少年(2)
街道の旅は順調だった。
レーナには、あと三日もあれば着くだろう。
ここまで来れば野盗はともかく、モンスターと遭遇することもないはずだ。
「ルー、疲れてない? 大丈夫?」
レシーリアが振り返り、ルーに声をかける。
本来なら、馬を借りてもいい距離だ。
そうしなかったのは、急ぐことを避けていたからに他ならない。
失意の底から立ち直れないまま、両親に報告する自信がなかったのだ。
そのため徒歩での旅を選んだのだが、月魔術師の足には少しきつかっただろう。
「大丈夫だよ。ちょっと、喉が乾いただけ」
だから休憩をしないかと聞いたつもりなんだけど……と、レシーリアは心の中で呟いた。
実際にルーの足取りは重く、ペースも落ちている。
最近は子供扱いをすると怒るので、意地を張っているのだろう。
「体力のない月魔術師の……しかもお子様なんだから、疲れたならそう言っていいのよ?」
「それは偏見すぎるよ。僕は冒険に出ているから、学院の中でも体力がある方なんだよ?」
それを口を尖らせながら言うからお子様なのよ……と、やはり心の中で呟く。
レシーリアは、やれやれと自分の水袋に口を付ける。
そして無言のまま水袋を、ルーに投げ渡した。
「わぁ! いきなり投げないでよ!」
「いいから飲みなさい。ったく、世話がやけるんだから」
意地を張るのも結構なのだが、自己管理を怠っていては冒険者失格である。
もちろんレシーリアも、そこまで小言を言うつもりはない。
ただ単純に、背伸びをする必要はないのにと思うだけなのだ。
「なにしてんのよ。早く飲みなさいよ」
「いや、だって……」
ルーは水袋を両手で持ちながら、困ったような表情を浮かべる。
どうやら口を付けることに、躊躇をしているようだ。
「なによ。別に汚くないわよ?」
「そんなの、わかってるよ。というか、僕がそんな風に思うわけないでしょ」
今度は耳の先まで真っ赤にして、勢いよく水を飲み始める。
「なに怒ってんのよ」
レシーリアが腰に手を当てて、大めのため息をつく。
普通の人間より長く生きているレシーリアは、既に年頃の少年が持つ純朴な感情に疎くなっていた。
まさかルーが自分のことを『女性』として扱っているなんて、思ってもいなかったのだろう。
「怒ってないよ。それより、レシーリア」
「なに?」
「あそこ……なんか揉めてる感じに見えるんだけど」
ルーが水袋を手で返すと、そのまま街道外れに指をさした。
レシーリアもルーが指し示す方角へ、目を細めて注視する。
たしかに、数人の人影が見える。
数は四人。
小さな人影は、子供だろうか。
長い棒状の荷物を、大事そうに両手で抱えている。
他の三人は、それを奪おうとしているように見える。
というか身なりからして、あの三人は野盗だ。
「助けるよね?」
「当たり前でしょ」
レシーリアが素早い動きで、ショートボウを構える。
「相手は野盗よ。私が先に撃つから、ルーは魔法で……」
「ううん、レシーリア。この距離で奇襲をかけるなら、僕一人で大丈夫だよ」
ルーはそう言って両手を広げ、呪文を詠唱し始める。
『赤の月よ、常世の闇よりまどろみの雲を、今ここに』
なんの呪文なのかレシーリアには分からなかったが、その効果はすぐに現れた。
野盗と少年のまわりに紫がかった雲のようなものが生まれ、次々とその場に倒れてしまったのだ。
「月の眠り雲だよ。最近覚えたんだ」
「何回か、見たことあるわ。それにしても、随分と地味な魔法を覚えたわね」
「あんまり人とは、戦いたくないからね」
少し自慢げなルーに、思わず笑顔を返す。
そして良くやったわと、頭を撫でる。
子供扱いをされることに抵抗があるルーも、この時はなぜか嫌がらないでいた。
「これは色々と悪用できそうね。盗みとか、男漁りとか」
「そんなの、僕が協力するわけないでしょ?」
「なによ、ケチね」
笑いながらショートボウを背中にかけ、野盗と一緒に眠ってしまった少年のもとに向かう。
とりあえず、無傷で戦闘を避けられたのは大きい。
ルーがいなければ、できなかったことだ。
レシーリアにはルーの成長が、素直に嬉しく感じ取れていた。




