帰宅
「なあ、ミスト。こんな辺鄙なトコに何の用事なんだ?」
オレことシェタは、また相棒に付き合って寄り道をする。
いつもだったら、さっさと次の街に行って宿をとってるんだけど、今日はやけに寄り道が多い。
前の街では、服屋に寄ってショールを買っていた。
相棒の髪の色と同じ、薄い紫のキレイな絹のショール。
縁には同じ色の糸で丁寧な花の刺繍がされていて、これを見たとき、オレは思わず手を伸ばしてた。
オレ、ユーレイだから触れないのにな。
服屋に寄るだけでもビックリなのに、よりによって女モノを買うなんもんだから二度ビックリだ。
何に使うのか尋ねても何も言わないし。
まあ、そこはいつも通りか。
で、街を出たかと思うと、次の街の方向から直角に逸れて森の中へ行っちまうし。
木漏れ日の温かい、緑の茂った豊かな森だなと思う。
たった一本の茶色い線をどんどん進んで、少し広い花畑のそばを通って、再び木々の茂る道を年季の入ったジープで走る。
あ、ボロッちいとかいうなよ。これはオレが取り憑いてるんだから。
そうやってしばらく走り続けて、広い森の奥、湖のほとりに建つ一軒のログハウスにオレたちはたどり着いた。
「なあ、ミスト。こんな辺鄙なトコに何の用事なんだ?」
「これ、覚えているか?」
ミストは懐から小さな封筒を出して、オレに差し出す。けど、
「なあ、ミスト。オレがユーレイだってこと忘れてるだろ?」
すかすかと、手を封筒に通らせながら言った。
相棒は、無言で封をあけ、中の手紙を見せた。
「えー、なになに?
『おたんじょうび おめでとう おかあさん』?
……相棒……これ」
オレが相棒と出会ったとき、オレと相棒のそばに落ちてたやつだ。
「この手紙を届けるんだ」
相棒はそう言って、あのショールを荷物カバンから取り出す。
まるでプレゼントするみたいにリボンで包まれたショール。
そっか、この手紙と一緒に渡すのか。
その相手がこの家にいる。
ようやくオレは、相棒のビックリ行動に納得がいった。
「うっし! じゃあ早速それを届けようぜ」
オレが急かしたせいか、相棒も扉をノックせずに開けた。
「ははっ、ミスト慌てすぎだって。ノックしなきゃだろ。
すいませーん、ごめんくださーい!」
相棒の代わりにオレが家の人を呼ぶ。
家の中は、なかなかにあたたかな雰囲気だった。
レンガ調の壁に絵画が一つと、隣の部屋へ行く為の扉、部屋の中央に食卓とイス二つのセット。一番奥には薪が積み上げられ、隣に暖炉があり、暖炉の上に写真立てがあった。
「誰もいないのかな? ……って、相棒!?」
相棒のやつ、まるで自分の家みたいにずかずか中に入っていっちまった。
まるで最初から何するか知ってるみたいに隣の部屋に入ってく。
そこは子供部屋だった。
一発でわかるさ。人形とかぬいぐるみとか、おもちゃがいっぱいだし、子供の描いた絵が壁にいっぱいあるし。
「あ」
小さな木のベッドに、誰かいる。
子供のお母さんかな。そんな格好だ。
相棒は、その人の隣に手紙とショールを置いた。
「――――」
何て言ったんだろう。声が小さくて、相棒の言葉が聞き取れなかった。
そのまま、相棒は軽く礼をして足早に家を出る。
相棒に、何て言ったのか訊きたかったけれど、オレは相棒についていくのがやっとだった。
青かった空は、いつの間にか山の端から夜の色に染まりつつあって、赤く優しくオレたちを照らしている。
赤い空。
突然、何か思い出したような気がして、オレは家を振り返る。
茜色に染まった世界の中で、子供が母親らしい女の人の手を引いて、嬉しそうに森へ歩いて行くのが見えた。
いや、たぶん幻だ。
その子供が、オレのようにも、ミストのようにも見えたから。
理由はわからないけどさ、なんだか嬉しくなって、いつの間にかオレ、笑ってた。
「……待てよ、相棒!」
オレは先を歩くミストのあとを追いかけた。
幸せそうに、母親と歩く子供とは逆の方向へ――。