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科学と魔法

 科学エッセイで扱う話題ではないと思われるかもしれませんが。人間の認識についての話として読んでいただければと思います。

 「SFってなんなんだろう? ――ファンタジーとSF――」(http://ncode.syosetu.com/n2075co/)で少し書いたことでもありますが。魔法の歴史を振り返ってみようと思います。主に現実の魔法についてです。


 さて、魔法の発端は何だったのでしょうか。あるいは神話の発端であるとか、神の発端でもかまいません。

 私が憶えている限り、それらの発端は、いつかどこかで誰かが思いついたのです。「自然現象を何かが操っているって考えたら面白くね?」と。

 神や神話の発端には別のものもあります。英雄譚起源のものです。あるいは祖先崇拝の場合もあります。

 自然現象に対するものと、これらとは明確に分離できるものもあれば、分離が難しくなっていることもあります。

 なお、ここには神だけではなく、「神の代理者となりうるもの」も含まれています。「神の代理者となりうるもの」については、精霊やジンなどなどを考えてください。

 ここで重要なのは神という概念を得たことです。とくに自然神。一つめの大事件です。

 なぜこれが重要かというと、自然に対してのAPIを人間が得た、あるいは得たと考えたということです。

 あとは数万年とかかけて、APIを利用する形式を整えてきました。これは空やら星やらを見る場合も同様です。


 そのうちに、少し変化が現れました。それは言葉です。言葉が伝わる、あるいは伝わらないという現象に、人間は疑問を持ったのです。これが二つめの大事件です。それまでの神へのAPIにも言葉は用いられていましたが、言葉そのものがAPIであるという着想は、混乱をもたらしました。つまり、人間が話す言葉は全て神へのアクセスになりかねないからです。これは言うなら無形式の魔法でもありました。ただし、言葉に制限されていますが。

 そこで問題になるのは、「正しい言葉」とはどういうものか、あるいは「神に届く言葉」とはどういうものかということです。それぞれの民族、部族が、自分たちの言葉こそが正しい言葉であるとしていました。まぁ、これは、それぞれの神に届く言葉であるのですから、その視点で見れば、どれもが正しい言葉であったわけです。まぁ、当時の人々はそうは考えず、自分たちの言葉こそが正しい言葉だと考えていましたが。

 ですが、無形式であることは威厳などの問題もあり、どうにかしたい状況ではあります。そこで、神話の言葉が、形式を制限するように使われるようになりました。これにより、威厳や権限は長老やシャーマンの手に戻りました。


 そのうちに、また少し変化が現われました。四元素や五元素という話です。記憶に頼る限り、これは大変革でした。というのも、「誰かが自然を操っているとしたら面白くね?」という発想から離れた一大事件でした。というのも「誰かが」ではなく「自然そのものが」への変化だったからです。

 さて、ここから三つめの大事件が起きます。というのも、神という高レベルのAPIではなく、自然という低レベルのAPIを獲得したという着想を人間が得たから、あるいは得たと考えたからです。


 この後、また混乱が起きます。言葉というAPIと、低レベルのAPIと、神あるいはその代理者となりうるものというAPIが並行して存在し、場合によっては混じりあって存在しました。その体系は複雑でした。ですが、言葉というAPIの存在は危険でもありました。神話や聖なる言葉というもの、あるいはそういう概念の存在も危険でした。

 その頃、ヨーロッパでは教会が民衆に対して知識を禁じます。その結果、無形式の魔法が生まれます。唾を吐く。人差し指と中指の交差などなどなどなど。神という概念があり、それはその時代のその場所ではもう自然神ではありませんでしたが、権威によってそのAPIにアクセスできることは知られていました。ならば、自分たちなりのAPIへのアクセス方法をどうにかしようというようなことでした。

 イスラム圏ではジンがずっと存在しました。またキリスト教とは異なる形での神への賛歌が行なわれました。イスラム圏でのカリグラフでした。それはデザイン上、見えない符とも言えるほどの成長を遂げました。ではあっても、それは聖なる言葉からの引用がほとんどでしたが。


 さて、このあたりの時代で、あるいは人によってはもっと昔だとも言いますが、人間の認識において大変革が起きます。四つめの大事件と言ってもいいでしょう。

 それまでの論理はアナロジーによる論理だったのですが、それが現在の論理へと変わります。その発端はこの時代ではなく、四元素、五元素が言われた時代でした。ですが、その論理は忘れられたのでしょう。それが再度発見されました。

 これについては少し説明が必要でしょう。今の述語論理(とprolog)風に書くと、こうなります。


   fly(bird).

   fly(god).

   ?- fly(X)

   >bird, god


 とかなります。ここでは、birdとgodは、flyという属性を共有しているとしても、別物として推論されます。

 それに対して当時の論理は、このようであったと説明されることがあります。


   bird(fly).

   god(fly).

   ?- X(fly)

   >bird, god


 とかなります。何にせよ、私たちは現在の論理に慣れているため、こういう書きかたをしてもわかりにくいかと思います。ですが、こういう説明の場合、「飛ぶものは神であり、そして鳥も飛ぶのだから、鳥も神である」というように理解してください。飛ぶということから、鳥と神が重なるわけです。

 さて、この時代の最後にあたるのが、ライプニッツとニュートンの時代でした。

 ライプニッツの研究の一つとして、真理円盤があります。これはライプニッツ単独での発想ではなく、ラモン・リュイの円盤(ルルスの円盤)からのものです。ライプニッツの場合、円盤の一つひとつには命題の記号が記されていました。ライプニッツの真理円盤は、複数の円盤から構成されていました。ですが、想像に難くないと思いますが、有限かける有限かける有限の結果は有限にしかなりません。しかも、そこに既にあるものしか現われません。その組み合せは、まだ現われておらず、知られてはいないとしても、潜在的に既に存在しているわけです。これは、現在の論理や計算においても同じく存在する制限です。

 デカルトもライプニッツもニュートンも、神の存在を前提としていました。そのことは、誰にも責めることはできません。そういう時代だったのですから。

 ですが、その時代に論理が入れ換わり、神への認識も変化を迎えるようになります。

 この四つめの事件によって変わったのが、現在にまで続いています。

 そして、ここではルルスの円盤、ライプニッツの真理円盤、そして解析機関の着想を五つめの事件として挙げておきます。


 ここでちょっとまとめましょう。


   0. まず、原初においては魔法は存在しなかった。

   1. 神というAPIを得た。(無形式→形式)

   2. 言葉というAPIを得た。(形式→無形式)

   3. 低レベルAPIを得た。(無形式→形式)

   4. ロジックの変換が起きた。(形式の変化)

   5. 計算というロジックを得た。(形式→無形式)


 さて、ここからは虚構の話になります。虚構における魔法は、この1から5のすべてに依拠しています。

 ただし、おそらくは3の前後のどちらに重みを置くかによって、二つに分類できるでしょう。

 1と2に重みを置けば、それは無形式の魔法となり、ハイ・ファンタジーと呼ばれるだろうものとなります。

 4と5に重みを置けば、おそらくは現在の私たちの認識における魔法に近いものになるかと思います。つまり、形式が重要視される魔法となります。

 おそらく、3はどちらにも入ることができるだろうと思います。


 ただし、ここで「無形式」と「形式」と書きましたが、それは虚構においての表現におけるものとしてです。歴史上は神というAPIは形式であり、むしろ計算においてこそ無形式となっています。言うなら、言葉というAPIは無形式であり、それはチューリング完全となっているプログラミング言語にもいても無形式であり、なおかつ万能を保証されているからです。

 ですから、歴史としては、1から5の括弧の中に書いたように、無形式と形式を行き来しています。


 現在の私たちにとっては4のロジックの変換が重要ではありますが、1から5のどれもが人間の認識に同じくらいの変革をもたらして来ました。そしてその都度、人間の魔法に関しての認識が変化しました。ただし、4を経てしまっているため、それ以前の魔法は、私たちには理解が困難になっています。


 虚構を読む場合にも、人類史を見る場合にもこれらの変化のどれをも頭に置いて眺める必要があります。


 そして結論として言うなら、世界の認識のしかたは一つではないということです。アインシュタインが重力場を提唱したのもそうであり、超弦理論もそうでありと、科学においては人間の認識は変化し続けています。そしてさらにSciFiを読む場合、それらのどれをも同時に頭に置いて読む必要があります。


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