題?」
カーリャが首を傾げる。
「フューイが常に、大事そうに持っている荷物があってね」
「それが狙われているの?」
「そうよ、カーリャ。物は魔法のグレートソード……それも、ランク4よ」
その一言で、一気に場の緊張感が高まる。
明らかに、それが問題だからだ。
この街でそんな物を持ち歩こうものなら、たちまち襲われてしまうだろう。
「そ……そんな物、どうして持ってるの? もしかして、その子が盗んだとか?」
「それだと匿っている私まで、お尋ね者になるわね」
レシーリアが、カーリャに対し笑いながら答える。
「あれの持ち主は、フューイで間違いないわ」
「なぜ、そう言える? 確信があるのか?」
「あの魔法剣ね……おそらくはだけど、所有者にしか軽量化の魔法が発動しないのよ。私じゃ、持ち運ぶことすら困難な重さよ。フューイはまだ身長が足りてないから振ることはできないけど、持ち運ぶことはできていたわ」
「所有者を選ぶ剣ってことか?」
「あるいは所有者を名指しで指名して、継承していく剣ね」
レシーリアの考えでは、継承する魔法剣だと睨んでいる。
もし継承するのであれば、フューイを殺すわけにはいかない。
なぜならば現所有者のフューイから、名指しで継承してもらわなければならないからだ。
「あれほどの物を狙うのに、賊がモタモタと殺さずにいるはずがない。おそらくは、フューイごと必要なのよ」
「なるほど。それで、護衛というわけか」
「そういうこと。これから私たちはフューイの話を聞いて、ギルドで必要な情報を集めることになる。ただあの子は、まだ子供よ。大勢で取り囲んで質問をすることは、得策じゃない。話をするときは、多くても二人までよ」
レシーリアは皆が頷いたことを確認すると、あらかじめ考えていた役割を説明しはじめた。




