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1‐1王都レシェンテの一日

一か月前、見知らぬ街で目覚めた。それ以前の記憶は定かではない。

まるでネット検索で出てきた中世ヨーロッパのような景色。知識は疎いが、それでも一目見て美しいと分かる様式の家々が立ち並ぶ石造りの瀟洒な街。

異世界に来たと実感して色めき立った。

主人公として―――最強無双できる、と。


だがそれもつかの間。すぐに失望に変わった。

この異世界での俺は女の身体で、チートも持っていないひ弱な孤児だったからだ。


「はぁ~…こんな街で燻るなんて嫌だ。」

と、嘆息する。

俺が今いる場所は美しいこの街の陰部。通称”どん詰まり”と蔑まれる貧民街である。

―――目覚めた後、しばらく見学していたら、軽装の兵士たちが現れてひどく叱りつけながら、俺を乱暴につまみだした。途方に暮れて行き着く先はこの掃溜めのような場所だった。

街が清涼で綺麗なのは隔離したこの辺りに浮浪者とかを押し付けたからだ。肉体労働者が何日も洗わなかったような汗まみれの服を平然と来ている。だから悍ましい臭いがこの辺りには漂っているわけで。

悪夢。そうとしかいいようがなかった。


「おえっぷ…。」

今日何度目かの吐き気を催す。住めば都というが、そんなことを言うなら一度でも住んでみればいい…。



逃れるように自由市場と呼ばれるところに向かう。

自由広場はその名の通り、厳しい身分制度で市民が区別されるこの街においても立ち入り制限がないフリーエリア。

そこを貸し切って露天市場が開催されている。

今日はかき入れ時の週末だけあってか、人の賑わいも多い。普通の街にある常設市場と違い、外からの行商人が店を開く。交渉次第で破格の品が仕入れられるとあって、真剣に買い物客が店主と喧々諤々と話し合っている。

その騒々しさに眩暈がしそうなくらい。


この自由広場には何度も通っている。まあ住処となるあの”どん詰まり”にできる限り居たくないという心理が大きいが、それだけじゃない。

街歩き。これは情報収集の基本だ。

こんな零落れた身分に己が身をやつしていても、立身出世の欲は存分にある。

現実を知った時の失望は自分自身というよりも、この街の現状に向けられたものなのだ。

で、この街がアステールの王国にあるレシェンテと呼ばれる王都であること。この街の美しい部分は先々代の王が財をはたいて造営させた都市計画によるものらしい。

王の膝元だけあってか、身分が低ければ街の中ですら移動の制限が与えられる。貧民街に落とされた者は塀に囲まれ、街の外にも出られず、刑務所のような暮らしを送る。

この方針を先王からより強めたのは在位しているトロア一世でその手腕は評判が二分している。ことあるごとに処刑。パンを盗んでむち打ち。それが奴隷であれば主人とともに行われる。

トロア一世が掲げるのは”法の下に厳格”。王国の体制は中世というより近世ヨーロッパの絶対王政っぽい。


こういったネタはほぼ行商人から得ている。インターネットやテレビどころか書籍や新聞もまともに出回らないであろうこの世界で情報とは人から得るもので、必要とあれば大陸中を移動する彼らから集めるのは至極当然という物だ。

でも身汚い服装の俺を見て、殆どは商売の邪魔になる!と、拒絶されることが多い。

そうなると罵りへのストレス耐性が低い現代っ子の俺は涙目でその場を後にするのだが、時折同情心から話だけでも聞いてくれる人もいないことはなかった。

その貴重な一人に俺がひらひらっと手を振る。


「ラニー、おひさ。」

相手はラニーという少女。よく銭袋を眺めてはにやけるマネーにゾッコンな守銭奴。なのに人には優しいという。とっても美少女。金髪碧眼というお嬢様然とした感じだが、やけに親近感のある態度で接してくる。

行商といっても彼女の場合、王都周辺を相手に行っているらしく、数日開けてはここにもどってきて露店を広げる商売をしているようで、ウィンドウショッピング的な意味で常連だった俺と顔見知りになるのも時間の問題だった。


「ん?……なぁーんだ、サラサラ。また社会のお勉強にきた?」


「まあ…そんなところ。で、ラニー。サラサラって何なの…。」

この短い付き合いの間で掴んだ彼女の特徴はすぐ人や生き物に妙な仇名をつける癖。

なんと、この自由広場に住む大半の犬猫に命名しており、しかもご丁寧にネームタグまで付けている。

とうとう俺にまで…。


「んー、孤児でそんな汚い服を着てる割には白髪は艶があってちゃんと梳かせばサラサラになりそうな感じでしょ?だから。」

あっけらかんとした言いぶりに、


「はぁ。」

と、絶句して言葉を返せない。

だがそんな変な名前でも有り難く頂戴しようではないか。よくよく考えたら赤の他人なのに名づけもしてくれるなんてありえない。

それにしてもラニーが名付け親か。信頼が置ける友達といえば彼女だけだし、いいいかもしれないな…。


「あら、顔が赤い。そんなに嬉しかった?まあ感謝してよね。名前を付けるのだって魔法使いの占いに頼んだら金がかかるんだから。」


「…お仕着せがましい。」

照れ隠しに小さく抗議しておいた。



「———で、勇者とかいうのを異世界から召喚しようっていう話が進んでて、姫様が毎日ずっと聖堂に通いつめて来る勇者のために祈りを捧げているらしいわ。儀式までまだ一週間くらい先なのに先の心配をするなんて健気よね~。」

卑しい商人の私には絶対無理~、と冗談めかしてラニーは言った。


うん、それは期待してない。と内心思いつつ、勇者について考える。その勇者がボクと同じ出身である可能性についてだ。

風の噂では既に耳にしていたが、この世界は魔王という存在がいて、その活動期がやってくると対抗馬として勇者を召喚するのが習わしというRPGっぽいところがあるらしい。

魔王打倒という明確な使命を追ってやってくる勇者は間違いなく神様の恩恵チートで得た力を携えてやってくるだろう。うらやま死ねばいいとおもった。

それがもうすぐ来るということは世の中は荒れる。

異世界人としての立場からこの世界の状況をメタ的に言えばこれが物語が動き出す、ということだろう。さて、と。


「ラニー。頼みたいことが。」

実は情報集めは本題ではないのだ。


「うん?いいよ。それは商人として叶えられることかな?それとも…。」

世間話モードから商売モードに戻って真剣な眼差しになった彼女に俺は懐にしまっていたある代物を提示した。

それは濃い紫色のアメシストのような鉱石。小さなビー玉大のそれをごろごろと三十個ほど並べて置く。


「‥‥‥‥‥‥‥‥‥、はいぃいいいい!?これってまさか!」


「声が大きい。周りに聞かれる。」


「ああ、そうね。…コレすごい高純度な魔石じゃない。こんなものアンタがどうやって…。ねえ、商売をするからには信頼が大事よ。私にこれを買い取らせたいなら、きちんと納得のいく説明をお願いできる?」


「分かった。何を隠そう。オレが結晶化して作り出した。」


魔石とは魔力を凝集した結晶の塊のことである。

この世界の種族は生来の器官で体内の魔力を直接魔法として操ることができる。

が、人間だけはまず魔力を体外に放出し、魔石として結晶化(クリスタライズ)しなければ魔法を行使できないという欠点を持ち、ゆえに魔石は人間の魔法使いにとって必需品となっているのだ。



「でも、結晶化には気力を消耗するはず。しかもこれだけの純度で作るには相当の気力を注ぎ込まないといけないし、そんなことしたら一瞬で飢えちゃうわよ。商売に全然向かない。貴族が道楽でやることといわれるくらいで、ましてやアンタは孤児でしょ?こういっちゃ悪いけど教会のお零れに預かるしかないのにどうやってそれだけの量の魔石を作り出せるほど気力に余りがあるっていうのよ。」


「簡単。油。それだけでいい。」


「…え、は?」


「結晶化に使うのは気力なんて言う曖昧なものじゃない。気力と呼んでいるのは活動するためのカロリー。ああ、カロリーっていうのは体を動かすために必要な食物の栄養のこと。まあそれを気力と呼ぶのはあながち間違ってはいない。で、カロリーさえ取り込めれば何でもいい。栄養バランスなんて関係ない。最もカロリー量が多いもの。つまり油分。もちろんバターとかオリーブオイルとかそんなものは当然手に入らないが、廃油ならたんまりと手に入る。はじめは胃が受け付けてくれなかったけど、できるようにした(・・・・・・・・)。そうすれば魔石をいくらでも量産できるようになるから。」


そんなことを得意げに話したのだが、ガシッと両肩を掴まれた。


「サラサラ、そんなことは即刻止めて。確かにそんな方法で魔石を作るなんて私も考えつかなかったわ。でも、そりゃそうよ。そんな恐ろしいこと誰が試すっていうのよ。」


「味はない。舌が麻痺してるのかもしれないけどどうってことないよ。それにそうしないと魔石が作れないし。」


「いいから!とりあえず、この石は見た感じ一個でだいたい銀貨一枚くらいの価値はあるから、合わせて銀貨三十枚分になる。これで身分証のランクアップ請求費も稼げる。」


「…?」


「知らなかったわよね。身分は一生変わらない、そういうイメージがあるけど違うのよ。現実としてはゼロに等しいけど、身分を買い取れば奴隷でさえ市民に戻れるわけ。実は私も本当は大商店に入りたかったけど相応しい身分を買えなかったから、それでこんな行商人になった口よ。今じゃこっちの方が商売しやすくて離れる気にはならないけれどね。」


「え、ラニーはどこぞの良家のお嬢様かと思ってた。高貴そうな青い目をしているから。」

あと金髪ツインテールだし。これでお嬢様じゃないなんて。


「くっ…ナチュラルに心を射抜いてくるわね…。でも私はただの外民よ。下手すればアンタよりも信用のない街の外の人間ってこと。そんなんだから日々の暮らしで精一杯。アンタの苦労を知っていても、話し相手になるしかできなかった。まさか油を飲んでまで魔石を作ろうと思うくらい追い詰められてたなんて、ね。私としたことが…。」


「いや話を聞いてくれただけ、良い。」


「とにかく!もうやらないでほしいけど、その身を削る努力は無駄じゃなかったわ。これだけの魔石があれば、私でなくても欲しがる人がいる。ただ孤児がこれだけの純度の魔石を作れる魔力があると知られると色々とまずいから、私がとりあえず仲立ちして口の堅い知り合いの商人に話をつけてあげるわよ。」

そういうと彼女は魔石をまとめて袋に詰めると、店じまいを始めた。


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