第0章〈ある宮廷魔導士の日記〉
†第0章†
〈ある宮廷魔導士の日記〉
9月28日(炎)
少し前から議題に上がっていた、魔物の異常活性化に関する報告書が出た。何でも隣の大陸に魔王が出現したせいらしい。この忌々しい異常事態のせいで私の給金が半分以下に下がったのだ。お陰で部下の給金まで下げざるを得ない。折角宮廷魔導士になったというのに部下に良い思いをさせてやれないとは情けない。今度食事に連れていってやろう。
そういえば、昨年から始めた王都治安向上作戦が暗礁に乗り上げたらしい。何でも貴族が口を出してきたとかで、一時凍結しなければならないそうだ。どうせ孤児を売り払って私腹を肥やしていたのだろう。このピラルカ王国の地を踏む事さえ許されない様な薄汚い連中め。あいつらが地方を治めていなければ即闇属性の魔術で跡形も無く消してやったものを。まぁ何はともあれ、私の愛するピラルカ王国の救済計画は延長だ。
10月3日(聖)
魔物の異常活性化、及び魔王の出現に関する資料が国王に提出されたらしい。私も宮廷魔導士として意見を聞かれたが、魔物は本来自然界で発生した《不完全な魔術》が野生動物に定着した結果現れた生物だ。つまり偶然の産物であり、自然現象なのだ。それを広範囲に渡って活性化させるという事は、魔王は魔物の原因たる《不完全な魔術》を熟知した存在で、尚且つ大陸を越えて魔力が届く程に魔力の強い存在と予想される。そんな化け物には私が百人居ても勝てないだろう。国王にもそう申し上げたが、何やら渋い顔をされていた。単純に国王が私の力量を買って下さっているだけなら良いのだが……。
10月5日(炎)
今日、国王から緊急召集があった。久しぶりに腕を通した宮廷魔導士のローブは重たく感じたが、会談の間の上座に座る国王の空気はその数倍は重かった。それに目の下に隈が出来ていたが、ちゃんと寝ているのだろうか。
国王はどうやら勇者召喚をする事に決めたらしい。それはつまり、我々には成す術が無いという事だ。更には事情を知らない無関係の人間に助けを乞う事をも意味する。騎士大臣の悲痛な顔が今でも鮮明に思い出される。あれでは国王から役立たずと言われたも同じだろう。まぁ我々魔導士隊も同じ様なものだが。今度合同練習でも申し出てみよう。
それと、ピラルカ王国の端の方に位置する貴族領が魔物の大軍に落とされたという《飛声魔術》が届いた。生き残りは確認されて居ないらしい。そのお陰というのも悲しい話だが、例の王都治安向上作戦の足止めになっていた貴族が自分の領地に帰ったらしい。出されていた訴えも撤回された。明日から無事に作戦が遂行されそうだ。それを受けて、部下達と行った食事で盛り上がってしまった。まぁ楽しかったから良しとしよう。
10月7日(雷)
来月まで日記は書けそうに無い。明日から勇者召喚の準備に入るそうだ。我々魔導士隊に回ってきた仕事は魔石の製造だ。その為に約1500個の水晶石が用意された。総額約3億である。予算の四分の一を勇者召喚の準備費用に使う辺りに国王の決意が伺える。我々も気合いを入れなくては。
11月26日(土)
遂に勇者が召喚された。我々が用意した魔石の魔力は全て勇者の召喚に使われた。そして召喚された勇者は何処か冷たい雰囲気の少年だった。闇属性の魔術の様に真っ黒な髪と瞳が神秘的な、ナイフの様に鋭く整った顔立ちの少年は何やら不思議そうな顔で自分の体を眺めていた。王女がそれを指摘した所、勇者はどうやら魔力を不思議に思っていたらしい。何でも魔力の無い世界から来たとかで、カガクが発達しているらしい。魔法学に似た様な物なのだろうか。とにかく今日は王女による事情説明と大陸同盟への報告で忙しく、勇者に《瞬解の魔術》を掛ける暇も無かった。だが何やら魔力に違和感を感じる。それを国王に申し上げると、急遽勇者の魔術検査が行われる事となった。担当するのは勿論私だ。国王の代理として大陸同盟の総裁に謁見する代わりに得たのだ。隅から隅まで全て調べ尽くしてやる。
11月27日(風)
あの少年、金石剛は危険だ。いや、あの魔力は危険だ。昨日感じた違和感は、どうやら魔力の上昇が原因らしい。魔力の上昇といっても急激な物ではなく、緩やかに微々たる上昇が確認されただけだ。問題は、その上昇量さえも増加しているという事だ。このまま行けば、三年後には勇者の魔力揮発で世界が消えるだろう。魔力揮発を封じる手段は1つ。魔力封印だ。だが並大抵の呪術では太刀打ち出来ないだろう。そうなればアレしか無いが、私はどちらにしても未来が無い。ならば愛するピラルカ王国の為に死ぬのも良いだろう。勇者の魔力揮発で死ぬのではなく、勇者を害した罪人として死ぬのでもなく、世界の糧となって死のう。
すまない、勇者。あの約束は守れそうに無い。
†第0章†
〈ある宮廷魔導士の日記〉
完