灰は灰に、塵は塵に(13)
一行は小高い丘の上で白亜の都市を見上げながら、冒険の幕が下ろされる瞬間を見守っていた。
都市の背後には白色の満月が現れ、夜の世界を照らし出している。
静かな夜だった。
時折草原を駆け抜ける風が、乾いた音を鳴らすだけだ。
一行は、いまだに言葉を交わしてない。
ただ黙って都市を見上げ続け、そのまま夜になってしまった。
この後の行動は、話し合うまでもなく決まっている。
“何でも屋”のタッドがいるベースキャンプまで戻り、馬でレーナへと帰るのだ。
だがその前に、この都市が消える瞬間を目に焼き付けておかねばならないと、全員が感じていた。
「無垢と再生をもたらす、白の満月──」
ルーは立ったまま都市を見上げるレシーリアの横に座り、ハープを鳴らし始めた。
それはレーナでもよく耳にする、白色の満月を祝う歌だった。
「なにが無垢と……再生、なのよ」
レシーリアが小さく呟く。
意気揚々と手付かずの遺跡に入り、この有様はなんだ。
実質リーダーであったリアを失い、守らなくてはならなかったユーンは灰となってしまった。
そして大事なパーティーとも、ちゃんと向き合えていない。
自分はユーンが死んでから、何もできていない。
「違う、レシーリア。それは、少し違う」
意外にも言葉を返してきたのは、サイだった。
寡黙で物静かなこの男は、実は誰よりも熱い感情で仲間を想っていた。
それは一行が今回の冒険で知れた、サイの新たな一面でもあった。
「前の金の満月の夜、ユーンは精霊の舞う丘で、死んだ恋人との再会を果たした。そこで、冒険者になる決意を固めた。そして次の白の月の周期に、ユーンは冒険者として戦い、死んだんだ」
「なにが言いたいのよ?」
レシーリアは、目を合わせずに聞き返す。
「彼女は“冒険”を成し遂げたんだ。確かに孤児院をつくる夢は果たせなかったが、冒険者として望んで生きられたんだ。だからきっと、恋人と同じところに行くはずだ。白の満月は、無垢と再生だ。そして次の金の満月の夜、ユーンの無垢な魂は霊道を通り、恋人と再会を果たしたあの丘で昇華され、新たな精霊に生まれ変わるんだ」
「精霊に……」
「そうだ、精霊魔法使いの俺が保証する。俺は見たんだ。ライフ・ヒルで、その奇跡の瞬間を」
サイが声を震わせる。
なんて、不器用な励まし方だ。
しかし涙を隠そうともしないこの男のまっすぐな言葉は、一行の心をも熱くさせた。
これで前に進めないようでは冒険者として失格だと、誰もが思えた。
「私は……たぶん、ずっとこの事を背負っていくわ。飲み込むことも、乗り越えることもできない。ただ、果たすべきことは果たしたい。必ず、果たしていくわ」
レシーリアは、何かを決意するかのように言葉を区切る。
前に進むための“何か”を、決意したのだ。
「カーリャ、あんたの気持ちを聞きたい」
誰よりも先頭で都市を見上げている、女剣士に問いかける。
前々から感じていたが、この女剣士はリアによく似ている。
死に対してどこか達観的で、仲間の死ですら受け入れていた。
すでに彼女には、剣士特有の死生観というものが、備わっているのかもしれない。
「変わらないよ。私は私のために、そして、みんなのために冒険を続ける。もっと強くなる、誰も死なせない、それだけだよ」
思っていた通りの答えだった。
アトムスクを倒した後、僅かに見せていた弱さはもう見えない。
この強さこそ、リーダーとしての資質そのものだ。
「私も、変わりません。旅の目的は変わるかもしれないけれど、冒険を続けます」
ハーミアが続いて答える。
「リアを……あの人を助け出すために、信仰に全てを捧げます」
それもまた、強い決意だ。
それは、人間になりたいという自らの願望に疑問を感じ、そしてそれが明らかに変わったことを意味している。
今のハーミアの望みは、全て片腕の剣士のためにあるのだと、誰よりもハーミア自身がそれを認識できていた。
「生きていると信じているのね?」
「はい。ザナは嘘を言いません。きっとザナの未来では、リアが見えていたんだと思います。生きてると言い切れるのは、きっとそういうこと」
プラティーンの未来視。
もしあそこでリアの死が確定していたなら、ザナなら予めその未来を予測し阻止していたはずだ。
そうしなかったのは、自分が介入しなくてもリアは生きて帰ってくると分かっていたからだろう。
しかしそれは……と、レシーリアが眉を寄せる。
「そう。でもそれは、ザナがいつかリアを必要とし、利用するということも意味しています。だから、私はそのために……私は私としてプラティーン様に願望を捧げ、リアを助け出します」
「強いわね、あなたは、ずっと」
ハーミアの中にはリアがいる。
リアが生きている限り、彼女は折れることがない。
それはとても危うい強さだが、今はそれでいいとレシーリアは思えた。
「あんたは、どうなの?」
隣で歌い続けるルーに問いかける。
しかしルーは首を横に振り、歌い続けた。
まるでそれは……
「そう。歌ってくれているのね、ユーンのために」
鎮魂歌として、鎮魂歌を歌わず、白の満月を祝う歌で。
魂の旅立ちを、死んだ男と再会することを願い、歌っているのだ。
「見て!」
カーリャが叫ぶ。
一行は何が起きたのか、一目で理解できた。
白亜の空中都市が、蜃気楼のように揺らぎ始めたのだ。
ユーンやリアを奪った都市が、消えようとしている、
なぜあれほど辛いことが起きた都市なのに憎々しく思えないのか、一行は不思議でならなかった。
それどころか、高ぶる感情を抑え切れないほどだ。
「またね、アニヘイムさん!」
カーリャが手を振り、魔法の小剣“フラッシュ”を引き抜く。
「またね、ルナール!」
小剣を掲げ、強く光を放つ。
それは、とても凝視できないほど強い光だった。
届け、ルナールに!
冒険をありがとう!
あなた達は孤独じゃない!
なぜなら、私たちは……
「私たちは忘れない。あなた達を、この冒険を、ユーンを!」
眩い光が閃光となって、闇を切り裂いていく。
すると都市がそれに応えるかのように強く輝き、そして音もなく消えてしまった。
一行は、これがこの冒険の幕なのだと、即座に理解できた。
「さよなら、ユーン」
カーリャが小袋から灰を取り出し、風に捧げる。
それはまるで雪のように、星空のように、さらさらと舞っていった。
やがてサイもそれに習い、ハーミアもそれに従う。
そして言葉をかわすことなく、丘を降り始めた。
残されたレシーリアも灰を手に取り、少し躊躇しながら風にのせた。
それを見届けたルーが歌を終え、同じように灰を空へと還す。
「なに泣いてんのよ、お子様」
見れば、ここまで平気そうだったルーが、大粒の涙をぼろぼろと溢していた。
「泣いてないよ」
ローブの袖で涙を拭うが、それでも涙は止まらなかった。
「強がらなくていいのよ。あんたは、まだ子供なんだから」
「違うよ。これは、レシーリアのぶんだよ」
泣きながら、ルーは言葉を続ける。
「みんなのために、枯らせたんでしょ? だから、僕が代わりに泣いてあげるんだ」
「はぁ、バカなの、あんた」
「大丈夫だよ、レシーリア。レシーリアには、みんながいるんだ。だから、一人で背負わないで大丈夫だよ」
小さな月魔術師が、ぎゅうと手を握ってくる。
「私は別に……」
「大丈夫だよ。今度は……僕が守るから。みんなも、レシーリアも」
あまりにも真っ直ぐな瞳に、思わず返事を詰まらせる。
「こっ……ほんと、お子様のくせに」
「僕は、真面目に言ってるんだ」
それは十分過ぎるほど、伝わっていた。
だからこそ、返事に困ってしまったのだ。
「そう。じゃぁ、まぁ、がんばって……」
そう言ってルーの手を引き、丘を降りようと促す。
「期待してあげるわ。ほんの少しだけね」
目を向けず、それだけを答えて。




