少年(4)
港町レーナにある酒場『碧の月亭』は、冒険者たちの溜まり場として有名だ。
理由のひとつとして、仕事の依頼が掲示されたクエストボードが設置されていることにある。
冒険者たちは食事のついでに、とりあえずどんな依頼があるのかを見にくるのだ。
さらに二階は宿となっているため、ここを拠点とする冒険者も多い。
カーリャの場合は『碧の月亭』の給仕人“兼”用心棒として、住み込みで働いている。
収入の安定しない冒険者にとって、宿代と飲食代を確保できることは大きなメリットだ。
それに酒場で働いていると、自然と有用な情報が耳に届く。
特に強さを求めるカーリャにとって、討伐依頼の話はついつい聞き入ってしまうものだった。
その中でもひとつ、どうにも気になる話がある。
最近はずっと、その話で頭がいっぱいだ。
「まさかね……」
剣術の練習を終えたカーリャが地べたに寝そべり、自らの冒険者タグを目の前に持ち上げる。
青空をバックに輝く銀のプレートには、『一角馬』の横顔が刻印されていた。
「なんや、お前。また、そないなもん眺めとるんか」
王都ルーファンや港町レーナではあまり聞かない西方訛りの男が、立ったまま見下ろしてくる。
白い短髪にギラギラした目、褐色の肌とたくましい腕。
カーリャを鍛えていたのは、リアの冒険者仲間である『双拳』サラスだった。
サラスは格闘家でありながら、リアに二刀流の剣術を学んだ稀な存在だ。
師匠不在のカーリャにとって、まさに適任の先生である。
「そんなん眺めとっても、強うなられへんで?」
「そんなの、わかってるもん」
口を尖らせて、体を起こす。
ここは郊外にある、サラスの小屋だ。
カーリャは毎朝ここに通い、サラスに稽古をつけてもらっていた。
「ま、ユニコーンになれたのは、俺のおかげやけどな」
「それも、わかってるもん」
サラスの話は、冗談のようで本当の事だった。
カーリャは道場剣術として高い技術を持っていたが、実戦経験が圧倒的に足りなかった。
そのためサラスには実戦に近い戦闘を、徹底的に叩き込まれていた。
冒険者ギルドの昇級審査で高い評価を得られたのは、まさにその部分だ。
「せやけど俺が剣術を教えるのも、そろそろ限界やで。いくらなんでも、専門外やからな」
「まぁ、そうだよね。でもサラスの格闘術は役に立つから、それはそれで教わりたいんだけど」
「がめついうの。ええけど……剣術はリンダに教えてもらえ。話はしといたるから」
たしかリンダは、リアの旧パーティ『スパイクス』のメンバーだ。
『双拳』サラス、『影踏み』キーン、『スリ足』リンダ……そして『生還する者』リア・ランファースト。
どれもレーナでは、有名すぎる冒険者だ。
「リンダは怖いでぇ。リアですら、恐れとったしな」
「ふうん。でも強くなれるなら、なんでもいいよ」
そう言って、冒険者タグを服の中へしまう。
「ねぇ、サラス」
「なんや?」
「最近さ……魔族の討伐ばかりしてる黒ずくめの剣士がいるって話……聞いたことある?」
カーリャが、目を合わさずに聞く。
「あぁ〜、そういや噂になっとるな。依頼が貼られても、数日で討伐されるってやつやろ?」
「そうそう。匿名希望で仕事を受けているらしくて、誰がやっているのか分からないんだけど……そういうの、知る方法ってある?」
「そりゃあ、盗賊ギルドで情報買うしかないな」
「やっぱり、そうかぁ」
項垂れるカーリャに、サラスが首を傾げる。
「なんや? お前んとこ、有能な盗賊がおるやろ。レシーリアやったら、すぐに調べられると思うで?」
「そうなんだけどね」
やはり頭を抱えるカーリャ。
それはカーリャにとって、一番難しいことだ。
「単騎で魔族を倒せるのって、どれくらいの等級だと思う?」
「魔族いうても、ピンキリやからなぁ。ただ、あれだけ相手を選ばずに狩りまくるとなると、竜騎か、九頭龍あたりやろな」
「そんなの、サラスみたいな超有名な伝説級冒険者じゃん」
「せやな。あとは特効武器でも持ってれば、弎頭狼あたりでも可能かもしれへんな」
その言葉にカーリャは、思わず息をのんだ。
現在のレシーリアの等級については、誰も知らない。
しかし特効武器については、よく知っている。
カーリャはそれだけで、妙な胸騒ぎがしてしまうのだった。




