景色の中
その旅人は男だった。
搭乗制限二人の小さなジープを運転していた。
黄土色の荒野に挟まれた、ジリジリと熱いアスファルトの上をたった一台で走り抜ける。
『ねぇ』
少年の高い声が呼びかける。
運転手は返事もせず、振り向きもせず、ただ前だけを見て運転していた。
『暑いんじゃないか? 顔中汗だらけだぞ』
運転手を心配している声だった。しかし、運転手はやはり何も言わず車を走らせる。
いつの間にか風景が変わり、殺風景からにぎやかな緑の森へと景色は流れる。
そよそよと涼しげに葉をこする木々の中を、無機質な路が敷かれ、その上を白い車がスピードを出したまま通る。
車の中からの外の景色は、ただ緑が後へ後へと流れていくだけだった。
ここでやっと、運転手は両側の窓を少し開ける。
バタバタと風の入る音に混じり、蝉の鳴き声が流れては消える。
雑音が大量に侵入し、聞いていたラジオの、明日からの天気がわからなくなった。
『? なんでクーラーつけないのさ?』
少年の声が訝しげに訊ねる。運転手右側には、確かにクーラーのスイッチと温度調節のツマミが存在する。
運転手は露骨にムッとした顔になる。
「昨日からだろ」
声は、運転手の返答にしばらく黙る。
『あっ、そーか! 壊れてたんだ』
正しくは、昨日の昼過ぎからだった。
「暑そうだなぁ……」
クーラーのおかげで、ヒンヤリ快適な旅をしていた男は、太陽に照らされる町の建物とそこに住む人々を眺めた。
締め切った窓の内と外の差は片手を広げたほど。それだけでこんなに気分も感覚も違う。
外気に影響を受けたのか、男はさらに一、二度温度を下げる。が、
グキュルルルン……ガキョ……カチカチカチカチ…………ン
それ以降、クーラーは何度スイッチを押しても、機嫌が悪いかのように文句を言うだけ言って黙る、ということを繰り返している。
今日も、もしかしたら運良く直っているのかもとスイッチを押すが、ウンともスンとも言わない。
『ここで一旦休憩してクーラー直さないの?』
少年の提案に、男は汗だらけの顔を服の袖で拭った。
「ここはよく追い剥ぎが出る」
『ふんふん』
声は相槌を打つ。
「止まったら最後、涼しいどころか懐も身包みも寒くなってしまう」
『ナルホド』
さして感心してなさそうな声で応える少年。
男の運転するジープはギアを変えて、一気に加速した。
「さぁ、次の街まで急いで行こう」
『その街に腕のいい機技師がいるといいね』
声は楽しそうに言ったあと、何も喋らなくなった。
まるで、最初からいなかったかのように。
旅人はひとりで、車で旅を続けた。
ある蒸し暑い日の事である。