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思い流れる村

 今日は珍しい日だと思う。

 いや、だってさ、いつものミストじゃないから。

 運転をオレに任せて、自分は助手席で窓の外を見る。

 ずっとボーっとしてるんだ。

 絶対おかしいって。

「ミスト〜、なに見てるんだ?」

「……」

 反応なし。

 これはいつもと同じなんだけれど、でも何か違う。

 ああ〜、こういうとき、相棒がなに考えてるかわかる魔法とかないかなあ。

「おっ」

 ふと見えた、荒れた丘の少し手前に家の群れを見つけた。

 ラッキー。

 そろそろ、燃料や食料を追加しようと思っていたから助かった。

「なあ、ミスト。向こうに村があるみたいだ。寄ってもいいだろ?」

「ん?」

 オレは、相棒のそっけない返事を待たずにハンドルを切った。

 そこは、あまり大きくないけれど、石造りの家々が並んだ、珍しい村だった。

 家の造りが珍しいんじゃなくて、その村のとあるものが珍しかった。

「なんだ、これ?」

 ぷかぷかと、ゆっくりとした動きでシャボン玉がたくさん飛んでいる。

 大小の差が多少はあるけれど、手のひら大で虹色のきれいなシャボン玉だ。

 シャボン玉は、屋根の向こうへ飛んでいく一部を除いて、ほとんどが壁を通り抜けて家の中へと入っていった。

 と、オレの前を一つのシャボン玉がふわふわと通る。

「なんでこんなにシャボン玉が――」

 オレが触ろうとしたとき、

「こらーあ!」

 後ろからいきなり怒鳴られた。

「それに触っちゃだめー!」

 振り返れば、すごい形相で女の子が駆けてくる。勢いでオレに追突するつもりだったみたいだけど、イメージ体だったオレをすり抜けてこけてしまった。

「いったたた…………あ、あんたたち、旅人でしょ?」

 女の子は、すりむいた鼻を撫でながらオレたちを睨む。

「そうだけど。お前、大丈夫か?」

「へーきよ、こんくらい。

 それより、この『思い玉』に触っちゃいけないのよ! 他の旅人から聞いたことないの、『思いを形にする村』って?」

 負けん気の強い子だなあ。

 オレも、腕組みした彼女に負けないように、仁王立ちで言い返す。

「聞いたことないね! だいたい、ここに来る途中、誰ともすれ違わなかったんだから知りようもないだろ!」

「なによう、生意気な子ねー」

「お前だって――」

 オレがさらに言い返してやろうとしたのに、それを遮って相棒が女の子の前に立った。

「思いを形にできる村なのかい、ここは?」

「え? ええ……はい、そうです」

 なんだこいつ。急にしおらしくなって、敬語になっちゃって。オレの時は噛み付きそうな勢いだったくせに。

 相棒も、すっかり興味を持っちまったみたいだ。

「どうやって思いを形にするのか、もっとよく知りたい。よかったら教えてくれないか」

 ミストの頼みに、女の子は二つ返事で答えた。

 まあ、いいか。

 ミスト、元気なかったみたいだから、これでちょっとは元気になれるだろうし。

 オレとミストは女の子の案内で、村にいくつかある井戸の一つを訪れた。

 そばに置いてあった小さな桶に、なみなみと井戸水を注ぐ。

「この水が、思いを包んで相手のところまで流れていくの。届けたい相手と思いを浮かべながら、こうやって指先で触れるの」

 言いながら、女の子が人差し指で水面に波紋をつくると、その中央からゆっくりとあのシャボン玉が浮かび上がってきた。

「うわあ、おもしれー」

「思い玉は、頭とか肩に当たっても割れないんだけど、指先に触れるとたちまち割れて、その場で思いがあふれてしまうの」

 思い玉が、ミストの前でふわふわと八の字を描いている。

「相手まで届くと、こうやって八の字に動いて、指先が触れるのを待っているの」

 女の子は、ミストに「触れてみて」と促した。

 言う通りにミストが人差し指を出すと、思い玉はパチンと割れて、ミストはちょっと楽しそうに笑った。

「なんだ、どうしたんだよミスト?」

「いや、なんでもない」

 だけど、顔はなんでもなさそうに笑ってるぞ。

「なんだよー。思い玉はなんて言ってたんだよ?」

「思い玉の運ぶ思いは、割った人にしか聞こえないの。それに、大切な思いほど壊れやすくて、ゆっくりと流れるの」

「だから、さっきシェタが触ろうとしたのを止めたんだね」

「だって、思い玉を流す時間に、人が外を歩いてるとは思わなかったから」

 女の子は、開けっ放しにした窓の家を指して、慌てて窓から飛び出してきたと恥ずかしそうに言った。

 まだしばらくは、村中の思い玉が流れるみたいだから、オレとミストは女の子の家で一休みさせてもらうことにした。

 ミストは思い玉を眺めて、なんだか楽しそうだ。

 よかった。

 あのまま、ミストが元気をなくしていったらどうしようか、なんて思った。

 もう心配いらないみたいだ。

 オレも、思い玉がゆっくり流れるのをミストと一緒に眺めた。




「なあなあ。あの子、どんな思いを流してたんだろうな?

 ミストはあの子からどんな思いをもらったんだ?」

 食料と燃料も調達し、村を出たところでオレは尋ねた。

「シェタ、他人の秘密事に首をつっこんじゃだめだよ」

「ええー? なんだよ、つまんねー」

「あの村の人々は、思い玉で相手の気持ちを知ってから接する。それがいい事だと思い、僕も、相手を知る最善の方法だとは思ってる。けれど――」

「けれど?」

「あの思い玉が、もしもなくなってしまったとき、村人はどうするだろうか?

 それに、これからの僕らにそれは必要かな?」

「でも……せっかく、ミストの気晴らしになるかと思って寄り道してみたのに……」

「シェタ」

「ん?」

 ミストの方を見ようとすると、目の前にシャボン玉が現れた。

「わっ? これって……思い玉?」

「食料調達のついでにもらってきた」

 言って、ミストは水筒に入った水を見せてくれた。

「触ってごらん」

「う、うん」

 オレは、ちょっとどきどきしながら、指先を玉に軽く当てる。

 触れたか触れないかのところで、玉は簡単にはじけ、ミストの優しい声がオレの耳に入ってくる。

 あの、優しい声が。

「……シェタ?」

 しばらくして、ミストが動かなくなったオレに揺さぶりをかけた。オレはふと我に返って、運転しているミストを見る。けど、顔が思ったより近かったから慌ててイメージ体を消した。

「どうした、シェタ?」

「あ、あああ……ああんなこっ恥ずかしいコト、よく言えるな!」

 声が裏返ってる。やばい。相棒の顔をまともに見れなくなった。

 相棒は不思議そうな声をする。

「恥ずかしいって……普通に言ってるだけなのに」

「ミ、ミストはもっと、こう、つっけんどんに言うのが普通だ!

 もういい! オレは次の休憩まで顔出さないからな! それまで呼ぶなよ!」

「はいはい」

「返事すんなよ! 無視してていいって!」

 荒れ野の一本道。

 オレとミストは旅を続ける。

 今日、相棒が何を考えてるか知りたいなんて思ったけど、全部わかっちゃうと、結構恥ずかしいもんだな。

 思い玉は、言葉じゃなくて、思いそのものを伝えてくれるものだった。えっと、相手の声は聞こえるんだけど、言葉じゃなくって――。

 本当だって。気持ちそのまんまだったんだ。

 だからオレは、相棒が考えてることを知りたいなんて思うのはやめることにした。


 その分、オレが相棒のことを考えていればいいんだから。

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