闇夜に浮かぶは妖艶の月
花ゆき様の獣人小説かくったーにて、お題「主水は18RTされたらフェロモンたっぷりな龍人が給餌する話を書きます」を頂きましたので頑張って書いてみました。
命を喰らい、命を得る。
それは生を得てこの世に産み落とされたものであれば逃れることが出来ない命の循環であり、死の螺旋だ。
闇夜に沈んだ港町オズワルドの一角、月明かりに照らされる診療所に独りの男が居た。
窓際に立ち、ぷかりと紫煙を上げながらその時間を堪能している男──
この時間、こうやって煙草をふかしながら光ひとつない夜空を見上げるのが彼、フォックスの小さな楽しみの1つになっていた。
フォックスの小さな診療所には毎日沢山の患者が訪れる。
怪我をした幼い子どもから風邪を引いた老人まで。
まぁ、毎日は忙しいが「生を与える」というのはやりがいのある仕事だ。
フォックスは常々そう思っていた。
だが、そうやって沢山の患者と顔をあわせていると彼の耳には色々な噂話が舞い込んでくる。
どこどこの夫が別の女と密会していると言った話に、どこどこの息子が王都の衛兵連隊に入隊した話。
そして巷を騒がしている「食人鬼」の噂──
「食人鬼がこの街に潜んでいます」
そんなフォックスの小さな楽しみの時間をそんなキナ臭い話題で遮ったのは、診療所の入り口に立つ、こんな街には似つかわしくないタキシードを着た男。
毛先がくるんとカールしたカイゼル髭を蓄えた紳士だった。
その紳士に視線を移すことなく、フォックスが続ける。
「それがどうした」
「私が貴方の所に来ると言うことは『そういう事』しかないでしょう」
表情ひとつ変えず、そのカイゼル髭を蓄えた紳士が抑揚の無い口調で言った。
その言い回しがいちいちカンに触る男だ。
「できればもうお前には会いたくないんだがな、ブローニング」
「それは無理な話というものです。貴方がこの街で生きていく為には必要な仕事なのですから」
そうでしょう?
タキシードに合ったボンブルクハットをちょいと指で摘み、診療所に設置しているフォックスの机の上に乗せながらブローニングがそう言った。
生きていく為に、命を喰らう為に必要な仕事。生きるためには命を喰らう必要がある。
生を与える医者の俺にとってそれはまったくもって矛盾した話だが。
「食人鬼サブリナを始末して下さい」
そう言ってブローニングはくたびれた封筒を懐から出すと、ボンブルクハットの傍らにそっと置いた。
「情報はこの中に入っています。驚異的な治癒能力を持っている『獣人』の貴方なら容易いとおもいますが」
「食人鬼という事は、そのサブリナという奴も?」
「はい。貴方と同じ、獣人です」
珍しい。ブローニングの言葉にフォックスは素直にそう思った。
獣人──
人々はその名前を軽蔑と畏怖の念を込めて呼ぶ。
その名の通り、獣人とは獣と人間の混血種の事だ。その発祥は遥か昔神々がこの大地に住んでいた頃に遡るらしい。
「獣人なら管轄はお前達だろう。しっかりと『給餌』の管理はしていなかったのか」
「どうやら管理の目を盗んで、裏で独自に『給餌』をしているようでして」
ルールを守らない者には死を与えるだけです。
ブローニングのその言葉を聞き流したフォックスはもう一口煙草に口を付けた。
獣人が人間に忌み嫌われる理由、それはその「食」に原因があった。
獣人は身体に流れる2つの血がその身体の主導権を得んとお互いを攻撃し合っている。その血の疼きを静め自分が自分で居る為には──その種を喰らう必要があった。
それがいわゆる「給餌」と言われる行為だった。
そして獣人の給餌という行為を管理しているのがブローニングと──フォックスが所属している「ギルド」と呼ばれる組織だった。
「そのサブリナという獣人も身体の疼きに逆らえなかったという理由か」
「左様でございます」
その声に苛立ちを感じながらフォックスは診療所の窓枠にぎゅうと煙草を押し付け煙草の火を消した。
同じ獣人を狩るのは初めてだ。
「……そいつを喰らっても良いのか?」
「お好きな様に」
その血肉は人間のそれ以上に俺の疼きと乾きを癒してくれるに違いない。
それは俺にとってデザートのようなものだ。
報酬とも取れるその言葉を聞いてそう感じたフォックスは無言でブローニングが差し出したくたびれたその封筒を手にとると「任せておけ」と一言囁いた。
***
その封筒に書かれて居たのは、ターゲットとなるサブリナという獣人は占い師の館によく顔を出しているという情報だった。
占い師の館。
ちょうどこの診療所の逆側、街の西でサラという占い師が古くからやっている店だ。
長く続いた戦争と、流行病で幾度と無く混乱に陥ったこの街の住人にとって、宗教や占いと言ったものは唯一の心の拠り所になっている。サラのその占いが長く続いているのもそんな所なのだろう。
ブローニングに渡された情報に目を通しながら、フォックスはそう思った。
そのサラの店でターゲットが現れるのを待ち、後を付けて人気が無くなった所で殺す。
全くもって簡単な依頼だ。
その獣人がどんな獣との混血だとしても問題無い。獣人の中でも俺の能力は特別だからだ。
圧倒的な身体修復能力──
つまり、何者も俺を殺すことはかなわない。
何者も俺を殺すことも出来なければ、俺をつなぎ止めることも出来ない。
俺がギルドの奴らの仕事を受けているのは、この街で医者としての表の顔を続ける為に過ぎない。
「いらっしゃい」
甲高い子犬の鳴き声のようなきしみ音を発しながら、サラの占いの館の扉を開いたフォックスの目に飛び込んできたのは独りの若い女だった。夜空がそのまま落ちてきたような艷やかな黒い髪に、月のように美しい肌。妖艶な唇から発せられた言葉にフォックスはつい息を呑んでしまった。
「あんたが占い師のサラか?」
「ええ、そうよ」
口角をきゅうと釣り上げ、サラがそう言った。
フォックスはサラという女と話したことも無ければ、会ったことも無かった。
この美しい女が占い師サラだと判ったのは単純で、今この部屋にはこの女しか居なかったからだ。
「人を待っているんだが、しばらくここに居ても良いか?」
「どうぞ、ご自由に」
サラのその言葉を受け、フォックスは座る事ができそうな椅子を探した。
しかし、なんとも殺風景な部屋か。そこまで広くは無いものの、部屋にあるのはサラが座っている椅子と小さな机。そしてその前にある、占いを受ける客が座るべき、簡素な椅子だけだ。
ターゲットは何時来るか判らない。ずっとここに突っ立って居ても良いが、もし現れた時に疑われてしまうかもしれない。
どうしたものか。
「……時間があるのなら、占って差し上げましょうか?」
変わらない妖艶な笑みを浮かべたまま、サラがそう囁いた。
一瞬断ろうかと思ったフォックスだったが、ふとその言葉を飲み込む。
占いなんて信じるクチじゃないが、ここで突っ立ってるのも良くない、か。
「金は持ってないぞ」
「必要ありませんわ。これも何かの縁ですもの」
さぁ、どうぞ。
客用の椅子を勧めながら、サラははらりと落ちた髪を艶かしくその細い指でかきあげた。
その仕草ひとつひとつが男としての心をざわつかせる女だ。
そうして、その誘いに乗るようにフォックスは無言でサラの前に腰を降ろした。
「そう時間はかかりません。待ち人がいらっしゃる前に終わりますわ」
両手を出して下さい。
そう言ってサラはフォックスの両手を優しく握ると、そっと机の上にその手を乗せた。
この女の占いが当たるという噂は聞いた事がある。
もし俺が獣人だと占いで判ったなら──その美しい顔に恐怖が滲みだすのだろうか。
その姿を想像したフォックスは、少しそれを見てみたいとサディスティックなざわつきを覚えてしまった。
「あなた飢えてるでしょう?」
「……飢えている?」
一体何のことを言っているんだ。
子守唄のように優しく放たれたサラのその言葉にフォックスは首をかしげてしまった。
「食に飢えている。そして疼きを抑えることができない……?」
「何のことか判らないな。それは男としての疼き、ということか?」
探りを入れるようにフォックスはそう言った。
獣人の血肉を喰らう前に、この女を堪能するのも悪くない。
「そうですね。貴方の中の疼きが見えます。そして乾きも」
そう言うサラの瞳に自分の顔が映り込んだのがフォックスにはっきりと見えた。
いつの間にかサラは立ち上がり、フォックスの両手を握ったまま、その吐息がはっきりと判る程の距離まで近づいて来ていた。
「お前は……いつもそうやって客を誘うのか」
「そうですね。気が向いた時にだけ」
ターゲットが来るかもしれない。
フォックスの脳裏に少しその事が引っかかったものの、サラを押しのける事は男としてできなかった。
そのまま、間を置かず、サラのひんやりとした柔らかい唇の感触が甘い香りと共にフォックスの頭を突き抜けた。
甘く、溶けそうになってしまうほどのキス。
今まで交わしたことが無いような、優しく、まるで身体の中を侵食していくようなその感覚に、フォックスの思考は痺れていった。
「身体が疼くの」
唇を浮かせ、サラが小さく囁いた。
直ぐ目の前にあるサラの美しい瞳がフォックスの心を覗きこむ。
その視線に促されるように、サラの身体を陵辱してしまいたいとフォックスは思ったが──
「……うっ」
サラの唇に感じた甘く溶けそうな痺れは、いつの間にかフォックスの身体を覆い尽くしてしまっていた。
その痺れは身体だけではない。
それは心から感情を奪い去っていくような、心地良い痺れだった。
「お、お前……」
すでに視点が定まって無いフォックスの目がふわふわと辺りを漂う。
その美しい顔が見たい。見せてくれ。
そんな言葉が、麻痺した頭の中で響いていた。
「もう遅いの。貴方は私の『餌』になったの」
「エサ……」
ふふふ、と笑みを浮かべながら、サラがぺろりとその唇を舌なめずりした。
そして、その艶めかしい姿を見てフォックスは直感した。
ああ、そうか。
この女が──サブリナだ。
「あんたがサブリナか」
「私の『給餌』は特殊なの。体内にある、龍と人の血を安定化させるために、自分の体液を相手に注ぎ込んで、『感染』した後で──喰らうの」
「龍人……」
龍人の「給餌」は特殊だとフォックスは以前耳にしたことがあった。
給餌するために、奴らは「餌」に体液を注ぎこむ。
この心地良い痺れがそれなのか。
焦りは無い。怒りも無い。恐怖も無い。
あるのは──乾き。
「貴方の中にもっと注ぎ込んであげるわ」
「やめろ……」
フォックスの口から放たれたのは、再度唇を寄せるサブリナへを拒否する言葉。
だが、その言葉にフォックスの心は無かった。
じんじんと疼く、サブリナへの渇望。
もっと、もっと俺の中に──
サブリナの黒い瞳に再度フォックスの虚ろな顔が映ったその時、彼の意識は闇夜の中に消えていった。
***
「流石、というべきですね」
サラの占いの館に立つ独りの男がそう呟いた。
この街には似つかわしくない、タキシードとボンブルクハットをかぶり、カイゼル髭を蓄えた紳士だ。
フォックスにサブリナの始末を依頼していたブローニングが、ここサラの占いの館に姿を現していた。
「美味しく頂戴したわ」
先ほどと変わらない、小さな机の前に座ったサブリナがブローニングにそう言った。
「彼はルールを犯し過ぎました」
「何人です?」
「少なく見積もって20人です。フォックスは我々が許可している数の二倍以上。診療所に訪れた患者を『喰らって』いたようです」
ルールを破った獣人は、始末されます。
サブリナへの警告とも取れるその言葉をブローニングは変わらない口調で呟いた。
「彼もまた、乾きに逆らえなかったというわけね」
「哀れな男です。貴女に始末されるということも知らず、この館に」
ボンブルクハットを深くかぶりなおしたブローニングが、初めて哀れみの感情を滲ませ、そう言った。
巷で噂されている食人鬼、それがフォックスだと言うことは以前から知っていた。
「ルールを破った獣人は始末される。その事を他の獣人達に再認識してもらう為にもフォックスには死んで貰う必要がありました。しかし、奴は不死に近い存在です。並大抵の事では逆に送り込んだ刺客の方が始末されてしまうでしょう」
そう説明するブローニングの言葉にサブリナはただ静かに耳を傾けている。
「龍人である貴女がこの街に居て本当に助かりました。フォックスに対抗できるのは貴女の『給餌』しか無い」
「良い素材だったわ。これまでにないほど、私の身体は疼いてしまったもの」
艶めかしくそう囁くサブリナに、一瞬ブローニングの心が揺れたのがはっきりと彼女にも判った。
鉄仮面をかぶったようなブローニングの心すら誑かす、サブリナの魔力。
「何? 貴方も私とキスがしたいの?」
ぺろりとまるで龍が人を捕食するように舌なめずりするサブリナに、ブローニングは揺れた心を鉄仮面の向こうにしまい込む。
「結構でございます。私はまだこの世界に未練がありますので」
そう言って、踵を返すブローニングに、サブリナは「残念ね」とほほ笑みを投げかける。
「……でもね、私は動物が大好きなの」
そう小さく囁いたサブリナの言葉はブローニングの耳に届くことは無かった。
ぱたんと扉が閉まったと同時に、まるで恋人が待つ場所へ向かうかのように、待ちきれないと心を浮つかせながらサブリナが向かったのは、奥の部屋だった。
彼女が「給餌」の場所として使っている、小さな部屋。
そこには首輪で繋がれていた1人の男の姿があった。
鎖で繋がれた首輪をはめられた、虚ろな瞳で虚空を見つめるフォックス──
「貴方のその再生能力は本当に素晴らしいわ」
ゆっくりとフォックスの傍らに腰をおろしながら、サブリナがそう囁いた。
愛おしそうにフォックスを見つめるサブリナの目は、深い闇に覆われているようだ。その闇が、サブリナの身体を疼かせる。
「もう貴方だけで十分」
そう言ってサブリナはフォックスの首筋に舌を這わせ、生き血を啜る吸血鬼のように白く美しい歯牙を突き立てた。
獣人の血肉は私の乾きを潤し、疼きを抑える。
何かを喰らい命を奪うことは生を得てこの世に産み落とされたものであれば逃れることが出来ない命の循環であり、死の螺旋。
フォックスの身体に覆いかぶさるサブリナは龍の血と人の血の争いを沈めるために、ただ、彼の身体を貪った。
いかがでしたでしょうか?
な、なろう的に大丈夫ですよね!?
ちょっと駄目なラインがわからないので、ご指摘いただけると嬉しいです。