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熊猫パンチドランカー  作者: 藍澤ユキ
14/18

涙目ラバーソール

「瑠璃さんって双子の妹なんですよね? あんまり似てませんよね?」


 あれ以来、晶良が何となく避けてきたデリケートな話題に容赦なく言及する薫。


「そうよ、二卵性双生児だからね――かわいい要素はあたしに全部集約されたわけ」


 こっちも意外に平然と答えるシーナ。


 俺の気づかいとは何だったのか――晶良は少しだけ虚しくなる。


 そして後半の方は意味がさっぱりわからん。何いってんのおまえ?


「シーナさん、本当は遥さんなんですよね? 何でシーナさんなんですか?」


 まだまだグイグイ行くつもりらしい。本当に容赦ないな薫さん。


「パンクロッカーはいつだってシーナなのよ。それは北半球では西から天気が変わるってのと同じぐらい当然の真実だわ」


 おまえがラモーンズ好きなのはよーくわかった。いっそ俺らも同じファミリーネームでも名乗るか? レンケージズか? 


 ――実は今回、シーナの本名以外にもわかったことがあった。


 あの後、瑠璃が載った雑誌を薫に見せてもらったのだが、瑠璃と晶良は同じ歳だった。必然的にシーナとも同じ歳ということになる。だいぶ時間が経ったが、いつぞやのシーナへの質問には思わぬ形で雑誌が答えてくれることになった。


 そんな晶良たち三人は、下北沢の『452』へ向かっているところだった。以前に話のあったイベント企画の説明をしたいと、担当者から連絡があったのだ。少し聞いた限りでは、どうやら対バンをブッキングしているらしい。


 時間ちょうどに到着してライブハウスの中へ入ると、意外な人物と遭遇をした。


 仙波燈子だった。


「あーっ! おっぱいタヌキぃ! ここはあんたの狸穴(まみあな)だったのねっ!? かおるん! 鍋の用意よっ! 鍋っ!」


 開口一番、シーナが暴言を炸裂させる。


「仙波がいるってことは対バンってピンクアブラウオ……?」


 晶良が驚いていると、手を小さく振りながら燈子が小走りで近寄ってきた。


「晶良くん、びっくりしたぁ? 驚かそうと思って黙ってたんだよね♡」


 甘えた調子でそう言いながら、燈子は晶良の腕に抱きついてきた。豊満な胸の膨らみが、むにゅっと腕に押し付けられる。


「――バ、バンドのみんなは来てないの?」


 晶良は慌てて少し離れようとするが、燈子が腕にしっかり抱きついていて離してくれなかった。


「んー、今日はねぇ、横浜でライブがあって来れないんだよね。だから代わりに、わたしが話しを聴きに来たんだぁ」


 何故か晶良の脇腹を人差し指でつんつん突きながら、燈子はさらに密着してくる。さすがに晶良も一緒に来た二人の反応が気になりはじめた。


 そろそろと振り返りながら、様子伺いの愛想笑いを二人へ向けてみると――視界に茶色い靴底が飛び込んできた。


 バチンっ!


 額に衝撃を受けて晶良が思わず「痛ぁっ」と呻くと、コンバースのハイカットを右手に持ったシーナが半眼で睨んでいた。


「――なにデレデレしてんのよ、変態」


「うわぁー! シーナさんっ! どうどう!」


 薫が慌ててシーナを止めに入る。


「大丈夫ですか!? アッキーさん!?」

「晶良くん!?」


 薫と燈子が同時に晶良へ心配そうな声をかける。


「ってぇーっ! おまえ凶暴にも程が――」


「ちょっと、そこのおっぱいタヌキっ!」


 晶良の抗議を途中で遮って、シーナが手にしたままの靴を、今度は燈子にズビシっと突き付ける。


「――ウチのどうてい。あんまりからかわないでくれる? あたしのバンドから性犯罪者を出すなんて嫌よ」


「あれぇ? シーナちゃん、怒ってるのぉ?」


 緊張感のないゆるゆるな雰囲気で燈子が煽るように微笑を返す。


 こいつ、ワザとやってるよな? 絶対、面白がってるよな? ったく、相変わらずだな……。晶良には燈子が悪ふざけに興じていることがわかった。


 すると、薫が少し不愉快そうにしながら、話を軌道修正してきた。


「――あのー、お二人とも……まずは本題を片付けませんか?」


 睨み合っていたシーナと燈子が、視線を外して薫の方を見ると、その場に沈黙が訪れた。


「えー、か、関係者の方はお揃いです……かね?」


 いきなり勃発した仁義なき戦いに、それまで口を挟めずにオロオロしていたライブハウス担当者が、ようやく話しを切り出した。


 担当者の説明によると、当日は「納涼浴衣祭ライブ熱帯夜」と称して、浴衣で来てくれた観客にはラムネやビールの一杯無料サービスと、ライブ音源がダウンロードできるワンタイムパスが発行されるということだった。


 また、事前にネットで公開された候補曲から、当日バンドに直接リクエストができるように、ハンドマイクをフロアに回すことなどが予定されていた。


 当日の段取りや細かい打ち合わせは改めて別の日に行われることになり、今日のところは解散となった。


 が、先ほどの因縁がまだ燻っていた。ライブハウスを出ようとした晶良の腕に燈子が当然のように腕を絡ませると、シーナが後ろから晶良の背中に蹴りを入れてきた。晶良はたたらを踏みながら転ぶのをなんとか堪える。


「痛いって! なにっ!? なんだって、おまえはそんなに暴力的なわけ!?」


「っさい! ボケぇ!」


 逆上したシーナがさらに蹴りを入れてくる。


「晶良くん、かわいそー。大丈夫?」


 燈子がよろめいた晶良の頭を、胸に抱くように引き寄せた。たっぷりとした弾力に顔を押し付けられて、晶良は頬が紅潮していくのが自分でもわかった。


「――でむば、ばなじでぐで(仙波、離してくれ)」


 晶良が圧迫されながらモガモガそう言うと、


「っあ♡ そうやって喋ると振動が胸に伝わってくるよぉ?」


 なんとも扇情的で艶っぽい声を燈子が洩らす。すると、突然荒っぽく晶良を掴んで、燈子から引き剥がす腕があった。


「アッキーさん、そんなにおっぱいですかっ!? あの脂肪の塊がそんなに好きですかっ!?」


 豊満むちむちの燈子とは、対極に位置する貧弱スレンダーな薫嬢だった。引き剥がした晶良をぐいっと自分の方へ向かせて詰め寄る。


「いや、これは不可抗力ってやつで……薫ちゃん? 別に大きいのが好きだとか嫌いだとか、そういうことじゃなくてさ……」


「――おっぱいはただの脂肪です。いいですねっ」


 それは有無を言わせぬ迫力に満ちていた。晶良は無言でコクコクと頷くしかなかった。


 その様子を横で見ていた燈子は、何かに気付いたように薄い笑みを浮かべた。


 ――ドスッ


 そして、シーナがまたもや晶良に蹴りを入れながら嘲罵する。


「……ド変態。サイテーね」


「って! だから不可抗力だって! そんな蹴んなっ!」


「死ねっ! 死ねっ!」


 二人の諍いさかいともじゃれ合いともつかないやり取りを無言で見つめながら、薫が掌をぎゅっと静かに握りしめる。


「かおるんは……いいのかなぁ? あの二人、仲良いよねぇ……」


 いつの間にか側に来ていた燈子が、小声で薫に囁く。ばっと勢い良く燈子の方を向くと、薫は鋭く目を細めて唇を強く引き結んだ。


「…………」


「わたしを睨みつけてもしかたないよぉ? がんばんなきゃね、かおるん。じゃないと、わたしの方が先に、あんなことやこんなこと……しちゃうかもよぉ♡」


 そう言って燈子は酷薄そうな微笑を浮かべると、楽しそうに忍び笑いを洩らした。


 薫は悔しそうに唇を噛んで俯くと、肩を震わせながら呟いた。


「――あなたの……好きにはさせませんから」 

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