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6.外法士

 妙だ、と嵐は感じていた。空気が澱んでいる。ほとんど目視できるほどに空気の粘度が高まり、胸を圧迫してくる。

(これが邪神の眷属の生息する空気なのか)

 紅珠の語る話が真実なら、今自分たちの周囲を飛び交うものは現実には存在するはずのない幻獣どもである。幻獣とは神話や民話の中に登場する異形の怪物ども。人の意識の闇に住まうもの。それが顕在化するとは、いかなる事情によるものなのだろうか。思考に沈みそうになる嵐の鼻先を、重い空気がよぎる。嵐は手で空気を掻き回すと、ふうっと息を吐いた。不快な空気が嵐の感覚をひどく刺激する。甘い香りがする。甘く重く、頭の芯をちりちりと揺さぶる香り。

(――『危険』、だな)

特に理由はなく、嵐の感覚はそう判断する。気をしっかりと保っていないとどうなるかわからない、そう感じさせるものが、この香りにはある。

「のう、おぬし大丈夫か?この香りは――」

 そっと傍らの紅珠に声をかける。紅珠はその声にちらりと視線を向けたが、何も言わず軽く頷いただけで再び視線を前方に戻した。その視線が鋭く数十歩先にまで迫った洞窟に据えられている。嵐の感覚を刺激する気配はそこから流れてきている。そして恐らく、それは紅珠も感じているのであろう、と嵐は思う。嵐に見せている紅珠の横顔は戦場で敵に相対するものの、それであった。

 ふと紅珠が重心を低くして嵐を庇うように身構えた。その視線の先で洞窟の中の影が蠢く。ずるり、ずるり、と重い衣擦れの音がして現れたのは濃色の裾長い衣を身に纏った、一人の男であった。森の中の薄暗い明かりの中でもそれとわかるほどに顔色に冴えたもののない、どことなく虚ろな目つきをした男であった。しかしその虚ろな目つきの奥に燈るのは虚脱の光ではなく、暗い情熱に狂熱する不吉な熾火であった。薄く肉の削げた頬の陰とだらしないと言えるほどに醜く笑みの形に歪んだ唇が、一層その表情に不吉さを副えているように、嵐には思えた。

 血色の悪い薄い唇が、更に歪められた。

「…何ぞ物騒な気配よ。他者の住まいを無断で掻き乱そうとするは何処の無粋者か」

抑揚に乏しい声による嘲笑が歪んだ笑みの口許から吐かれる。その一言毎に周囲の毒気が濃くなっていくような気がして、嵐は我知らず胸元を押さえていた。と、紅珠が半歩身を進めつつ声を張った。

「無粋で結構。お前に粋人と認められることほど不愉快なことはなさそうだ。他者の土地を無断借用しておきながら平気で主人面している者に礼儀をはらう謂れも知らん。ましてや日の下に晒すこともできんいかがわしい術に身を捧げる輩などにな!」

 その場の空気にそぐわない、いっそ爽快なほどの台詞に、その場の空気が止まる。洞窟を背にして立つ男の虚ろげだった目が僅かに見開かれ、口が意味もなく開閉しているのを見て、嵐は思わず吹き出していた。

 無理もない。黙っていれば貴族の深窓の姫君と言っても通用するほどの端正な美貌と今までに聴いたどの歌い手よりも美しく澄んだ耳に心地良い声音と、そしてまるで市井の、しかも男の遣うような悪口と、それを裏切るような明朗で爽快な気質の溢れるその雰囲気。その全て相反するような要素が一緒くたにぶつけられれば、誰だって面食らうであろう。特にそれらの要素のギャップがあまりにも激しい時には。

(本当にこやつ、黙っておれば佳い女といえるであろうにのう)

わざと意地悪くそんなことを思って、嵐は口許を緩めた。空気の不快さに参りかけていた神経がすっかり復調しているのを感じる。

 一方、男の方はペースを狂わされて頭に血を上せたらしい。

「おのれ礼儀を知らぬ雌犬めが。我が神聖なる務めを愚弄するか!」

相変わらず抑揚に乏しい台詞であったが、ところどころに皹が入っている。

「無礼で結構。ついでに犯行も白状してくれて手間が省けた。そういうことで迷惑しているんだ。おとなしく観念してくれるとありがたいんだが」

にっこりと紅珠が笑ってみせる。もちろんわざとである。それでも整った顔立ちの笑顔は当然美しい。ある意味嫌味なほどの挑発に、嵐は感心する反面、呆れた。絶対に、確信犯である。

「………おのれおのれおのれえ!!!」

 額に青筋を浮かべた男が甲高い声で怒鳴り、衣の内から何かを掴み出した。それは両の掌で捧げ持つくらいの大きさの、白く丸い陶器のようなものであった。男はそれを血管が浮き出るほど両手に強く握り締めると、ぎりぎりと歯を軋ませて二人を睨みつける。

「…いや、なんともお約束通りな男だのう。ボキャブラリーの貧困さもいっそ哀れなほどにのう」

嵐が溜息をついて呟く。

「仕方ないのでは?所詮は与えられたことのみ全うするだけで精一杯な三下ですから。豊かな精神性を期待するほうが間違ってますよ」

嵐の呟きに紅珠が返す。

「いやしかしここに至るまでの苦労を考えればのう、もうちょっとましな奴を期待するではないか」

「…苦労したのはほとんどあなたですけど」

 シチュエーションを無視したかのようにのんびりと言葉を交わし合う二人に、男の方は我慢の限界が近いようである。全身を震わせ、歯軋りが聞こえるほどに奥歯を噛み合わせ、手にしたものの白い陶器のような滑らかな表面に爪を立てる。頭には血が昇りきっているらしく、血色の悪い肌が、どす黒く染まっている。

「……おのれ馬鹿にしおってこのむしけらどもがああーーー!!!」

男が甲高く叫び、手にしたものを頭上高く差し上げた。そして息を切らせて続ける。

「死ぬがよいわあーーーーー!!!!!」

「…ちょっとむかつくな」

 ぽつりと呟くと紅珠は一旦深く身を屈め、へらず口をたたきながらさりげなく計っていた間合いを一気に跳んだ。

「あからさまにわかりやすい奴よのう…」

 紅珠同様、無駄口の間にスタンスを整えていた嵐が、杖を両手に構え、精神を集中させた。呼吸を整えて一旦目を閉じる。そしてかっと目を開くと同時に気合を篭めて杖で地面を打つ。

(はっ)!」

強い白光が炸裂する。上空から嵐めがけて飛びかかろうとした蝙蝠――三眼飛鼠たちが強い浄化の光に焼かれて悲鳴を上げ、そして霧散していく。



「あれは外法士だ」

 殊更に無駄口を叩いてみせながら、その合間にそっと嵐が囁き声で断言した。

「外法…なるほど…それで三眼飛鼠が……」

嵐の言葉に紅珠が頷いた。

 外法とはいわゆる禁術と呼ばれるものである。あまりにも危険すぎるもの、倫理上問題があるもの、または存在だけは知られているものの、実際の使用法ははっきりとは知られていないものがそう呼ばれている。反魂法や鬼獣培養法などが知られている。

「もちろんどのような術を使ったのかはわからぬが…」

「今追及しても詮無いことです」

 外法の知識は、当然のことながら一般には深く知られていない。知らないものを材料もなく追求するのは無駄なことである。

「捕らえればいいのでしょう」

短く断言すると、紅珠は少しだけ思案した後、嵐にトーチを差し出した。

「持っていてください」

「っておぬしはどうするのだ…」

嵐が眉を顰める。紅珠の意図はなんとなくわかる。恐らく今の間合いなら二、三歩で紅珠は外法士に届く。恐らくこのまま切りかかるつもりだろう。それは構わない。しかしこのトーチを手放すと紅珠は身を守るものがなくなってしまうのではないだろうか。

「大丈夫」

そんな嵐の懸念を読んだのか、紅珠はちらりと視線を嵐に向けて、微かに頷いてみせる。

「それよりも恐らくもう一人いる。気をつけて…」

紅珠が僅かにぐっと身を沈め、全身に力を溜める。

「むしけらどもがあーーー!!!死ぬがよいわあーーーーー!!!!!」

外法士が叫び、手にしたものを高く差し上げる。紅珠はそれに鋭い視線を据えると、次の瞬間、大きく踏み込んだ。

「…ちょっとむかつくな」

 外法士なんぞにむしけら呼ばわりされる覚えはないのだが…ちらりと紅珠はそんなことを思う。外法士までの距離は正確に二歩である。



 外法士は女がつっこんでくるのを見た。それを認めて彼はそちらに向き直ろうとした。しかしそれよりも早く、女の姿は彼の目の前に迫っていた。慌てて呪文を唱えようとするが、既に遅かった。一瞬彼の視界から女が消えたと思うと、ひゅっと空を切る音がして白い法具を掴む両手に鋭い衝撃と痛みを覚えた。

「ぎゃあ!!」

外法士が悲鳴を上げて飛び上がる。低く身を沈めていた紅珠は僅かに舌打ちをした。その右手には僅かに血のついた長刀が握られている。外法士の右手は砕かれ、半ば以上切断されていた。左は数本の指が砕かれていた。しかし法具はその両手がクッションになったためか、あるいは表面の滑らかさが幸いしたのか、完全な破壊は免れていた。しかし全体に深く亀裂が入り、法具を破壊しようという紅珠の目的は半ば達せられているようであった。

 外法士の恐ろしさは、何をするかわからないというその能力の未知ゆえの恐怖である。しかしその行使するものが術である以上、紅珠は無闇と恐れたりはしない。外法士は術を行使するために道具を持ち出した。それは彼の使用する外法が、道具を媒介にした術であることを示す。つまり、道具を破壊すれば彼の術は作動しないのである。加えて見たところ彼は体術に優れているとは思えない。つまり道具さえ破壊してしまえば、紅珠には他に恐れることはないということなのである。

 外法士は痛みにのけぞり倒れこもうとする。紅珠は素早く立ち上がり、僅かに刀を握る手を持ち直し、返す刀で宙に舞う法具を狙った。しかし一瞬遅く、法具は外法士の腕に捕らえられ、そのまま倒れこんだ彼はそれを庇うように抱え込み、蹲った。紅珠の刀が止まる。

「…諦めろ。お前に勝ち目はない。おとなしく捕らえられるがいい」

 紅珠が押さえた声音で言う。声の美しさは先と変わらないまま、ただその声に宿る威厳が段違いであった。常人であれば反抗する気力を無くしそうなほどに。しかし外法に身心を捧げた術士は簡単にその威には屈しないようであった。陰惨な呪いの言葉がその唇から漏らされる。

「おのれおのれおのれ……よくもこの…」

ぶつぶつと呟きながら動かすのも辛いであろう腕で、それでもなお法具を庇おうとする外法士の様子に、紅珠は眉を顰める。

(完全に破壊しないと駄目か…?)

苦い顔で紅珠は外法士に近づこうとした。するとその気配を察したのか、地面に蹲っていた外法士がばっと顔を起こし、血走った目で紅珠を睨みつけた。そしてその泥に汚れた唇から激しい言葉が吐き出される。

「寄るなあ!!これ以上いいようにはさせぬ!……この、マイニュ様のお骨にはこれ以上指一本毛の一筋とて触れさせぬわあ!!!!!」

(…執念だのう)

 その様子を少し離れたところで見守っていた嵐が、半ば呆れ、半ば感心しながらそんなことを思う。少し離れた場所にいても、紅珠の威圧感を嵐も感じる。熟練した戦士の威は、相対するだけで全身の動きを封じられるような思いを、相手に与えるものである。『威に打たれる』というやつである。しかし外法士は、確かにその威厳に押されてはいるものの、しかしいまだ屈してはいない。紅珠の刀によって砕かれた手の傷は相当な痛みを彼にもたらしているであろうに、その精神力は大したものである。その精神力の因るものが外道な術であるということさえなければ、である。

(しかし既に勝敗は決しておる…後は…)

三眼飛鼠どもをこの世に呼び出した術をどうにかしなければならない。

(恐らくあの外法士は術士。ならばその術も道具を媒体としたものであろう。あの洞窟の中、か…)

そこまで考えたとき、嵐は紅珠の様子に気がついた。

「…紅珠?」

 紅珠の様子が少しおかしかった。嵐のいるところからでははっきりとその表情は見えなかったが、なんとなく全身が緊張しているように見える。その動きも止まっている。どうした。声をかけようとして、嵐は危険の気配を感じた。素早く動かした視界の陰に、洞窟から飛び出そうとする影が映る。

「紅珠!避けろ!」

嵐の鋭い声に、はっと紅珠が反応した。その視界に、洞窟から飛び出してきた人影が映る。その両手が何らかの印を結んでいるのを察する。反射的に彼女の体が動いていた。

「死ね!!」

洞窟から飛び出してきた男が叫びつつ、印を結んだ腕を突き出す。その両手から雷撃が迸り、紅珠を襲った。

「……っ!!」

「紅珠!!」

 眩しい光が炸裂する。紅珠の体が声もなく吹っ飛ばされる。そのまま転がって、嵐の立っている近くの木の根元にぶつかり、止まる。

「紅珠!」

 嵐が名を呼びながら紅珠のもとに駆け寄る。紅珠が腕を突いて身を起こす。

「大丈夫か」

「…平気。とっさに防御したから」

紅珠が眉を顰めながら答える。確かに至近距離で雷撃を受けたにしては、見たところさほどの傷を負っていない。それでも完全に攻撃をかわすことはできなかったようで、紅珠の表情は険しい。

「防御と言って…」

言いつつ、嵐は紅珠が両の手に刀を握っていることに気付く。その刀身に微かな光を放つ文字がぼんやりと浮き上がっていた。

「……護り刀です」

嵐の視線に気付いた紅珠がその無言の問いに答える。そのままぶるぶると頭を振ると、きっと顔を上げる。その先に再び印を結ぼうとするもう一人の外法士の姿があった。

「そなたら下賎の身が我らの神マイニュ様のお骨に触れようとするなど、その罪万死に値するわ!!」

(マイニュ………!!!)

紅珠の肩がぴくりと震える。刀を握る手が一瞬、強張る。

(馬鹿な……!)

己を叱咤して身体を動かそうとする紅珠の前に、嵐が立った。

 再び雷撃が襲い掛かる。しかしそれは嵐が構えた杖の先で弾かれ、消える。

「大丈夫か?」

嵐が紅珠の顔を覗き込む。その心配そうな表情に、紅珠は苦笑した。

「…大丈夫」

そう、自分は大丈夫だ、と紅珠は心の中で言い聞かせる。嵐はそんな彼女の表情をじっと見つめる。そして一瞬間をおいて、穏やかな声で喋りだす。

「恐らくやつらの外法の術は洞窟の中で行なわれておる。恐らくそれは香と笛の音によるものだ」

「…香?」

「そうだ。今もう一人が出てきたとき、香の匂いが一瞬濃くなった。今もやつらの衣から香が漂ってきておる。もちろんその他にも道具はあろうが、その二つをどうにかすればあるいは…」

「…とにかく、洞窟の中に入ればいいことですね」

 紅珠の声に力が戻っているのを感じて、嵐は安堵する。先ほど僅かに感じた緊張の気配ももう感じられない。さすがは修羅場を潜ってきた戦士だと、嵐は思う。

「何をごちゃごちゃ抜かしておる!!」

 再び外法士が叫び、印を構えようとする。あまり能力の高い術士でなくてよかった、と紅珠は思い、立ち上がった。その肩に何かが触れる。紅珠が振り返ると、紅珠と一緒に立ち上がった嵐が、その杖で紅珠に触れていた。

「おぬしに結界を張る。邪なものからおぬしの身を護る。おぬしの心の強さなら、当分大丈夫であろう」

僅かに目を見張る紅珠に、嵐が笑いかけた。

「頼むぞ」

その笑顔を少しの間見つめてから、紅珠は頷いた。そして次の瞬間、洞窟へと向かって跳び出す。その紅珠に雷撃が襲い掛かる。紅珠は両手の刀を目の前で交差させ、そこに精神を集中させる。刀身に微かな光を放つ文字が浮かび、すぐに刀全体を仄かな光が覆う。その光が襲い掛かる雷撃を受け止め、そして打ち消す。そのまま紅珠の刀が驚きに目を見張る外法士に振り下ろされる。両肩を切りつけられた外法士が耳障りな悲鳴を上げて倒れこむ。それには既に一瞥もくれず、紅珠は洞窟内に駆け込んだ。



 それは洞窟内を暫く進んだところにあった。油皿の火影に仄かに照らされた洞窟内の房の真ん中に壇が組まれ、その上にもくもくと煙を吐き出す香炉のようなものが据えられ、その側には一本の笛がきちんと台に捧げられる形で置かれていた。

 房内は足の踏み場もないほど乱雑に散らかっていた。巻子や木切れ、竹巻、獣皮紙らしきもの、筆や墨壷、その他用途のよくわからない雑多なものや箱や桶、器、どろどろした液体の満たされた壷や鍋のようなもの、薬草らしき乾燥した木や草、そして――

(…うっ)

 思わず紅珠は口許を押さえた。その視線の先には山と詰まれた鳥や獣の死骸――とりわけ翼のあるものや蝙蝠、鼠や兎といった小動物が多かったが――があった。

「…これが奴らの外法の正体か」

 紅珠は指の隙間から息を吐き出しながら溜息を吐くように呟いた。紅珠は傭兵であるから、人間や動物の死体を見るのは慣れている。しかしそれでもこれだけの数の死骸を見るのは不快だし、気味が悪かった。

 紅珠は当然外法などというものは知らないし、知りたいと思ったこともないが、噂には聞いたことがある。外法の術の中には生物の身体を思うように作り直す方法や、反魂法というように死んだ肉体に別の魂を宿す術があるということを。恐らくこの場で行なわれていたのはそういった術ではないだろうか、そう紅珠は判断した。

「全く不愉快だ」

 ぼそりと紅珠が呟く。その声音には隠しようもない不快感と憤りが溢れている。その感情のまま、紅珠は刀を振り下ろした。

 壇上の香炉が、笛が、打ち砕かれた。紅珠は何度も刀を振り下ろし、原形を留めないほどにそれらを打ち砕いた。



 洞窟を出た紅珠は、嵐の姿を見つけ、そちらへ向かった。その足音に気付いて、嵐が顔を上げる。

「終わったようだのう」

「ええ。奴らの外法の道具は破壊してきました。念を押す必要はあるかもしれないけどとりあえずは大丈夫でしょう…それで、奴らは?」

言いつつ、紅珠の視線は地面に横たわる二つの黒い姿を捉えていた。その下から滲むどす黒い血も。

「…死にましたか」

 それは問いかけであり確認でもあった。嵐は頷く。その表情は限りなく苦い。

「どうやら毒物を仕込んでおったらしい。手当てをする暇もなかった。――迂闊だったのう」

 彼らの行動は予想の範囲内ではあった。しかし予想していても間に合わないことはある。わかっていて、それでも嵐は苦い思いを禁じえない。これで背後のことを追求する機会も失われてしまった。書簡や彼らの持ち物から推測することは可能であろうが、それはあくまで推測であり、真実に到達するのは困難なことになろう。それに――

(むざと命を散らすこともあるまいに…)

そんな嵐に、紅珠が穏やかな声をかける。

「外法の徒は事実が露見することを極端に恐れ、禁忌とします。どんなにそれを阻もうと手段を尽くそうとも、どんな方法をもってしてでも自ら死を選び口を封ずるとのことです。それは既に我々にはどうしようもないこと――…気に病むことはありません」

 恐らく自分が口にすることなどこの人は知っているであろう、と紅珠は思う。それでも納得しかねる様子の人に、その心を痛めてほしくない、と――そう思った。

 嵐はふうっと息をつくと、立ち上がった。

「戻るとするかのう。後のことは禾峯露の者に任せればよいであろう」

 その表情には既に屈託の色はなかった――少なくとも見えるところには。紅珠は穏やかな視線でその表情を見つめ、頷いた。

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