表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/8

景色の中

 その旅人は男だった。


 搭乗制限二人の小さなジープを運転していた。

 黄土色の荒野に挟まれた、ジリジリと熱いアスファルトの上をたった一台で走り抜ける。

『ねぇ』

 少年の高い声が呼びかける。

 運転手は返事もせず、振り向きもせず、ただ前だけを見て運転していた。

『暑いんじゃないか? 顔中汗だらけだぞ』

 運転手を心配している声だった。しかし、運転手はやはり何も言わず車を走らせる。


 いつの間にか風景が変わり、殺風景からにぎやかな緑の森へと景色は流れる。

 そよそよと涼しげに葉をこする木々の中を、無機質な路が敷かれ、その上を白い車がスピードを出したまま通る。

 車の中からの外の景色は、ただ緑が後へ後へと流れていくだけだった。


 ここでやっと、運転手は両側の窓を少し開ける。

 バタバタと風の入る音に混じり、蝉の鳴き声が流れては消える。

 雑音が大量に侵入し、聞いていたラジオの、明日からの天気がわからなくなった。

『? なんでクーラーつけないのさ?』

 少年の声が訝しげに訊ねる。運転手右側には、確かにクーラーのスイッチと温度調節のツマミが存在する。

 運転手は露骨にムッとした顔になる。

「昨日からだろ」

 声は、運転手の返答にしばらく黙る。

『あっ、そーか! 壊れてたんだ』


 正しくは、昨日の昼過ぎからだった。



「暑そうだなぁ……」

 クーラーのおかげで、ヒンヤリ快適な旅をしていた男は、太陽に照らされる町の建物とそこに住む人々を眺めた。

 締め切った窓の内と外の差は片手を広げたほど。それだけでこんなに気分も感覚も違う。

 外気に影響を受けたのか、男はさらに一、二度温度を下げる。が、


グキュルルルン……ガキョ……カチカチカチカチ…………ン


 それ以降、クーラーは何度スイッチを押しても、機嫌が悪いかのように文句を言うだけ言って黙る、ということを繰り返している。



 今日も、もしかしたら運良く直っているのかもとスイッチを押すが、ウンともスンとも言わない。

『ここで一旦休憩してクーラー直さないの?』

 少年の提案に、男は汗だらけの顔を服の袖で拭った。

「ここはよく追い剥ぎが出る」

『ふんふん』

 声は相槌を打つ。

「止まったら最後、涼しいどころか懐も身包みも寒くなってしまう」

『ナルホド』

 さして感心してなさそうな声で応える少年。


 男の運転するジープはギアを変えて、一気に加速した。

「さぁ、次の街まで急いで行こう」

『その街に腕のいい機技師がいるといいね』

 声は楽しそうに言ったあと、何も喋らなくなった。


 まるで、最初からいなかったかのように。


 旅人はひとりで、車で旅を続けた。


 ある蒸し暑い日の事である。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ