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花の雨  作者: むぅ
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プロローグ

「青い目の獣は幸福をもたらし、赤い目の獣は災悪をもたらす」


 古くから伝わる言い伝え。

 それは、洗脳のように人々の頭の中に刷り込まれた。故に、その言葉に根拠はなくとも常識として認識されている。

 青い目をしていれば、人形であっても害獣であっても敬う。

 逆に、無害でも、赤い目をしていると言う理由だけで人々は恐れ、忌み嫌い、そして殺した。

 例え、アレルギーや寝不足などで充血して一時的に目が赤くなっているとしても。



 --そして、悲劇は少女の運命を呑み込んだ。



 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



 冬が訪れてから、数ヶ月が経っていた。

 その日は、寒さも激しく雪がぱらついていた。

 白い息を吐きながら、少女は歩いていた。

 名は、さくらという。

 薄紅色の小袖の着物は上質なもので、ぱっと見でさくらが裕福な家の人間だとわかる。

 さくらは、家の裏にある納屋へと歩を進めた。距離にして、十数歩。

 暖を取るため、薪を取りに来た。

 納屋の戸は、建て付けが悪く常に半開きの状態だ。

 さくらは戸をすり抜けて中へと入る。

 と、違和感を感じた。何かがいる気配。

「……誰かいるの?」

 さくらは怖る怖る納屋の中に声を掛けた。

 その声に反応して、納屋の中で何かが、もぞっと動いた。

 臆病ながらも好奇心の強いさくらは、それが何かを確かめたくなった。

 納屋の中は、雪のせいで届く日の光が少なく薄暗い。

 さくらは、目を凝らしながら慎重に歩を進めた。

 納屋の中央まで進んだ時、足にモフっとした感触が届いた。

 ひゃぁっと小さな悲鳴をあげ、後ずさり勢い余って尻もちをついた。

 お尻を摩りながら立ち上がり、足に触れたものを見た。

 それは、白い狐だった。それも、子どもの。

 子狐は威嚇をしているが、どこか迫力に欠けていた。

 むしろ、モフモフした小さい生き物は基本的に可愛い。

 さくらの好奇心は、触りたいという欲に変わった。

 子狐は威嚇をしていたものの、後ずさり、そしてコロンと倒れこんでしまった。

 その息は荒く、さくらには苦しそうに見えた。

 原因はすぐに分かった。怪我をしているのだ。

 白い毛が赤く染まっていた。

「……大丈夫?」

 さくらは、心配して、傷口に触れた。

 いや、触れる瞬間に視線に気づいて手を止めた。

 それは、子狐のものだった。

 さくらは戸惑った。

 子狐の目は青と赤の色をしていたから。


 --青い目の獣は幸福をもたらし、赤い目の獣は災悪をもたらす


 さくらの頭の中に言い伝えの言葉がよぎった。

 怪我をしているのだから、助けてあげたい。

 青い目をしているのなら、なおさら。

 だけど、この赤い目が災悪をもたらすのだと言うのなら、助けちゃいけないのか。

 そもそも、自分一人では何も出来ないのではないか。

 さくらの幼い頭では、答えを出せずにいた。

 考えが頭の中をぐるぐると回って混乱した。

 答えが出せず、どうすることも出来ない状況が、さくらに精神的なストレスになったのだろう。

 さくらの頬に涙が零れた。


 さくらが納屋へ薪を取りに行ったきり戻ってこないと、心配になった父親が迎えに来た。

 建て付けの悪い納屋の戸を開けた。

「さくら」

 さくらの後ろ姿に呼び掛けた。

 が、反応はない。

 聞こえなかったのだと思い、近づいてもう一度声を掛けた。

 が、またしても反応がない。

 心配になり、肩に手をぽんと掛けこっちを向かせた。

 と、父親はギョッとした。

 さくらの体が何の抵抗もなくこっちを向いたことに。

 そして、さくらが涙を流していたことに。

「ど、どうしたんだ? 何があったんだ?」

 父親は疑問を口にしたが、さくらは首を横に振るだけだった。

 だが、父親の顔を見た途端に、安堵したからだろうか、声をあげて泣き出した。

 やれやれと、父親は泣いているさくらを抱き寄せて頭をぽんぽんと撫でた。

 と、納屋にはないはずのものが視界に入った。

 白い子狐。それも、怪我をしている。

 弱々しくはあるが息をしていたので、死んでいないと言うことだけは分かった。

 だが、このまま放っておけば、確実に死んでしまうだろう。

 心優しいさくらが泣いている理由はこの子狐だろうと思い父親は、

「大丈夫。すぐに良くなるさ」

 と言って、子狐を抱き上げた。

 父親の言葉に、さくらは驚いて目を丸くしたが、すぐに笑顔になった。

 帰ろうという父親の言葉に頷き、さくらは薪の束を持って納屋を後にした。


 さくらの父親は薬師を生業としていた。

 子狐の治療を済ませ、後は回復を待つのみという状況になるまでに、長い時間は掛からなかった。

「さくら。いつも言っているが、ここから先は患者次第だ。この子狐次第。

 絶対に元気になるとは言わない。

 だが、側で励ましてくれる人がいるなら、こいつは生きようと頑張れるかもしれない。

 あくまで、可能性の話だ。

 それでもいいなら、お前が近くにいて勇気づけてやってくれ」

 心配で顔色が青くなっているさくらを見かねたのか、父親が優しく言った。

 さくらは、その日から出来るだけ子狐の側で過ごした。

 そして、数日後。

 子狐は目を覚ました。

 最初は警戒心を露わにしていた子狐も、甲斐甲斐しく看病するさくらに敵ではないと認識したようで、懐くようになった。

 さくらは、子狐を狐白こはくと名付けた。

 狐白が動けるようになってからは、外で遊ぶようになった。


 ある日、父親がさくらを呼び出した。

 簡潔に書けば以下のような内容であった。


 これ以上、狐白と一緒にいることは出来ない。

 言い伝えのこともあるし、また、それに付随して近所の人たちの心象が悪くなっている。

 さくらを危険に晒したくない。

 だから、狐白を野生に返そう。


 さくらは、頭の良い子どもだった。

 だから、父親の言葉の意味は理解できた。

 そうしなくちゃいけないことも分かっていた。

 それでも、心が拒絶した。

 まるで家族のように一緒に過ごしてきた狐白と別れたくないと、泣きじゃくった。

 その日、さくらは父親と口をきかなくなった。


 翌日。

 やはり、さくらは父親と口をきかない。

 父親と一言も話さないまま、さくらは狐白と外に遊びに行った。

 いつも村の外れにある大きな桜の木がある丘で二人は遊んだ。

 追いかけっこしたり、穴を掘ったり、寝たり、飽きるまで。

 だが、その日は違った。

 さくらが父親との喧嘩でピリピリしていたせいだろうが、狐白はさくらの顔を見つめていた。

 青と赤の色をした目で。

 その目が何もかもを見透かしたように見え、さくらの心がドキっと跳ね上がる。

 狐白の目を見た瞬間、考えが頭の中で回りだした。

 本当は分かっていた。

 狐白は野生の動物で、いつか野生に返さなければいけないってことくらい。

 それなのに、なぜ名前までつけて可愛がったのか。

 最初から、返す気などなかったのか。

 なぜ。

 そもそも、どうして狐白は怪我をしていたのか。

 それも、刃物で襲われたような怪我を。

 ……人に襲われた。

 どうして。


 --赤い目の獣は災悪をもたらす


 頭に浮かんだ言い伝え。

 さくらは、それを振り払おうと頭を降った。

 依然として、狐白はさくらを見ていた。

「私は、傷つけるために狐白を助けたんじゃない」

 独り言が零れた。

 涙が零れた。


 それから数時間後、夕暮れまでさくらは無気力にさくらの木の下に座っていた。

 さくらの隣には、心配していたのか狐白がずっといた。

 帰らなきゃと思いさくらはおもむろに立ち上がり、

「帰ろう」

 と、狐白に声を掛けた。その声は、どこか無機質な響きを持っていた。

 二人は家に帰った。


 家に着いたが、いつもと様子が違った。

 玄関の扉が壊れていた。

 さくらは、昨日父親に呼び出された時の話を思い出した。


 近所の人たちの心象が悪くなっている。

 さくらを危険に晒したくない。


 嫌な予感がする。

 いや、嫌な予感しかしない。

「父上!」

 さくらは叫んで、家の中を走った。

 幸い、父親はすぐに見つかった。

 縁側でのんびりとお茶を飲んでいた。

 さくらの姿に気づくと笑顔でおかえりと返した。

 その顔には、殴られたような痕があった。

「父上、ごめんなさい」

 さくらは、父親の無事に安堵したのか、泣いた。

 父親は、泣いているさくらの頭をぽんぽんと撫でて、優しい声で言った。

「……さくらのせいじゃない。もちろん、狐白のせいでもない。

 これは、言い伝えを作った人が悪いんだ。

 その言い伝えを信じた人が悪いんだ。

 だけどね、この世界はそんな人でいっぱいなんだ。

 そういった人がこの世界を動かしている。

 だから、この世界で生きて行くにはそれに従わなきゃいけない。

 ……と、難しかったかな」

 父親は、ふっと笑った。その顔がさくらには辛そうに見えた。

「……どこか痛いの?」

 さくらの問いに、父親は笑って、

「ああ。心が痛い。……ごめんね、さくら」

 と、答えた。


 次の日。

 狐白は桜の木を見上げていた。

 その隣でさくらが泣いていた。

「ごめんね、狐白。

 きっと辛い思いをさせちゃうね。

 私があの時助けようなんて思わなければ、これ以上辛い思いをしなくて済んだのにね。

 ……ごめんね。本当にごめん。

 それじゃ」

 涙をポロポロ零しながら、さくらはくるっと踵を返してその場を去った。

 狐白はさくらを見ていた。



 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



 数日後。

 さくらは、桜の木の下に横たわる白い子狐を見つけた。



 --青い目の獣は幸福をもたらし、赤い目の獣は災悪をもたらす


 人は幸福を欲するが為に狂い、災悪を怖れるが故に狂う。

 一度狂ってしまえば、他人の運命をも巻き込んでいく。

 命の重さなど狂気の前ではどうでもいいことなのだ。

 この世界は狂気に満ち溢れている。

 もがけばもがくほどに深みにはまって行く。


 悲劇に囚われた運命からは、逃げ出すことは出来ない。


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