アクバル・モリアーティ ~擬人狼~
TEA-PRINCE本編では語られないキャラクターの過去を書きます。
TEA-PRINCE ORIGIN 擬人狼
アクバル・モリアーティ。後に擬人狼として知られる英雄。
彼は誰に銀狼流を習ったのか、何故アクバルは“赤き英雄”と巡り会う運命になったのか。これは、カメリアに訪れるまでの、アクバルの起原の物語。
*
深い山中。幻獣が生息していてもおかしくない場所に“武道館”がひっそりとあった。
武道館はそれ程大きくない。大御所というわけではなさそうだ。例えるなら中小企業といったところだろうか。
だが、そこから響く修行中の少年少女達の掛け声は鼓膜が破れるくらいの掛け声で正拳突き、前蹴りの練習をしている。
少年少女達の人数は僅か数十人。だが、少人数で叫ぶ掛け声は全ての獣を圧倒する程だ。
師範代「基本が出来なければ、銀狼流闘獣拳など、絶対に不可!!銀狼流は、月下を駆ける閃烈の拳法!!切り裂く柔拳!!」
師範代の言う事に「オー!!」と応える少年少女達。
師範代が教え子達に厳しく稽古していると、武道館の門を潜り、一人の老人が稽古場に現れた。老人の手には何やら白い布で何かを包んだものを抱えている。
師範代「し、師範!!」
老人はどうやらこの武道館の師範らしい。教え子達に稽古をしていた
師範代「皆のもの、一旦やめい!!」
師範代の指示に、ピタリと修業をやめ直立する修業生達。
師範代「ハウル師範、お帰りなさいませ。」
師範代に合わせて修業生達が「お帰りなさいませ!!」と
ハウル「うむ。私がいない間、ミッチリ稽古をしててくれたみたいだな。ホオロ。」
ホオロ「は。このホオロが厳しく指導しました。」
ハウル「ほっほっほ。お前達ホオロはどうだったかい?」
ハウル師範は修業生達に自分が不在の間のホオロを様子を聞いた。
「ホオロ先生、すぐ怒るんだよ。」
「ハウル師匠の方がいい。」
当然、教え子達はハウル師範の修行の方が楽しいと口を揃えて答えた。
反面、ホオロに対する評価は散々であり、当の本人は顔を真っ赤にし「何だと!?」と怒鳴った。
その様子をハウルは呑気に「がはは」と爆笑した。
ホオロ「良いかお前達!!ハウル師範はな、銀狼流の・・・」
ハウル「コラコラ、そこまでにしなさいホオロ。皆もホオロの事は大目に見てやってくれ。私から見ればホオロはまだまだ若造じゃ。」
ホオロ「むぅ・・・お、お師匠様。」
ハウル「それよりもお前達、ビッグニュースじゃ。見ろ。今日から私達の新しい“家族”じゃ。」
ハウルは自分が今、抱きかかえているもの教え子達に見せた。
その手元には玉の様な赤ん坊がグッスリと寝ている。
赤ん坊を見た女の子達は思わず「可愛い~」と口に出す。
ホオロ「この子供は?」
ハウル「ああ。道中で出会った“捨て子”じゃ。」
ホオロ「・・・す、捨て子?」
ハウル「そうじゃ。戦場を出歩いてたら母親の死体にしがみついてたわ。私がたまたま歩いてたから、この子は助かった。これも運命なのかもしれない。“私”と“お前達”の様に、な。」
ハウルは数十人いる弟子達を見渡し、この赤ん坊の出生について呟いた。
「ハウル師匠。赤ちゃんの名前は?」
幼い女の子の弟子が赤ん坊の名前について
ハウル「・・・うむ。この子の名前は“アクバル”。名字は私とアクバルが出会った場所“モリアーティ”じゃ。」
ホオロ「アクバル・モリアーティ・・・」
しみじみとした空気となる中、弟子の中から異議を唱えるものが現れた。
「て、また名字地名ですか。」
弟子の女の子のひとり、アマラ。双子の妹にカマラがおり、まだ十代にもいかない少女である。
アマラの態度を見ると自分も地名から付けられた名字を持っている。
ハウル「何がまた地名ですかじゃ。私はいつも立派な名前を考えておるのだぞ。アマラとカマラ、お前達の二人のシングという名字も立派じゃと思うぞ。」
アマラ「私には適当に付けてる感があってたまりませんが。」
カマラ「・・・同じく。」
ハウル「お、親の心子知らずめが・・・!」
ハウルは歯を噛み締めて涙を一つ流した。
✳
月日が流れ、赤ん坊はすくすくと育っていった。
当時武道館にいた年長の修行生は一人、また一人と自立して行った。
新しい修行生が入れば、年長の者が去って行く。
この繰り返しは恐らく永遠に続くだろう。
そして、十二年の時が経った。
あの赤ん坊は無事成長していた。だが、男の子だった故にかなりのヤンチャ坊主になってしまったが。まあ元気に育ってる証拠である。
アクバル「ほぉりゃー!!」
ハウル武道館。銀狼流闘獣拳の使い手ハウルが館長を務めている。
ここでは、主に孤児などの親を亡くした子度を引き取り、銀狼流を学ばせて成長させる事をコンセプトにしている。
十二年前に引き取られたアクバルはここで闘獣拳の修行をしている。
だが、彼の態度は真面目とは言いきれない。
掃除の時間なのに雑巾を投げて男友達と遊んでいた。
雑巾をボール代わりに、箒をバット代わりにして遊んでいる。最早野球だ。
だから、サボる度に師範代のホオロに叱られていた。
ホオロ「くぉら!!遊ぶな!!掃除しろおぉ!!」
アクバル「あ、手滑った。」
ホオロ「ぶっ!?」
故意でやったのかは不明だが投げた雑巾はホオロの顔面に直撃。
激怒したホオロはアクバルを追いかけ回す。
これが毎日行われている。
アクバルの先輩達はその光景を見て、いつも笑いのネタにしていた。
だがそんなヤンチャなアクバルをアマラは心配で仕方なかった。
アマラ「もう。アクバルったら。」
カマラ「いつもの事じゃない。驚く事ないよ。」
アマラ「せやけど・・・」
カマラ「ほらアマラ、また変な喋り方してる。」
アマラ「・・・!!」
アクバルのヤンチャっぷりに見ていられず、アマラは思わず、彼の前に現れ叱った。
アマラ「アクバル!!ええ加減にせぇ!!」
アクバル「・・・!!?」
アマラの突然の怒声に思わず、怖気付くアクバル。
アマラ「ちゃんと掃除しなくちゃアカンやろ!!」
アクバル「・・・う、うっさいな。アマラ。」
アマラ「うっさいやと!!?誰に向かって口聞いとんじゃ!!」
口答えしたアクバルに真っ赤に怒ったアマラはアクバルの腹に犬乱掌底を喰らわした。
犬乱掌底は、掌を狼や犬の爪や牙に見立てて、相手に放つ掌底。
銀狼流の基本の技で、多くの者がこれを使える。
威力も相当高く、アマラと放った掌底はアクバルも思わず、目玉や口などの顔のパーツが取れそうになるくらいで、終いには、アクバルは壁に叩きつけられ、腹を抱えながら悶えてしまった。
アクバル「こ、こ、こ、こ、こ、こ、」
アマラ「毎日毎日ホオロさんに迷惑かけて!!ええ加減にせぇよ!!」
アクバル「・・・う、う、う、」
アマラにはコンプレックスがあった。
それは大阪弁の様な、自分の訛った喋り方である。
幼少期からこの喋り方だったが、年頃の時期に矯正する為、普通の喋り方にする様努力した。
だが、根っこの部分は治っておらず、特に怒ると本来の大阪弁の様な喋り方になってしまう。
ホオロ「アクバル!!わかったんなら早く掃除・・・」
アマラ「ホオロさん!!アンタもですわ!!」
ホオロ「え?えぇ!?」
アマラ「アクバル如きに何手間取っとんねん!!師範代やろ!!しっかりせぇや!!」
ホオロ「い、いや、だ、だって、」
アマラ「言い訳すんな!!師範代!!もっと気迫持てぇい!!」
ホオロ「・・・す、すみません。」
情けない師範代である。
年下の妹弟子に説教されている。
実に情けない師範代である。
アクバル「いてて・・・」
ホオロ「・・・。」
アマラ「わかったんなら、返事せぇ!!」
アクバルとホオロ、口を揃えて「はい!!」と必死に答えた。
アマラは叱り終えると、妹のカマラの下へ向かった。
アマラ「おまたせ。」
カマラ「もう口汚いよアマラ。」
アマラ「アクバルが言う事聞かないからよ。」
アクバル「何で俺のせい!?」
アマラ「何か言った?」
アクバル「な、何でもありましぇん・・・」
*
ハウル「さぁーて、朝の厳しい鍛錬が終わって、お昼を食べた後はお勉強タイムじゃ。」
ハウルが黒板の前に立ち、チョークを片手に授業を開始した。
教室には教え子達がノートや教科書を開き、授業の態勢に入った。
ハウル「・・・む。」
授業内容は社会。それも銀狼流についてだ。
ところがハウルの機嫌が変わった。
教室の片隅に授業を受けず、寝てる者がいた。
ハウルはジーッと寝てる人間を凝視する。
ハウルが凝視するので、教室にいる教え子達もハウルの後に続いて寝てる生徒を凝視した。
アクバル「クカー」
寝てる生徒はやっぱりアクバルだった。
ヨダレが小川の様に口から流れている。
銀狼流を習う者達は真剣な人が多いが、その中でも、アクバルは不真面目で明らかに浮いていた。
ハウル「さーてーと、」
不敵な笑みを浮かべながら、指鳴らしをするハウル。
普段のニコニコとした笑みとは違う。顔には影が掛かり、ハウル師範の“闇”が露わになっていた。
空中を舞うハウル師範。
舞った直後、アクバルの苦痛の叫びが山を越え、峠を越えた。
ハウル「・・・ふん!!」
アクバル「ぎにゃー!!!?」
アクバルとは別の教室で、国語の授業をしていたアマラは呟く。
アマラ「また何かしたのね。ホントしょうがないんだから・・・」
*
武道館は毎日、アクバルのやんちゃな行動に振り回されていた。
だが、それが幸せで仕方なかった。
アクバルはこの武道館を早く出たいと思っていたが、同時にこの生活が永遠に続いて欲しいとも思っていた。
ホオロ「よーし。今日は野外での稽古だ。」
アクバル「わーい!!ピクニックだー!!」
ホオロ「ピクニックじゃねーよ!!」
アクバルのボケにホオロがツッコミを下す。
それを見て他の修行生が笑う。
しかし、ピクニックという表現はおかしい。
先程まで笑いに包まれた雰囲気は一気に無くなり、野外での厳しい修行が始まった。
まず、広大な湖を泳ぐ。
その次に山中で巨大な幻獣に挑む。
凶暴な幻獣は、修行生とはいえ銀狼流の使い手でも手を焼く。
例えば熊の幻獣ならば、その恐ろしく鋭い爪で修行生達を切り裂く。
この野外の修行は、地獄と言ってもいいのだ。
最後に崖を登る。所謂ロッククライミングに使う道具など無しで、握力のみで登って行く。力を緩めたら最後、真っ逆さまに落ちて死ぬのだ。
だから皆、必死に登る。死にたくない思いで一生懸命登るのだ。
師範のホオロは崖の上で修行生達を待つ。
ホオロ「登れぇ!!登れ!!死にてぇのか?!!登るんだよ!!」
この時のアクバルも先程のふざけた雰囲気は鳴りを潜め、歯を噛み締めながら崖を登る。
アクバル「(ホオロの野郎・・・登りきったら叩き落とす。)」
アクバルが先に登れば、当然遅れてくる者もいる。丁度アクバルの下で登っている修行生は体力的にも限界が来そうであった。
ホオロ「ほらお前ぇ!!休んでねぇで登るんだ!!」
だが、崖に掴まってるだけで限界であり、一向に進めなかった。
アクバルはすぐ下で登っている修行生を見下ろした。
その様子を見ると、もう掴まってるだけで必死だった。指先がプルプルと震えている。いつ落ちても可笑しくなかった。
アクバル「・・・待ってろ。」
アクバルは足場に気を使いながら、自分のすぐ下で登っている修行生の所へ行った。
アクバル「おい。大丈夫か?」
修行生は弱音を吐く。
「もう無理だ。登れないよう・・・いつ死んでも可笑しくないよ・・・」
するとアクバルは驚きの行動に出た。
アクバル「おい。俺の背中に掴まれ。一緒に運んでやる。」
修行生は唖然とした。そんな事、無理に決まっている。アクバルも相当体力が減っているはずだ。おんぶしながら登れば、アクバルも落ちたって可笑しくないはずだ。
だがアクバルは、いいから掴まれと、おんぶする覚悟は出来ていた。
修行生はアクバルの背に掴まる。
先程よりも背中が重くなり、登るスピードも圧倒的に落ちた。
だがアクバルは諦めず崖を登る。
握力は限界に来ていたが、気合と根性でどうにかなった。
その様子をホオロをはじめ、崖を登りきった修行生達が見守る。
そして、遂にアクバルの手はホオロの足元まで来た。
最後の力で崖を這い上がり、遂に到達。
修行生一人を背負いながらも、崖登りに成功したのだ。
修行生達はアクバルが登りきるのを見ると、歓声をあげた。
アクバルはクタクタで、その場で倒れ込む。
アクバル「はあ、はあ、はあ、」
ホオロ「アクバル、」
アクバル「あ?」
ホオロはアクバルに問う。
ホオロ「何故背負いながら登った?」
アクバル「・・・。」
ホオロ「お前ならこの崖くらいすぐに登れただろ?」
アクバル「・・・。」
アクバルは答えた。
アクバル「“狼は仲間を見捨てない”。」
ホオロ「・・・!!」
アクバル「仲間を見捨てる狼はいない。見捨てる狼はただのケダモノだ。」
ホオロ「・・・相変わらず、面白い奴だ。」
崖登りを終え、しばらく休憩した後、武道館へ向かい歩くホオロ達。
武道館に向かう間は走ったりする事はなく、自然をその身体に味わいながら、歩く。
ここだけ少しピクニックの様な感じであった。
アクバルに助けられた修行生は帰り道、アクバルに感謝を述べた。
「今日はありがとう。アクバル。」
お礼を言われたアクバルは照れながらも、返事をした。
その雰囲気を見ていたホオロとても良い気分になった。
普段はふざけてるアクバル。だが、彼の心には熱い魂というものがあった。ホオロはそれを実感出来た。
アクバル「当たり前や。ホオロとかいう薄情者とは大間違いやからな。」
アクバルがその言葉を発すると、皆が笑顔になる。笑顔になるというよりは爆笑と言った方が良いだろうか。
ホオロ「(アクバル、後で覚えてろよ。)」
さて、和やかな雰囲気に包まれながら、武道館の前に着いた。
ホオロ「・・・!!!?」
ホオロは戦慄した。武道館の入口である門の先に見えたのは血を流しながら倒れている修行生達だったのだ。
ホオロ達はすぐ様門を潜り、辺りを見渡した。
所々火事が起き、倒れている生徒達があちこちに存在した。
アクバル「ど、どういう事や!?」
ホオロ「わからない。お前ら、俺の後ろに・・・」
その時、アクバル達の前に黒服に包まれた男達が現れた。
ホオロ「そ、その身なり・・・“MAD”だな!!?」
アクバル「何だって!?」
修行生達は、あの世界一の犯罪組織“MAD”を見て、驚愕する。
何故“MAD”がこの山中にある武道館に襲撃したのだろうか。
ホオロは戦闘員のひとりに問い詰めた。
ホオロ「おい!!お前らMADがうちに何の用だ!!」
戦闘員の一人は答えた。
“俺達は頼まれた事をやってるだけだ”
“黒幕はこの古びた館の奥にいる”
“じじいと戦闘してるはずだ”
どうやらMADの他にも共に襲撃した人物がいるみたいだ。
じじいと言うのはハウルの事だろうか。
だとすれば師範が危ない。早く合流しなくてはならない。
だが、戦闘員は次にこう述べた。
“お前達もここにある者達と同様、屍になるのだ”
“俺達の仕事は、ハウル以外の者達を皆殺しにする事だ”
そして、MADの戦闘員達は剣や槍などの武器を持ち、アクバル達に襲い掛かった。
アクバル「このお!!」
ホオロ「でやあ!!」
アクバルとホオロ、そして修行生達は必死に抵抗する。
アクバル達は三十五人いるのに対し、向こうは十人と数が少ない。
銀狼流闘獣拳でMADの戦闘員に挑むが、まだ一人前ではない者達が多い事や、MADの戦闘員の実力が高い事もあり、次々と実力の低い者達から倒されていった。
アクバルは初めての戦闘に戸惑いながらも、挑んでいく。
しかし、心の中では仲間達が次々と撃破されていくのを見て動揺していた。
アクバル「キリがねぇ!!」
ホオロ「アクバル!!まずはハウル師範の安否を確認するんだ。」
アクバル「でも、どうやって!?」
ホオロ「ここにいる奴らを俺が食い止める。お前は隙を付いて館内の奥へ行け!!」
アクバル「わ、わかった。」
ホオロの作戦を戦いながら聞いていた修行生達はアクバルに全てを託す様に全力で挑む。
ホオロは、アクバルを上手く逃がす為、銀狼流の奥義を繰り出した。
ホオロ「銀狼流闘獣拳奥義・・・狼煙速攻!!」
狼煙速攻。ホオロは自らの分身を何人も生み出した。十五人くらいはいるだろう。
これにはMADの戦闘員も全員戸惑いを隠せなかった。
その技の原理は分身による幻惑と覚醒した超スピードである。
即ち目に見えている分身は残像であり、それを応用し、幻惑の如く分身を演出してるのだ。
そのスピードで襲い掛かる様子は狼の群れを表現している。
狼の群れの如く一人ずつ確実に攻撃しているのだ。
残像が出る程のスピードである為、いわば攻撃は一人しか絞れないが、分身の演出効果もあり、MADの戦闘員は分身が襲い掛かっている様な光景にしか見えなかった。
アクバルはこの隙を逃さず、一気に館内へ走り出した。
アクバル「・・・!!」
館内は血を流した修行生がバタバタと倒れている。
男女問わず、それも十二歳のアクバルよりも幼い子供も巻き込まれている。
逃げていた先に襲われたのだろうか。
アクバルが進む度、死傷した修行生達が瞳に映り込んでくる。
だが今のアクバルには気にもしなかった。
とにかく無我夢中で走り、ハウルの安否を調査する。
道中、アクバルの視界に倒れている女の子が映った。
その女の子の顔を見たアクバルはすぐに駆け付け、介抱する。
アクバル「カマラ!!カマラ!!」
カマラ「あ、アク・・・バル・・・。」
アクバル「どうしたんや!?何があったんや!?その“切り傷”はどうしたんだ!?」
カマラ「う・・・ぐっ」
カマラの体には刀で斬られた後が残っていた。幸い、傷は深くはなく、カマラ自身も意外としぶとい事もあり、何とか生命線を繋いでいた。
カマラ「へ、変な刀を持った黒い、ふ、服の男が攻めてきたの。速く行って、アクバル。」
アクバル「何だって?!」
カマラ「私は少し斬られただけで大丈夫だから。ハウル師範とお姉ちゃんを・・・」
アクバル「・・・お、おーい!!カマラを頼む!!」
アクバルは怪我を治しているものにカマラを任せ、アクバルはまた館内を走り回った。
アクバルは嫌な予感しかしてなかった。
カマラは怪我はしていたが助かった。
だけど、ハウル師範とアマラはどうだろう。
二人は既に殺られているんじゃないか。
いや、そんなはずはない。早く助けに向かわなくては。
アクバルは二人が無事だという事だけを考える事にした。
アクバル「・・・はあ、はあ、はあ、はあああ!?」
たどり着いた場所は武道館の中にある競技場。
競技場のまわりには大量出血した修行生が数人倒れ込んでいる。
だがアクバルが戦慄したのはそれではなかった。
競技場の上には“変な刀を持った男”とハウル師範がいた。
だがハウル師範は大の字でうつ伏せとなり倒れている。
競技場の回りで負傷している修行生の中にアマラの姿もある。
アクバル「あ、アマラ!!」
アマラ「・・・アクバル?」
アクバルはアマラの元へ思わず駆け寄った。
ハウル師範がやられてる事に気付いたアクバルだが、アマラが何とか無事だったので、アクバルも安堵の表現をしていた。
アクバルは無意識かもしれないが、普段の彼とは思えないくらいの子供のような笑顔となっていた。
アクバル「だ、大丈夫か?」
アマラ「・・・う、うん。」
アクバル「・・・!」
アクバルが睨んだ先には、ハウルを倒した謎の男の姿だった。
男の持つ刀、それは従来の刀から逸脱しており、三日月状のものであった。
黒いコートの上に甲冑を付けており、そこから漂う覇気というかオーラみたいなものは明らかに異形なものであった。
アクバル「お前、何をしたんだ!!」
男はアクバルの方に視線を向ける。アクバルの声に気付いたのか、瀕死のハウルがアクバルに警告した。
ハウル「よ、よせ!アクバル!!その男は、」
ハウルは男の名前を叫んだ。
その名前を聞いたアクバルは背筋が一気に凍った。瞬間的に冷凍した。
その男、“スカー・マーベリック”。
またの名を、“黒狼”。
銀狼流を学びし者達の間では、悪人として認識されている。
GOHなどの英雄達や裏社会などでも名が通っている。
三日月状の刀の名は“夜月見”。
その刃はたくさんの人間の血を狩り、奪った命が染み込んでいる。
ここの武道館の修行生達の多くもあの刀で切り伏せられた。
アクバル「お、お前が、スカー?」
スカー「・・・。」
アクバル「ハウルのじいちゃんが前言ってた凄い悪い奴だな。」
スカー「・・・慢心するな糞ガキ。逃げた方がいいぞ。」
ハウルはアクバルに叫ぶ。十二歳のアクバルが“黒狼”と呼ばれる男に勝てるわけがない。
急いで逃げる事を勧めた。
アマラも同じだ。一歩ずつスカーに近づくアクバルを必死に説得した。
力ずくでもアクバルを止めたいが、アマラの身体は負傷して思う様に動けなかった。
ハウル「バカモン!!何をやっとるんじゃアクバル!!逃げるんだぁ!!」
アマラ「やめてアクバル!!早く逃げて!!」
スカー「・・・敗者の叫びか。」
アクバルは遂に競技場の上に着き、スカーと向かい合う。
ハウル「お前如きが勝てるわけがない!!」
アクバル「うるさいぞ。じいちゃん。俺は逃げない。“狼”は逃げちゃダメなんだ。」
ハウル「そんな事言ってる場合じゃ・・・」
次の瞬間、ハウルは大きく吹っ飛び壁にへばりついてしまった。
スカーはハウルに刀の斬撃を放ち、ハウルを場外に出したのだ。
この一撃を食らったハウルは、更に血を流して深手を負ってしまい、気絶してしまった。
アクバル「じいちゃん!!」
スカー「小僧。俺とやる気か?」
アクバル「・・・てめぇ!」
スカー「そうだ。怒れ。本気を出してみろ。」
アクバル「・・・ああ。そのつもりだ!!」
素早い連撃。狼の如くスカーに襲い掛かるアクバルだが、スカーには一撃も当たらない。
風の如く、揺らめく草の如く避け続けるスカーは正に空間と同化して動いているのも当然だった。
アクバル「犬乱掌底!!」
犬の爪に見立てた強い掌底が炸裂。
アクバルはスカーの腹に目掛けて強烈な一撃を食らわした。
アクバルは殺意を込めて放ったので、確実に倒せたと思った。
だがその直後、非情な現実が突き刺さった。
スカー「銀狼流の基本中の技か。それがお前の奥義か?」
アクバル「・・・な!?」
渾身の力を込めた掌底は、スカーを倒す所か痛み一つも与える事すら出来なかった。
更に先程まで感じなかったスカーの気迫がアクバルを襲う。
一歩ずつ近づくスカーに対し、足が震えながら一歩ずつ退くアクバル。
呼吸も徐々に荒くなっていくアクバルだが、彼は既に恐怖に満たされていた。アマラに普段怒られるのとは違う。怖いもの無しだと思ったいた自分が初めて「本当の恐怖」を体験しているのだ。
スカー「・・・!!」
スカーの犬乱掌底がアクバルの溝うちに放たれた。
その時間は正に一瞬。その一瞬で勝負が着いてしまった。
溝うちをやられ、激しく苦しむアクバル。
そんなアクバルを見てスカーは容赦なしに近づいてくる。
スカー「言っただろ?逃げた方が良いって。」
アクバル「が、がっ、がは・・・」
スカーの瞳は毒が詰まっているかの様に輝き、刀の夜月見も妖しい気配を発していた。
“逃げていればこんな目に遭わずに済んだものを。”
“だが、お前の実力は高く評価しよう。”
“この道を極めれば何れは達人となれる。”
“親父と同じ様な人間になれるだろう。”
“だから、俺の敵となる若い芽はここで潰す。”
夜月見が振り下ろされた。鮮血が宙を舞い、辺り一面を紅蓮に変え、アクバルの叫びが武道館に響いた。
本来斬られたはずだったアクバルは無事だった。
何故ならば、アクバルを庇いアマラがスカーの前に立ち、代わりに斬られたからだ。
アマラの身体からは血が噴水の様に流れ、一時は鮮血の雨が降った。
アマラ「あ、く、ばる・・・」
アクバル「アマラ!!アマラ!!」
スカー「・・・。」
意識が薄れていくアマラを抱き、彼女の名前を叫ぶアクバル。
スカー「・・・アクバル、と言ったな?」
アクバル「・・・!!」
アクバルは瞳を狼の様に鋭くし、スカーを睨む。睨まれても尚、スカーは平然としている。
スカー「お前は生きるチャンスを与えられた。」
アクバル「・・・!」
スカー「その女子は己の命に替えてでも、お前を助けたかった。それに免じて見逃してやる。」
アクバル「・・・!!」
スカー「忘れるな。お前は俺の“敵”となる事を。」
スカーはそれだけ言い残すと、高く飛び上がり、武道館の屋根を渡りながら去って行った。
スカーが去った直後、遅れてホオロとカマラが競技場へ着いた。
カマラ「アマラ!!」
ホオロ「ハウル師範!!」
ホオロはハウルの元へ、カマラはアマラを抱くアクバルの元へ走った。
ホオロはハウルの脈を確認すると、まだ意識がある事が判明した。
しかし、アマラはもう手遅れだった。アクバルはひたすらアマラの名前を叫び、命を繋げようとするが、アマラはもう自分が助からないと気づいていた。
アマラ「アクバル、聞いて。」
アクバル「い、嫌だ!生き残るんだ!!ここで死んじゃダメだ!!」
アマラ「アクバル、す、スカーの言う通りや。」
アクバル「・・・何が?!」
アマラ「アクバルは生きるチャンスをくれたんや。私、気付いたらね、アクバルを助けようと勝手に身体が動いてた。」
アクバル「・・・。」
アマラの話を漸く聞くようになるアクバル。彼女の話を最後まで聞き続けた。
“生きる事は、死ぬ事よりずっと辛い事や。せやけど、少ない命を持って、自分が生きるワケを探すんや。アクバル、アンタは親がいない子供として生まれて来たわけやけど、絶対幸せが降りてくる。せやから、精一杯生きろ。ええな?”
その言葉にアクバルは頷く事しか出来なかった。
“ありがとう。私と約束や。”
後から駆けつけたカマラにもアマラは最後の言葉を残した。
“カマラ、双子やけど多分私の方が姉ちゃんやから、姉ちゃんの最後の頼み聞いてくれ。カマラ、私の分までずっとずっと生きとってくれ。そんで、アクバルを、お願い。”
カマラもまた、アマラの言葉に頷く事しか出来なかった。
“二人共、ありがとう・・・”
アマラは二度と声を発さなかった。安らかに天国へと旅立った。
“姉”同然だったアクバル。そして、血の繋がった双子の姉妹であったカマラは泣き叫んだ。
その日、スカーとMADの襲来があった事を忘れたかの様に泣き続けた。
その日を境にアクバルの生き方は大きく変わって行く。
*
四週間後、アクバルの表情は虚ろと化していた。
修行中でもおふざけが無くなり、口数が少なくなった。
人が変わった様に無愛想になったアクバルは人にも冷たくなった。
ホオロはそんなアクバルを心配していた。
アクバルのおふざけは毎回困ったものであったが、それが無くなると凄く違和感がした。
ホオロはカマラと、スカーとの事件で後遺症が発生し、布団に寝込む様になってたハウルと三人で相談を始めた。
ホオロ「あれからアクバルの奴、ふざける事も無くなりましたが、アクバルらしくないと思うんです。」
カマラ「しょうがないわ。だって、アマラが亡くなって、まだ四週間しか経ってないから。」
ハウル「済まぬ。全て、わしのせいだ。」
ホオロ「そんな、師範の所為では・・・」
ハウル「いや、スカーは・・・」
カマラ「どうしたん事ですか?」
ハウル「・・・。」
ハウルは二人に知られざる真実を告げた。
ハウル「スカーは・・・わしの“息子”なんだ。」
ホオロとカマラの二人は驚きのあまり硬直した。
そんな二人をお構い無しにハウルはスカーとの関係を話した。
ハウルとスカーは正真正銘の親子であった。
ハウルが中年の頃に、スカーをもうけたが、妻は流行した病が原因で武道館に医療設備が備わっていなかった事もあり、産んで間もなくして亡くなってしまった。
妻を失った悲しみを堪え、男手ひとつでスカーを立派な戦士にすべく育てる事を決意した。
スカーはいつか自分の跡を継ぎ、武道館の館長になる。だから他の修行生とは比べ物にならないくらい厳しく育てた。
おかげでスカーはかなりの実力者となり、好戦的な部分を除けば、立派な男となった。
いつかはハウルを超えるであろうくらいの武術家となる。いや、なるはずであった。
ハウル「・・・“漆黒闘神”が死んだ。」
この世の天下人、謂わば世界の支配者となっていた“漆黒闘神”が何者かに討たれた。
そう、“紅蓮戦神”の誕生であった。
“世界最強”にして“世界最恐”の英雄、紅蓮戦神は異名通りの修羅であった。
有名どころから隠れた実力者など、強者達へ挑み、勝利して討ってきた。
漆黒闘神が討たれた事件から数十日後、運悪い展開が起きた。
ハウルの噂をどこで聞いたのか、この武道館に紅蓮戦神がやってきたのだ。
当然、紅蓮戦神に戦いに挑めば負けて殺される。
ハウルは戦闘を拒否し、何とかやり過ごそうと考えた。
紅蓮戦神から放たれる気迫は当時の修行生達をガクガクに震え上がらせ、幼い子供や女の子は恐怖で涙が止まらないくらいであった。
この子達を置いて死ぬわけにはいかない。戦う意思はない事を伝え、去ってもらおうと思った。
だが、そんなハウルの姿を見たスカーはとんでもない行動を起こした。
スカー「だったら俺が相手になる!!」
好戦的な性格が災い、スカーは紅蓮戦神に挑もうとした。
紅蓮戦神から見たスカーはそこらの修行生と変わらず、相手にしなかった。
無視して帰る紅蓮戦神をスカーは許せず、無謀にも襲いかかった。
ハウル「スカー!!よせ!!」
スカーの拳は止まった。
渾身の一撃が紅蓮戦神の顔の面具に炸裂したのだ。
面具は壊れなかったが、確かな威力であった。
だがスカーの自信に満ちた表情は変わった。
確かな手応えだったが、紅蓮戦神に効果はなく、寧ろ彼の威圧感がスカーを取り組み、彼の身体を小刻みに震え上がらせる。
武器である槍を持っていた紅蓮戦神はその場に置くと、反応出来ない速度で拳を放ち、その次に拳、またその次に拳、そして蹴りを止まらず入れ、スカーを一瞬で満身創痍にさせた。
顔が腫れ、全身ボロボロで無様な姿になったスカーを紅蓮戦神はこう言う。
紅蓮戦神「・・・かませ犬。」
紅蓮戦神が去った後、スカーをすぐに手当した。
命こそ取られずに済み、ハウルはホッとした。これで全てが終わったと思っていたがスカーはある野望を抱いてしまった。
“この武道館を出ていく”
その後、ハウルとスカーは決闘した。
武道館を出て、外の世界へ行くと決意したスカーをハウルは大反対したのだ。
お互いの意見は変わらず、遂に決闘となる。
ハウルの勝利に終わったが、下らない野望を持ったスカーを見限り、勘当した。
こうして、親子の縁は終わった。
ハウル「だがスカーは実力を付け、おまけにMADと手を組み、わしを殺しに来た。」
ホオロ「そんな!!?ハウル師範を倒す目的なら何故!?」
ハウル「本気のわしと戦いたかったのであろう。わしを怒らせ、闘志を剥き出しになったわしを倒したかったんじゃ。きっと。」
カマラ「酷い・・・」
ハウルは真実を話し終えると、廊下にいる者に声を掛けた。
ハウル「・・・アクバル、怒らないから出てきなさい。」
戸が勝手に開く。
外で修行していたはずのアクバルは今の話をこっそり聞いていたのだ。
ホオロ「・・・聞いていたのか?」
アクバル「・・・聞いた。」
カマラ「アクバル、変な気は起こさないで。」
ホオロ「そうだ。お前はもっと強く・・・」
アクバル「目標が出来た。」
アクバルの瞳は憤怒に満ちている。
アクバル「俺はスカーを許さない。そして、スカーとじいちゃんを狂わせた“紅蓮戦神”を許さない。」
ホオロ「アクバル・・・!?」
アクバル「俺は絶対ここを出る。」
カマラ「待って!!早まんないで!!」
アクバル「二人は悔しくないのか!!」
ホオロ「悔しい・・・?これは仇討ちとかそういう問題じゃないぞ。お前如きに何が出来る!?」
ホオロは立ち上がり、アクバルに詰め寄る。
二人は衝突しようとなる。
ハウル「やめなさい!!」
普段から怒る事のないハウルが激昂した。
これに驚き、我に帰るアクバルとホオロ。
カマラも唖然とした顔でハウルを見た。
ハウル「もう戦いはこりごりじゃ。ルール無き試合は悲しみしか生まれん。」
カマラ「・・・おじいちゃん。」
ハウル「アクバル、」
アクバル「・・・何だ?」
ハウル「その意志が本望ならば、貫き通しなさい。」
アクバル「・・・。」
ハウルの話を黙って聞くアクバル。
ハウル「お前の決意を止める権利はわしにはない。ホオロにもカマラにもな。お前は早くここを出たいと言ってたな。ならばそれを認めよう。」
アクバル「・・・!!」
ハウル「ただし、お前はまだ12じゃ。出ていくには若すぎる。せめて後3年。後3年はここで基礎を固めるのじゃ。銀狼流の基礎を身につけ、ここを去るのだ。良いな?」
アクバル「3年か・・・わかった。その間に出来るだけ強くなる。だけど基礎だけじゃない。ここで身に付けられるものはなるべく全部修得する!!」
ハウル「・・・それでよし。」
アクバルはハウルの思いを受け入れ、ハウルもアクバルの思いを受け入れた。
*
アマラを亡くした悲劇から三年が経過した。
銀狼流闘獣拳奥義 狼煙速攻を披露する男がいる。
ホオロ「何!?」
無数の分身、残像が残る程のスピードでホオロを圧倒し、彼を地に伏せさせた。
男は倒れたホオロに手を伸ばし、ホオロも彼の手を取った。
ホオロ「スッゲー強くなったよ。お前は。」
ホオロを倒した男はアマラを失った悲しみを超え、成長したアクバルであった。
どうやらその間に人柄も変わった様子である。
アクバル「ホンマかぁ?自分が弱くなっただけちゃうん?」
ホオロ「腹立たしいな!!」
二人の戦いを見守るカマラとハウルの姿もある。
ハウルは車椅子での生活を余儀なくされ、カマラに引いてもらっていた。
カマラ「アクバル、ホントに強くなったね。この三年間の内に。」
ハウル「ああ。まだまだって所もあるが、こんな老いぼれが否定する権利はない。」
会話するカマラとハウルの元にアクバルが行く。
アクバル「どうや?俺強くなったと思わへん?」
カマラ「強くなったし、口調も凄く変わった。」
ハウル「気持ち悪いわ。」
アクバル「何やとー!!」
ハウル「これこれ。まあとにかく、本当に行くんじゃな。」
アクバル「・・・ああ。」
アクバルは外へ出かける上着を着て、リュックを背負った。
ハウル「・・・“カメリア王国”はいい所じゃぞ。」
アクバル「・・・飯も美味いんかな?」
ハウル「美味いに決まっておる。」
ホオロ「おいおい。折角の旅立ちなのに何で旅行に行く気分なんだ?」
アクバルはまずカメリア王国に行くと決めていた。
何故ならば、そこの国の学校が自分みたいな余所者でも受け入れ態勢を取っているからだ。
また、カメリア王国は比較的治安が良い国とも聞くので世間知らずなアクバルにはピッタリな国だったからだ。
だが、アクバルのテンションはどちらかと言うと、旅行に行くような感じで浮かれていた。
アクバル「ええやん!!別に!!」
ホオロ「ま、いいけどさ。アクバル、元気でな。」
アクバル「ああ。ここは任せたで。」
ホオロとアクバルは硬い握手を交わした。
カマラ「・・・アクバル、」
アクバル「・・・カマラ、今までありがとうな。」
カマラは涙目になりながら、アクバルをギュッと抱きしめた。
アクバルも彼女の背中に手を伸ばし、抱き返す。
そして、カマラが離れるとアクバルは彼女を揶揄った。
アクバル「何やねんホンマに。母ちゃんか自分は!!」
カマラ「なんだとー!目にゴミが入っただけよ!!」
そして、師匠ハウルの前に立ち、御挨拶をする。
アクバル「長い間、お世話になりました。“師匠”。」
ハウル「“師匠”か。わしもお前を見届ける事が出来て良かったわ。元気でな。」
すると、アクバルは顔をあげず暫く硬直する。ハウルはニコニコとしながら彼を宥めた。
ハウル「泣くな。これは“別れ”でも“良い別れ”なのだ。そして、お前が信じた道だ。笑顔になっておくれ。」
アクバルの瞳は流れる川の様に雫が溢れていたが、師匠に励まされ、すぐに涙を拭いた。
アクバル「そ、そうやな。」
ハウル「アクバル、スカーを倒す事が目標ならばわしは止めない。だが大切なのはアマラやあの日死んでいった修行生達の分まで頑張って生きる事じゃ。」
アクバル「・・・。」
ハウル「辛い事もあるが、嬉しい事もある。沢山の“仲間”にも出会う。まずカメリアに着いたら“何をするか”を考えなさい。」
アクバル「ああ。長生きしろや。じいちゃん。」
荷物をまとめ、沢山の修行生達に見送られたアクバルは今日、この武道館を出て行く。
武道館の門を潜り、アクバルは見送るホオロとカマラ、そしてハウルと後輩の修行生達に手を振り、笑顔に満ちた顔で去っていった。
武道館が遠くなると、アクバルは顔を前に向け、まっすぐ歩き出した。
アクバルが蟻の様に小さくなっていく。見えなくなるまでハウル達は彼の旅立ちを見届けた。
その後、アクバルはとある街の船乗り場でウロチョロしていた。
アクバル「どれに乗ればええんやろうな・・・」
カメリア王国行きの船がわからなくなったので、アクバルは他の人に聞いてみる事に。
だが声を掛けても誰も反応せず、無視されてばかりであった。
アクバル「あーもう!!何でや!!何で皆無視するんや!!」
苛立つアクバルだったが、やっとこさで自分に反応してくれた人に出会えた。
アクバル「あ、すみません。そのぉ・・・えつっとぉ・・・」
相手は自分と年が変わらぬ女の子であった。
女の子の背中には何やら大きいゴルフバックの様な荷物がある。だが彼女の服装は兵士が着るような緑色のもので構成されていた。
「・・・船乗るの、初めて?」
話がわかると判断したアクバルはそのままどうしたいかを女の子に話した。
アクバル「せ、せや。カメリア王国行きっちゅうのに乗りたいんやけどどうも右往左往しちまってわかんないんですわ。」
兵士の身なりした女の子は快く教えてくれた。
「カメリア王国行きに乗りたいなら、4番の船乗り場よ。」
悩みが解決したアクバルはその女の子に大変感謝し、すぐに駆け出して4番船乗り場へ向かった。
アクバル「ほな!!おおきに!!」
珍しい喋り方をするアクバルを見て、女の子は唖然とした。
「変な喋り方・・・」
女の子の方も自身が乗る船に向かった。
この時、互いに気付いていないが、後に運命的な再開を果たす事になる。
*
その夜、ハウルは武道館の中庭で星を眺めていた。
車椅子に座り、綺麗な星空を眺めていた。
ハウル「・・・珍しいお客さんだ。」
彼の隣に突如として現れた赤い鎧を着た男。
ハウル「お前さんが有名になってから世界は色々と変わったなぁ」
赤い鎧を着た男は誰がどう見ても間違いなく、“世界最強の英雄”、紅蓮戦神であった。
紅蓮戦神「ああ。偶偶近くに来たからついでに寄ってみた。そうしたら老いぼれになった貴様がいた。」
ハウル「・・・もう老いぼれじゃあなくなるがな。」
紅蓮戦神「・・・。」
ハウル「・・・カマラが来ないから一人寂しく“逝く”かと思っていたが、お前さんが来てくれて助かったわい。」
紅蓮戦神「・・・残す事はないのか?」
ハウル「もう全部消化した。この日の為だけにわしは生き続けた。もうすぐ、わしの“命の火”も消える。」
紅蓮戦神「・・・そうか。」
ハウル「・・・子供達にはスマンが、わしもそろそろ行かなければならん。紅蓮戦神であるお前さんで良ければ見送ってくれ。」
紅蓮戦神「・・・ああ。」
ハウル「・・・最後に出会えて良かった。」
ハウルの声は遠くなり、瞳が徐々に瞼で隠されていく。
ハウル「・・・。」
紅蓮戦神「・・・また一人、強者を見送った。」
ハウルは二度と喋らなかった。そして、起きる事もなかった。
後から向かえに来たカマラだったが、そこに紅蓮戦神の姿はなく、また、彼女が異変に気付いたのは翌日の朝であり、それまでは気持ち良く寝てしまったとしか思わなかったのであった。
*
やがて、アクバルの乗った船はカメリア王国に無事到着した。
ここで彼は新たな生活が待っている。
アクバル・モリアーティの物語は終わりではない。ここから始まるのである。
TEA-PRINCE ORIGIN 擬人狼 “end”
まず、読んでくれてありがとう。
読み安かったですか?
何処か気になった部分はありますか?
心に収めとくのも良いですが、感想ページで少し書いてみるのもどうでしょう?
何故このシリーズを書こうかと思った所、「回想を挟めば物語があまり進まなくなり、読者が疲れる」というデメリットをなるべく解消する為、外伝という形で書く事にしました。
TEA-PRINCE本編と直接リンクしている為、こちらも読めばより面白く感じると思います。
尚、本編でも必要最低限のキャラクターの過去や回想を書くつもりですので、ご了承ください。