†水面その11
『春の記憶』
小鳥が囀り空はどこまでも青く
隣にいる人は優しく
これ以上望むものはない
なのに花が
あまりに見事に咲き乱れているので
私はまた泣き出したくなる
逝ってしまったあの人に
今更どんな祈りを捧げたらいいのか
どんな言葉を心に籠めたら届くのか
見当もつかない
言葉はただ私の舌に生えた苔のぬめりにすぎず
想いは今ここにあったことさえ否定するようにこぼれてゆく
あの花の色は私を行き場のない氷の底に追い詰め
懺悔の涙を音もなく流す
きっとまた次も同じ色に染まるということが
にわかに見当がつかない
ただもう永遠に
目覚めることのないあの人の眠りを
どうか妨げないで
花の色に浮かれ
鳥の声に酔いしれて
あの人の周りを騒がせないで
あの人に振り続ける花びらをどうか絶やさないで
その祈りを刹那の間もなく捧げる
私の涸れることない涙とともに
春の光の中に逝ってしまった人へ
『雑踏』
こんなにたくさんの人が
溢れかえって歩いているのに
私を知る人はあなたしかいない
繋いだ手をふいに離したら
あなたの後ろ姿は
見知らぬ他人のそれになった
このままこうして
雑踏の中にふたりはぐれて
もう二度と逢えなくなるのも素敵かな
あなたを愛しいまま
私の中に留めていられる
人の波の中に
すべてのみこまれて
本当に言いたい言葉を
あなたに伝えなくて済むように