1.蒼穹と紅土
蒼穹を鷹が舞う。ただ一羽、その雄姿を遥か地上に見せつけるかの如く。
緑少なく砂埃舞う大地の只中で、それを見上げる影が一つ。砂を避ける為に大分薄汚れた布で頭髪と首もとを覆い、靴の上から膝までの部分もぎっちりと布を巻きつけているその姿は典型的な砂漠の旅人のものである。肩にはさほど大きくない行李を背負い、手には一本の杖のみを握っていた。
彼は目深に被った布を押し上げながら、天に目をやった。
「おぬしらはいいのう…自由に飛べる翼があって…」
誰にともなく呟かれた言葉は、その口調とは裏腹にまだ若い男のものであった。砂漠の旅装に小柄な身を包んだその男は、背の荷物を一つ揺すり上げると、遥か地平線に目を落とす。砂埃の舞う視界は黄色く染まっていた。その中に僅かにくすんだ緑が点在し、さらにその向こうに黄褐色の塊が霞んで見える。
「…とにかく日が暮れるまでにはあそこに辿り着かんと、わしは干乾になってしまうのう」
確かめるまでもなく、腰から吊るした水袋の中身がもう僅かしかないのを、彼は知っていた。食料はまだあるが、水分もなくこの荒野で夜を明かすなどということは、自殺行為に他ならない。
「なにはともあれ、水と…あとは乗騎が欲しいのう」
そう呟くと、彼は布で覆った口元を僅かに歪めた。翠の瞳もおかしげに細められる。
「まだまだ始まったばかりではないか…事を急いても仕方ないというに」
自嘲げな言葉だが、その響きは決して暗くはなかった。むしろこれから始まることへの期待感に逸る気持ちを押さえつけようとするもののようであった。
「さて、少し急ぐか」
視線の先にはやや傾いた太陽があった。赤味を増したその光が周囲を仄かに紅く染め始めている。彼は翠の瞳を再び天に向けた。そこにはただ蒼天が広がっているのみであった。
彼の名は嵐。後に天下にその名を余すことなく知られることになる彼も、今この時点ではただ一人の旅人にすぎなかった。