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熊猫パンチドランカー  作者: 藍澤ユキ
13/18

夏空ロリポップ

 ※ ※ ※


 全力で叩いてみたら、

 剥がれ落ちたその下から出てきたのは、自分だった。

 グロテスクで愛しいわたし。


 ※ ※ ※


 『俺たちは中身がない、空っぽだ』とシーナが歌う、セックスピストルズの『Pretty Vacant』が代々木公園に響く。


 エナジードリンクのメーカーが主催する屋外ライブイベント。そこへ辰生のツテで熊猫パンチドランカーは参加をしていた。


 公園の各所にサークルと呼ばれる簡易ステージが設置され、プロ・アマ入り混じった様々なジャンルのバンドがそこら中で演奏をしていた。


 そんなサークルのひとつで、レスポールを掻き鳴らして巻き舌で歌うシーナは、黒髪ロングの猫耳姿。


 衣装は友達に貰ったという、都内の私立女子高の指定制服をナチュラルに着崩していた。リボンタイを結んだ白いブラウスに、チェック柄の短いスカート。紺のハイソックスにブラウンのローファー、そして揺れる尻尾。


 『気にしてねーぜっ!』とシーナは最後に叫び終わると、ジョニー・サンダース風に『Pipeline』を弾き始める。


 日中の屋外ということもあって開放的になっているのか、今日のシーナはいつもにも増してハイテンションだった。ステージをぴょんぴょん跳ねまわっては、短いスカートを翻しながら辰生や晶良に何度も激突していた。


 ラフな調子で『Pipeline』をワンコーラス弾いて、テケテケテケテケと伝家の宝刀クロマティック・ランで低音弦をスライドさせる。それから最後にジャーンと白玉コードを鳴らすと、シーナはおもむろにステージの端にしゃがみこんで、何かを手に取った。


 シーナが唐突に演奏を放棄したので、慌ててリードギターを晶良が引き取る。辰生とユージのリズム隊はまったく気にしていないようだった。


 立ち上がったシーナは、右手に透明のプラカップを持ってステージの中央へ戻ってくると、何やらカップをスカートの中へ入れだした。すると、カップに金色の液体がみるみると溜り始める。


 ――エナジードリンクだった。


 シーナは缶を持った片方の手を後ろからスカートの下へと忍ばせて、器用にカップに注いでいた。集まっていたギャラリーが面白がって歓声をあげる。オフィシャルイベントでの品のないパフォーマンスは意外にウケていた。


 これは絶対に怒られる。晶良はそう確信した。「やり過ぎだろ」と呆れて見ていると、金色に満たされたカップを持ったシーナが近づいてきた。そして、そのままどんどん接近してくると、晶良に無理やりカップの中身を飲ませはじめる。


 観客から嬌声と笑い声があがる。ここは余興に付き合うところなのだろうと晶良は観念し、カップの中身を一気に飲み干した。当然、それはエナジードリンクのはずなのだが、何だか違うモノを飲まされたような気分にさせられる。


 ふと、俺って変態なのかなぁ、と晶良は己の性癖に若干の不安を覚えながら『Pipeline』の演奏をどうにか続けた。


 すると、途中からシーナが乱暴に演奏に復帰してきて、あっさりと晶良からお株を奪う。そのまま終わりまでアウトロをシーナが弾き倒した。


 次にバンドはエルビス・コステロの『Pump it up』をはじめる。中毒性の高いリフに合わせて辰生が跳ね回る。いつもながら、あれでよくリズムキープできるもんだ、と胸の内で晶良は感嘆する。


 ユージのタイトなリズムが独特のグルーヴを生み出す中、シーナがローファーを脱いでステージの縁に腰を下ろした。


 ちょうどつま先が観客の顔ぐらいの高さでぶらぶらしている。すると突然、シーナが手近なところにいた観客の顔を、両足の裏で挟んでグリグリとやりだした。


 どうやらシーナは獲物を正確に選び出すことができるようで、グリグリやられている若い男は、何やら恍惚の表情を浮かべていた。


 おそらく、紺色ハイソックスの少し蒸れた足の裏は、彼にとっては得も言われぬ魅力に溢れているのだろう。シーナの代わりに歌いながら、晶良はわかるようなわからないような複雑な心境でそのマニアックな光景を眺めていた。


 オープンなイベントだからカバーを多めにやろう、と提案したのはシーナだった。今日のセットリストの半分以上はカバーだった。


 続いてデビッド・ボウイの『Hang On To Yourself』がはじまると、のっけから辰生のタフなベースがグイグイとドライブする。それに合わせてユージのドラムもパワフルに打ち鳴らされる。


 途中でまたシーナがギターを放棄して奇行に及ぶのではないかと、晶良は不安になって構えながら演奏していたが、どうやらその心配はなさそうだった。


 今日のシーナは、いつもどおり自分勝手に振舞っているように見えたが、実際はだいぶ異なっていた。あたしに勝手に合わせろっといった傍若無人ぶりは、適度にコントロールされ、バンドの演奏を上手く活かすような、クレバーな立ち振る舞いが多くみられた。


 これは、シーナが小女子との関わりの中で得た、あらたな素養だった。いままでのようなラフで直情的な衝動と、客観的に全体を捉える冷静な視点。この相反する二つのバランスが、いまシーナのものになろうとしていた。


 順調に『Hang On To Yourself』の演奏は進んでいき、シーナは低く構えたレスポールをはじくと、ロングトーンをフィードバックさせながら、伸びのある艶やかな音色を鳴り響かせて恍惚としていた。


 そして、左手でトリルをはじめると、右手を高くあげて大きく仰け反った。観客が引き込まれていくのがわかる。そのまま終演に向けてシーナのギターが疾走していく。


 派手なギミックもトリックもない、単音のロングトーンを強力なサスティンとビブラートで響かせる。それだけなのに、聴いている人間が思わず息を呑んでしまう、そんな感性に強烈に訴えかけてくるプレイだった。


 そして、ギターソロの最後にタメを一拍おくと、一斉にバンドは終わりを掻き鳴らした。


 狂気すら感じさせる圧巻のギタープレイが終わると、熱狂した観客による拍手と声援と絶叫が、しばらく鳴り止まなかった。


 シーナは歓声に手を振って答えると、マイクへ向かって「ミック・ロンソンはサイコーなんだから。みんなも絶対聴いた方がいいわよ」と、ちびっ子に道理を説くかのように言った。ミック・ロンソンはシーナのアイドルの一人だった。


 その後、青春の閉塞感と自由を歌ったRCサクセションの『トランジスタ・ラジオ』をきっちり演奏すると、熊猫パンチドランカーのステージは終了した。


 バックステージに設置された仮設テントにバンドが戻ってくると、先回りしていたらしい薫が、動画を撮影しながら待ち構えていた。


「みなさーん! おつかれさまでした! ちょーカッコよかったですよっ!」


 興奮気味の薫が大声で呼びかけてくる。 


「かおるーんっ! おっつー! いやー、今日は絶好調だったわ! 何かがカチッとハマった感じがするわね!」と、シーナも興奮醒めらぬといった様子だった。


「薫ちゃん! 見てくれたぁ、俺の勇姿を!? 今日のベースも痺れたでしょ!? でしょっ!?」


 同じく、興奮気味の辰生がエアベースを弾きながら「ほれっ!」「ほれっ!」っと薫に同意を強要し始める。


 すると、隣にいたユージが、


「いや、今日の辰生は走り気味だったからね。俺が合わせてなきゃ独走してたよ。ってことで一番の功労者は俺じゃないかな?」と、ミネラルウォーターのペットボトルを呷りながら薫にウィンクして見せた。


「はい、今日はいつもにも増してバンドの一体感が素晴らしかったですっ! リズム隊のお二人はサイコーでしたよっ! そして、シーナさんっ、マジ神っ! この間の原宿の時も凄かったけど、今日の方がゼッタイ上ですっ。やっぱりシーナさんは熊パンでなきゃダメですよっ! 凄すぎて、もうチビリそうでした!」


 昂ぶった薫が、ものすごい勢いでまくしたてる。


「でもでも、わたしは知っているのですよ。この一体感を陰で支えていたのは、他でもない……そう、アッキーさんなのですっ!」


 そう言って薫は晶良に向かって腕を広げてみせた。


「えっ!? あっ、いや、そうかなぁ」


 突然の振りには慌てたものの、そう言われるとバンドの一員として貢献できたように思えて、晶良も満更ではなかった。


「はぁ!? なに勘違いしちゃってるわけ!? あんた、あたしのフォローがぜんぜんなってないわよっ!?」


 腕組みをして仁王立ちのシーナが晶良を睨みつける。


「いや、シーナ。俺がどんだけ気を配って演ってるか知ってるか!?」


「知らなーい」


 そう言うとシーナはぷいっと横を向く。


「うわっ、感じ悪っ!」


「あー、お二人さん。イチャつくのは別のトコでやったら? ほら、みんな見てるよー」


 ユージに言われて周りを見渡すと、同じテントに詰めているバンドたちが、チラチラとこちらの様子を窺っていた。


「ほーら、あんなに睨んでる人もいるよ、こわー」


 顎をしゃくってユージが示した方向を見ると、この場に似つかわしくない黒いシックなワンピース姿の美人が、じぃっとこちらを見つめていた。すると、その美人の姿を認めたシーナがビクっと身体を震わせる。


「――瑠璃……」


 シーナが身を強張らせながら低く呟く。


「遥ちゃん、こんなトコにいたんだね」


 そう言うと、瑠璃と呼ばれた美人は薄い笑みを浮かべて近づいてきた。


「……ハルカちゃん?」


 尋ねるように晶良がシーナの顔を見るが、シーナは視線を瑠璃から離さなかった。


「パパがね、どこで知ったのか、このバンドの女の子は遥ちゃんだって言うのね。遥ちゃんの音だって。だからそれを確かめに来たの」


 瑠璃は長い黒髪を手で後ろへと払いながら、さらにシーナに近づいてくる。そして、シーナの正面まで来ると、すっと距離を詰めて、綺麗な朱色の唇をシーナの耳元へ近寄せた。


「ホントにかまってちゃんだよね、遥ちゃんは。どこまでパパの気を引けば満足するの? ねっ? お姉ちゃん」


「っ! そんなんじゃないわっ! あたしはあの人の気を引くためにやってるわけじゃないっ!!」


 シーナは怒声をあげて飛び退くと、下唇をぐっと噛みながら瑠璃を睨みつけた。


 一触即発といった空気の中、唐突に薫が口を開いた。


「あ、あの……蓮馨寺瑠璃(れんけいじるり)さん……ですよね?」


「――そうよ」


 ちらっと薫を見て瑠璃が短く答える。


「薫ちゃん、あの娘を知ってるの?」


 晶良が声を落として尋ねると、薫はコクンと小さく頷いた。


「有名なピアニストですよ、アッキーさん。海外のコンクールで何度も優勝しているはずです。そして、彼女の父親はイタル・レンケイジです」


 その名前は晶良も知っていた。世界的にも有名な彫刻家だ。こんな場面で名前を聴くことになるとは思いもしていなかったが。


「ってことは、シーナは……」


 晶良がそう言いかけると、シーナは勢いよく一人でテントを出て行ってしまった。


「アッキー、シーナちゃんを頼むわ」


 辰生が晶良の肩を軽く叩いて、追いかけろと手振りで促す。


「俺は瑠璃ちゃんと、ちょーっとお近づきになろうかなぁ、なんてねっ」


 辰生が片眉を上げてみせる。


「は、はい」


 慌てて晶良もテントから飛び出した。


 サークルの反対方向へ走って行くと、すぐにシーナは見つかった。ベンチに座って紫煙を燻らせている。


「公園内は禁煙だぞ。それと、その格好はマズいんじゃないかなぁ、似非女子高生」


 晶良はシーナの正面に立つと、ベンチに座る彼女を見下ろした。


「っさいボケ」


 すこぶる機嫌が悪い。しかし、そんなことには構わず、晶良はシーナの隣に腰を掛ける。


「いつだったかのチーズケーキ屋の件、納得がいったよ。どういう事情なんだろうと思ってたけど、親父さんと関係あるんだろ? シーナの家族は有名人なんだな。さっきの子は妹なの?」


「あの人らが誰だろうと、あたしには関係ない」


 さらに不機嫌そうにシーナが答えた。


「家の人たちと上手くいってないのか?」


 なんでもないことのように、軽い感じで晶良が尋ねる。


「別に。元々、いわゆるフツーの家じゃなかったのよ、ウチ」


 遠い目をしながらシーナはふぅっと煙を吐き出した。


「あたしの父親はね、芸術のためには自分以外の人間を、それこそ家族ですら利用するようなオトコなの。世間じゃ天才だとか何とか褒めそやされているけど、なんてことはない、人間としては最低の人種よ」


 そう言い捨てると、シーナは煙草を指で弾いて灰を落とした。


 その様子を横目で見ながら、晶良は何も言わずにいることで続きを促す。


「あたしの母はピアニストでね。あの人は、母の弾くピアノを単純に気にいっただけなの。アトリエで創作の作業をしている間中、母にピアノを弾かせていたわ。でも、母は元々身体が弱いこともあって、あたしが小さい頃に亡くなってしまったの。すると、あの人はあたしと瑠璃を、母が師事していたピアノの先生のところへ通わせるようになったわ。そして、母の代わりに、あたしたちにピアノを弾かせるようになった。毎日アトリエで、母に弾かせていた曲を何度も何度も何度も……あの人のために繰り返し弾かされたわ」


 ――それでか。辰生さんがシーナはたぶんクラシックの素養があるんじゃないかと言っていたが、これだったんだな――。


 そんな記憶に晶良が思いあたっていると、シーナがその先を続けた。


「そのピアノが瑠璃とあたしの十字架なのよ。ピアノの技術は瑠璃が圧倒的に優れていた。彼女のピアノへの情念はすごかったわ。でも、あたしはそこまでピアノにストイックになれなかった。なのに、あの人が関心を示すのは、いつもあたしの弾いた音だった。だから次第に瑠璃はあたしを憎むようになったわ。血の滲むような努力をしても、父親の関心を自分に向けられない。嫌々弾いている姉の方が認められる。屈折しても仕方がないでしょうね……」


 シーナの指に挟まれた煙草は、もうすっかり短くなってフィルターだけになっていた。


「だから家を出たの?」


 すると、晶良の言葉にシーナが過敏に反応をする。


「――違うわ。気付いたの。あたしの方があの人に認められているんだと、瑠璃に対して自分が優越感を感じていることに……。いつの間にか、あたしも妹という家族を自分のために利用していた――あの人と同じだ。そう思ったら反吐が出そうだった。そんなこと、とても許容なんてできなかった。それに、あたしは、あたしの音楽は、あの人が母を思い出すための道具なんかじゃない」


 だから、と呟くとシーナは背もたれに寄りかかって空を仰いだ。


「だから、バンドを作ったのよ。あたしは自分のために、自分の音楽をやる。そのための熊猫パンチドランカーなの」


 吐露するように語られたシーナの想いを聴いて、晶良は背筋がゾクリとするのを感じた。そして、浅く息を吐くと、ズボンのポケットから何かを取り出した。


「はい、これ」


「……なによ」


 シーナが眼を眇めて晶良を見返す。


 晶良が差し出してきたのは、鮮やかなピンクのロリポップだった。


「さっきそこで配ってた」


「いや、そうじゃなくて……」


 呆れながらシーナが深くため息をつく。


 すると、差し出したロリポップを晶良がシーナの頬にぐいっと軽く押し付けた。


「――シーナ、タバコ止めたら?」


「ちょっ、なに!?」


「タバコを吸ってないシーナはスゴくいい匂いがするよ」


 そう続けて、晶良がにこりとシーナに微笑む。


「はぁ!? あんたバッ、なに言ってんの!?」


 頬を少し朱色にしながら、シーナはロリポップを持った晶良の手を掴む。


「今のシーナの話、俺の思ったところを聴いてくれるかな?」


 そのままシーナにロリポップを渡すと、晶良は真剣な面持ちで尋ねた。


「なに? また『娘のために』なんて言うつもり?」


 シーナはいつだったかのバレエ少女の事を思い出していた。


「人が他人の真意を理解するのは本当に難しい。たとえ、それが親子であってもね。俺はね、シーナの親父さんの気持ちを想像してみたよ。まぁ、自分が同じ状況だったら、どう思うかって話でしかないんだけど」


「ふーん、それで?」


 指先に持ったロリポップを左右に振りながら、シーナが続きを促す。


「親父さんはたぶん、幼くして母親を亡くした娘たちの中に、母親の存在を残してあげたかったんじゃないかな。大きくなっていく娘たちの、心の拠り所になるように。それがあれば、辛いことも乗り越えられるようにって」


 ゆっくりと言葉を選びながら話す晶良の視線は、どこか遠くを見つめていた。


「現にシーナはその時の音楽を糧に、今はバンドをやっている。お母さんの音楽が、いつも側にあるってことじゃないのか? たとえ、それが親父さんの用意したものだとしても」


 晶良はシーナの方を向くと、そうだろ? と、確認するように首を傾げてみせた。


 すると、シーナは一瞬だけ眼を見開いた後、深いため息を洩らした。


「――はぁーっ、ここまでくると、あんたの脳内お花畑も大したもんよね。この前も思ったけど、よく、そんな風に考えられるわね?」


 心底呆れたといった様子のシーナ。しかし、その態度には、どこか作ったようなぎこちなさがあった。


「俺はね、シーナ。いろんな解釈が存在するなら、いい方を選ぶことにしてるんだ。積極的に苦しい方を選ぶ必要なんてないだろ?」


 晶良はシーナの様子には気付かないフリをして、滔々と持論を説いてみせる。


「言いたいことはわかるけど、あたしにはそうは思えない」


 ロリポップの包みをシーナが剥がしはじめる。


「――だろうね。俺も人には言えるよ」


 晶良が肩を竦めてシニカルな笑みを浮かべた。


「なに? 適当に言ってたの!?」


 ロリポップを口に咥えようとしたシーナの手が止まる。


「いや、人間ってのは、正解がわかっていても、簡単にはそうすることができないって話さ。それに、目に見える言動が全てとは限らない。俺もシーナもそうだし、どっかの父親と妹も、きっとそうなんじゃないのかな」


 晶良が言い終わると、二人の間に沈黙が降りる。


 遠くでバンドの演奏が聴こえる。


 空気と時間が固着してしまうと、お互いの息づかいすら聴こえてきそうだった。


 そして、永遠に続くかのように思われた沈黙を、シーナの一言が破る。


「――なにが言いたいのよ……?」


 ロリポップを頬張りながら、シーナが胡乱げな視線を晶良へと向けてくる。すると、


「――そうやって、いつまでも逃げてはいられないよ、シーナ。わかってるんだろ?」


 見つめ返してくる晶良の眼は、いつになく真剣な色を帯びていた。


「――わかってるわよ……」


 シーナは口の中でロリポップを転がすと、すっと視線を逸らす。


「あんた、もう少しリアリストになった方がいいわよ。その妄想癖、なんかムカつくから」


 観念したようにシーナが悪態をつくと、


「それは褒められたのかな?」


 晶良がにやにやと笑って尋ねた。


「褒めてないっ!」


 シーナはロリポップを口から引っ張り出すと、しゅびっと晶良に突き付ける。


「――でも……まぁ、その……ありがと、ね」


 言い難そうに口ごもりながら、シーナは頬を少し染めて俯く。


「どういたしまして」


 晶良は笑みを浮かべながら、軽くお辞儀をしてみせた。


「――こ、このアメのお礼だからね!?」


 そう言って、シーナはロリポップを再び咥えると、ぷいっとそっぽを向いた。 

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